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ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
アスペクト
16/22

【国】へと続く路は、レール。

 扉は開かれ、タクト=ハインは《団体》によって集われた6名の子供たちと『紅い風』という名の列車に乗車した。


 物語は、ロゼ。


 列車は【国】を目指して走るーー。



 ***



 タクト=ハインは6両目にいた。


 列車の運転技士を懐かしくおもい、運転室に向かう途中のタクト=ハインだったが、身体に違和感を覚え、車両に備えてある洗面台の鏡を覗いた。


 何が起きた。


 タクト=ハインは鏡に写る姿に呆然とした。


 誰かに、特に子供たちの誰かに今の姿は見せられない。

 かといって、此のまま此処に入りっぱなしをしているわけにもいかない。


 幸い、背丈は変わらない。顔がただ、若々しいだけだ。


 悶々と、タクト=ハインは6両目を出ようか出まいかと、ドアノブを掴んだかと思うと離すを繰り返していた。


「タクト、何をはしゃいでいるの」


 勇気を決して開いたドアの出入口に、カナコが苦笑いをしてタクト=ハインを見ていた。



 ***



 いきなりバレてしまった。しかも、よりによってあの、カナコに。


「あのね、いくらなんでも“呼び捨て”はーー」

「あら、わたしは呼びやすくて助かったわ」

「もっと、違和感を持てないのかい?」

「全然」


「頼むよ、キミたち。ボクは今“任務中”なんだよ。騒ぐなら別の車両でしてよ」


 タクト=ハインとカナコは運転室に移動をしていた。

 列車の運転技士のマシュが、ふたりの騒々しさに堪り兼ねて言ったことだった。


「タクト。この人の運転大丈夫なの」

「問題ないから、またこの列車の運転技士を務める。もとい、護送任務を任されたのだと思う」

「ふーん『また』と、いうことは、以前も同じ任務の経験があったのね」

「運転室以外の車両では、あんまり顔を見なかったけどね」


「悪かったな、タクト。だけど、この列車の造りだの性能だのは、今ではボクしか知らないんだ」


「マシュさんはあくまで、列車の運転。列車の設備に問題が発生したら、誰が対応するのですか?」


「……。ニケメズロ、乗っていないの?」


「タクト、この人の仕事の邪魔になるから出ましょう」


 ぽつり、と、呟くマシュを後目にして、カナコはタクト=ハインを促したーー。



 ***



 計画の日程を消化する為の見切り発車。

 タクト=ハインにはそうとしか捉えることが出来なかった。


 綿密な段取りが施されたとは、全くもって感じ取れない。証拠は、マシュの困惑した様子。


 《団体》は、何に急いでいる。

 車内には乗務していると思われる人員が見受けられない。


【現地】まではかなりの道程だと、タクト=ハインは『あの頃』を振り返った。


 移動途中で何が起きたら誰が対策をして実行をするのか。かつての同志は、運転技士のマシュのみ。お世辞にも彼に護身を目的とした行動は不可能だと、タクト=ハインは悟っていた。


「対応は、タクトだけで十分。そんなところだと思うわ」

「カナコ“同調の力”で人の思考を勝手に読むのは止してくれ」


 タクト=ハインは通信設備が施されている車両にいた。そして、何故か傍を離れないカナコに険相をした。


「タクトが()()()原因を一緒に探せるのはわたしだけよ」

()()()()と、言ってよ。それに、僕のことで無駄なことはしなくていい」


「誰かの為の無駄は、ないよ」


 タクト=ハインは、カナコの目を見た。

 鋭く、険しくと、一点の曇りがない誰かの眼差しを彷彿しているカナコの目をじっと、見た。


「キミのお父さんも同じことを言うだろうな」

 タクト=ハインは、笑みを湛えた。


「笑う顔、会ってから初めて見た」

「はあ?」

「だって、タクト。いつも怒った顔していたもん。こっちが話し掛けるなんて、ちっとも出来なかった」

「それは、キミだって」

「もうっ! わたし、こう見えてもデリケートなのよ。少しは空気を読んでよ」


「はいはい」と、タクト=ハインは脹れっ面のカナコに言う。


「お父さん、ずっと家に帰っていないの。たぶん、今頃も仕事に掛かりっきりだよ」

「そうか」

「ビートは聞き分けがいいから。特に、お母さんには本当のことを言っていない」

「うん」

「今回のことだって、ビートにしてはわからないことだらけだと思う」

「それは、キミだって同じだろう」


「わたしはーー」

 カナコは黙ってしまった。


「僕は、キミのお父さんと仲間たちと【国】に行った経験がある。勿論、キミのお母さんもだ。だけど、今回はかつてとは違う何かがある。僕だって、手探り状態だ。証拠に今の僕は『あの頃』の僕の姿になってしまった。だから、今の僕のことでキミが考えるはしなくていい」

「でもーー」

「前も言ったと思うけど、キミとビートは僕が大切にしているふたりのお子さんだ。キミたちを、集まった子ども達を護るのは、僕の義務だ。責任は、僕にある。だから、今は前を見ているだけでいい」


