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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
アスペクト
18/22

ジョイント

 困った。


 タクト=ハインは頭を抱えていた。

 ただ、自身の経緯を述べただけなのに、女性を気絶させてしまった。


「あのう、ミカドさん。驚かれるのは構いませんが、大袈裟過ぎますよ」


 タクト=ハインは羽織っていた上着を脱いで、ミカドを扇いでいた。

 足場が悪い場所でひたすら横たわったままのミカド。顔を覗いて見ると、血の気が引いており口は半開きだった。


 頑丈な鎧甲冑を身に纏っているので、卒倒によっての直接的な衝撃は防げている筈だ。しかし、もしかしたら、本当に体調が悪くなっていたら……。


 タクト=ハインは喉を鳴らした。

 救護をしなければ。と、全身が緊張感で熱っていた。

 先ずは、脈拍。と、ミカドの右腕を左手で掴み、右の人さし指と中指を手首に押し当てた。

 呼吸の有無を確認する為に、ミカドの口元に左頬を翳す。


 タクト=ハインは眉を吊り上げた。


「起きてください、ミカドさん。僕には本気で大事な用事があるのです。いいですか、僕は容赦なく、今度こそ全速力であなたに挑みます」


「私の負けだ。色々と試すをしたことに詫びる」


 タクト=ハインは右の掌を蒼く輝かせていた。

 ミカドが笑みを湛え、タクト=ハインの腕を掴んで上半身を起こしていたーー。



 ***



 見上げる空は、茜幻想。

 陽は、平等に大地を照らしている。


「陽の温もりを受け止めたのは久しぶりだ」


 ミカドは陽が沈む方角を見つめながら、息を静かに吐いていた。


「此処は“忘れられた大地”と、あなたはおっしゃった。僕が訊くのは耳障りでしょうが、どんな歴史が刻まれていたのかを教えてください」


「【オメガグリン】と、呼ばれていた。私は今でも記憶している。翠の微笑み、薫る風。そして、種族を越えた深い絆。私が人の象で生きていた、あたたかい思い出……。」


 ミカドは噎せた。

 鼻を啜り肩を震わせ、タクト=ハインの視線を反らすかのように、背を向けた。


「思い出を護る為に、あなたはたったひとりで此処にいたのですか?」


「他国の文明によって大地は枯らされた。私は強く願った。この大地に命が息吹くを取り戻したいと、願った」


「ミカドさん。あなたはとっくに“器”が消滅している。でも、僕と同じく代わりの“器”で象を留めている。僕には、そうとしか言いようがない」


 ぴくりと、ミカドは全身を震わせた。


「わかりやすい人ですね」


「タクト=ハイン。私が亡骸と思い込んで葬った“器”はおまえのものだった。おまえのことを決めつけるはしたくない。還してあげたいところだがーー」


「上手く、誤魔化された。いいでしょう、女の人のあれこれに踏み込むのは僕の性分ではない。でも、僕の本来の“器”に於いては厄介なことがあると言うところですね?」


「ああ、その通りだ。私のことは訊いてほしくない。ただ、おまえには未来がある。私も手を貸す、おまえが“器”を取り戻すことに、私は援護する」


 タクト=ハインは目蓋を綴じて首を横に振った。


「ひとりで“器”を取り戻すのか?」

「勿論です。あなたは、僕そのものと僕の事情を知らなかったから、やったことは当然です。僕が僕を取り戻す。誰が為にではなく、僕が立ち向かわなければならない。だから、あなたは手を出さないで」


 ミカドはタクト=ハインの目付きを見た。


 威風堂々。勇猛果敢。


 ゆずらない意志。負けるは考えないと、心に強く、深く刻める。


 男の本気の目。


 ミカドは、今では遠くなった時の刻みで遭遇した男を思い出した。


「『あの者』も一見“怪人”だったが、信念を貫いた」

「僕は、ミカドさんがいう『誰か』と似ているのですか?」


「踏み込むな」

 ミカドはタクト=ハインを睨み付けた。


「怖いな。では、そろそろ僕は取り掛かりたいので、くれぐれもーー」

「承知だ。蓋を開けば、衝撃からは逃れられない。覚悟はいいな、タクト=ハイン」


「十分、ばっちりです」

 タクト=ハインは蒼く輝く“塚”をじっと、見た。


「御意」

 ミカドは翻し、タクト=ハインの傍から駆け出して離れた。


 遠く、遠く。


 沈む陽が照して朱色に染まる大地を行くミカドは、何度もタクト=ハインへと振り返った。


 同時に吹く風を頬に受けて、そよぐ翠の囁きに耳を澄ませた。


 ーーミカド。あのお方が“器”を取り戻したら、あなたは大地に留まるは出来ない。始まりの始まりを【国】の民の血を受け継ぐあのお方が、成し遂げる。私は、未来を見た。今を護る為に立ち上がったあのお方が、大地を潤すと見た……。


「ええ、私も感じていました。女神よ、貴女も今度こそ、役目を終える。翠の風を薫らせるを、気が遠くなるような長い時の刻みからやっと解放される」


 ーー少し、寂しいですね。でも、これもお互いがまだ見ぬ時へと旅立つ為の道標だと、受け入れます。


「いつか、また。お逢いできると、私は信じます」


 ーーはい……。


 声は風に今一度まじわり、ミカドは大空を仰ぐ。


「“女神”よ。私は始まりの始まりの瞬間をこの目で焼き付けて、未来へと記憶を持って帰る」


 ミカドは、タクト=ハインがいる方向へと姿勢を正したーー。



 ***



「ミカドさん、ありがとう」


 目を合わせているだろうと、タクト=ハインは大地で遠くにいるミカドの姿を振り返った。


「さてと」と、タクト=ハインは“塚”に視線を戻した。


 蒼い光が瞬く“塚”の中に、本来の“器”がある。

 一度離れた“器”と連結させる。当然、タクト=ハインにとっては経験がない。


 時間が経過すればするほど“器”は意思を持つ。誰からの情報ではなく、タクト=ハインの直感だった。

 間に合ったのかは、わからない。

 わかるのは、過去と今の自身が対峙する。


『蓋よ、開け。そして、己の志を示せ』


 タクト=ハインは全身を蒼く輝かせ、髪を獅子の鬣のように靡かせる。


 ーーそうか、キミは本物の僕。僕と同じ“光”がキミにある。だけど、僕は僕だ。


 “塚”が蒼の光を強く解き放す。

 光にまじって、声が聞こえる。と、タクト=ハインは耳を澄ませた。


「ああ、そうだ。僕はタクト=ハインだ。あんたは本当の僕ではない、心が僕ではない。そのままタクト=ハインで動かれても僕が困る」


 ーー我儘わがままだな。僕、いや、俺はどうでもいい。と、いうよりおまえ、邪魔だ。


「言うと思った」


 ーー覚悟はあるみたいだな。


「おまえなんかに言われたくない」


 ーー不愉快だ。解った、貴様の粒子を残さず打ち消してやろう。


 タクト=ハインは身構える。

 足元で地面の隆起と震動、頬に針の先が刺すような空気との摩擦と痺れの感覚。


「消えるのは、おまえだ」


 ーー滑稽こっけいだ。


「今一度言う。消えるのは、おまえだ」


 光に混ざる嘲笑い。聴くタクト=ハインは眉を吊り上げた。そして顎をひき、息を吸っては吐くを繰り返した。


『アオハウマレル』


 タクト=ハインは“塚”に両手を翳した。解き放たれた蒼い光は“塚”を覆い、燃え盛るような蒼の炎が色付いた。


 積み上がっていた岩がひとつひとつと、溶けるように消えていく。


 タクト=ハインはじっとしていた。

 瞬間が来るのを待っていた。

 目の前の蒼い炎。焼き付ける熱さはないが、岩を溶かしているのがタクト=ハインにははっきりと見えていた。


 そして、最後のひとつである岩が溶ける。


 ーーとうとう、蓋を開いた。貴様は本来の時を刻むと、頑とした。焚き付けている炎の中に入れば、今の貴様の“過去の器”は消滅する。


「“過去”は要らない。だが記憶は消えはしない。僕の記憶に“過去”は溶け込む」


 ーー何を言っても揺るがない、もろそうなくせに強情だな。来るのだ……。


 タクト=ハインは、笑みを湛えながら頷いた。

 そして、蒼い炎の中にゆっくりとした歩調で入り込んだ。


 最初は冷たく、次に温く。一歩一歩と前に進むにつれて気の温度が変化していると、タクト=ハインは肌で確かめていた。


『俺は過去の姿をしている俺と向き合った。貴様は俺なのに、まるで他人と接するような態度。動揺しているさえ、見受けられなかった』


 タクト=ハインの目の前に、青年がいた。


「僕は驚かない。今の自分を外側から知る瞬間を味わうは、僕にとってはラッキーだ」


『呆れた奴だ』

「ははは。頭を抱えるのは、あんまり好きではないから。と、いうのは教えてもらったことだ」


『ああ、本来の俺である貴様は今でも“奴”を慕っている。だが俺は“奴”に負の感情を抱いている』

「うん」


『否定をしないのだな』

「キミは僕だ。僕が言葉にしないことをキミが言っただけだよ。誤魔化しが効かない僕の事実をキミは僕に教えてくれた」


 青年は、タクト=ハインをじっと、見ていた。


『大地を照らして風を薫らせる。それが貴様の役目だ』


 青年が言うことに、タクト=ハインは顔を強張らせた。


『動揺するとは、貴様らしくない』

「キミが口を突いた言葉に、僕はどう解釈していいのかわからない」


『時が訪れたら、解る』


 青年は、目蓋を綴じて息を何度も吐く。

 一方、タクト=ハインは身動きが出来なかった。


 躱すに間に合わない。

 足が、手が。まるで縛られている感覚で動かない。


『じっとしてろ、俺』


 青年はタクト=ハインに掌を翳し、蒼い光を解き放した。


 もう、終わりだ。と、タクト=ハインは思考を膨らませた。しかし、身体に激痛がないと、恐る恐る指先を動かした。


 ーー縛っていた“道具”を消した。此れで貴様は自由だ……。


 タクト=ハインは左手を見る。


「参ったな。自分そのものに戻ったのと『輪っか』が外れたのは嬉しいけれど、あとが恐いよ」


 見上げると、満天の星。

 タクト=ハインは、右手の指先で左中指を擦っていたーー。



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