 カナコはタクト=ハインに深々とお辞儀をすると、今いる車両から去っていった。


 列車が走行する振動を、タクト=ハインは足元で受け止めていた。


 今の姿になったのは、何を意味するのだろうか。


 心当たりは、ひとつだった。

【国】へと続く路の扉を開いた。扉は“例の女性”によって呼び出された。そして、自身が“鍵”となって、扉を開いた。


 いにしえの血。それは、おそらく【国】から代々と、途絶えていなかった。


 考え方が飛躍している。と、タクト=ハインは即、思考から排除した。


 姿を戻すこと。


 今考えることはそこだと、タクト=ハインは思いを震わせた。


 ーーキミでも苦戦するんだ。


 聞き覚えがある声だった。

 タクト=ハインは声がする方向を睨んだ。


「今度は、密航者か。呆れたよ」


 ーー酷い言い方だね。まあ、それは置いといてキミに助け舟をあげる。キミは今の姿に満足していない様子だから“今の時”を刻む“器”に戻る方法を教えてあげるよ。


「“器”だと?」


 ーーそうだよ。今のキミの“器”は、キミの過去の“器”だ。覚えているだろう“扉”が開かれた、開く為の“鍵”は、キミそのものだった。本来ならば、キミの“芯”もきれいさっぱりになっていた。でもね、キミはラッキーだった。キミの“芯”をね、誰かがこっそりとラッピングしていた。そのおかげで、キミはキミでいることが出来た。用意周到だよ、誰かはキミの“器”を、キミの過去の“器”をコピーしていた。あとはご覧の通りだと、言うことだよ。


「一気に息継ぎもせずに、ご丁寧な説明だ。だからといって、おまえの言うことを真に受けるはないっ!」


 ーー信用されていないは、仕方ないね。でも、ボクだって、今のキミの“器”でキミを貰うのは嫌だね。


「言いたいことは、なんだ」


 ーー正々堂々と、だよ。だから、次に停車する場所で本来の“器”を見つけてね。


 声は、姿と共にタクト=ハインから消え去った。


 タクト=ハインは肩を震わせていたが深呼吸をして心を落ち着かせると、マシュがいる運転室に向かった。


「はあ? 今度何処に停車するのかと訊かれても、停める為のブレーキがないのだよ」

「マシュさん、寝ぼけているのですか」


「疑ってるなら、見てみろ」

 マシュはタクト=ハインを睨みながら、運転席の操縦捍に指を差した。


「完全に自動走行システムですね。マシュさんはただ、運転席に腰掛けているだけでいいのか」

「タクト。おまえ、ボクのことを“給料泥棒”と思っただろう」

「言い掛りは、止しましょう。停車以外はマシュさん、あなたの腕に掛かっている。目視の確認が必要です」

「今度は重圧感。すると、ボクが護衛までしなければならないのかよ」


「何でもかんでも押し付けたりはしませんよ。危険を察知するのを真っ先に出来るのは、運転席にいるマシュさんだから。宛にしてますよ」


 タクト=ハインは運転室の前方にある、窓越しの景色を見た。

 列車が速度を落とした。徐行をしていると、タクト=ハインは列車の停車場所を確認する為に、窓の外を見たのであった。


「やっぱり、自動走行システム搭載でしたね」

「今さら白状するけど、ボクが最初に運転室に入った時はちゃんとした設備があった。列車が【サンレッド】に停車して、キミたちを乗車させた。次に発車する時には、ご覧の通りだった」


「“扉”を潜り抜けたあとで?」


 マシュは黙って頷いていた。


「解りました。マシュさん、色々と訊くことばかりして申し訳ありませんでした。あなたは列車をしっかりと護っての任務をされてください」

「タクト、おまえはどうするのだ」

「心配は、要りませんよ。僕には、僕の役目がある。子ども達と【国】を目指すは勿論、其処で見たものを目に焼き付ける。それから、何をするべきかを見極める。絶対に、やらなければならないと僕はーー」


「根を詰めすぎるなよ」


 タクト=ハインは、運転室の出入口で敬礼をするマシュの姿を振り返り、笑みを返した。


『乗車されている皆さまに、ご連絡します。当列車は時間調整の為に、しばらくの間停車します。なお、停車地の安全が確認されていませんので、列車内でお過ごししてください』


 タクト=ハインは車内放送を聞き終えて、列車から下車した。


 無人駅。屋根がないプラットフォームの足場は、木板を組み上げた造り。辺り一面の景色は岩肌が剥き出しになって、草木が1本も見られない大地。


 さて、何処へ向かえばいいのだろうか。

 タクト=ハインは灰色の空を見上げて思いに更けた。


 先程“奴”が言ったことに、真に受けるを躊躇うものの、確かめるは必要だとタクト=ハインは殺風景な停車地を歩くことを決めたのであった。


 タクト=ハインは、遠くを見た。

 方角は、停車位置から直線。


 癪だが“奴”が言ったことは本当だった。

 タクト=ハインは地面に埋まる岩と石を踏みしめ、見つめた先を目指したーー。

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