表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロゼ・ワールド  作者: 鈴藤美咲
インセンティブ
11/22

トルク〈前編〉

 起点は、志し。

 タクト=ハインは『今』を護ると誓い、そして今に至った。

 かつて経験した『あの頃』が、タクト=ハインの記憶の中で鮮明となっていた。


 《団体》の懐に入り込むまではよかったが《団体》はタクト=ハインの寝首を掻く、という手段を選んだ。


 タクト=ハインはまだ、気付いていなかった。

 タクト=ハインの為にかつての仲間が集い、行動を始めていることをタクト=ハインは知らなかったーー。



 ***



 週末の〈育成プロジェクト〉に向けての合宿を終えたタクト=ハインは帰宅していた。

 ひとりで住むには広すぎるが、いつかは共に過ごすと夢見ている部屋に、タクト=ハインはいた。


 母親と今の住まいで過ごす。それを糧にしてタクト=ハインは生活をしていた。

 母親とはまだ、一緒に暮らせていなかった。母親は今、医療施設で療養生活を送っている。


 タクト=ハインが少年期の頃だった。まだ乳児だった弟のアルトに、タクト=ハインは母親の代わりをつとめた。


 母親は【国】に行ったままだった。

 しかし、タクト=ハインが16才で軍に入った頃、転機が訪れた。

 同時の《陽光隊》隊長、ルーク=バースの計らいなのか偶然なのかは解らないが、タクト=ハインは任務で赴いた【国】で、母親との再会を果たしたのであった。


 母親の身体は衰弱していた。母親は【国】での労働に逐われていた。

 母親の療養生活は、一進一退を繰り返す。だが、タクト=ハインは待っていた。


 母親と再び暮らすを、タクト=ハインは『あの頃』よりずっと待ち続けているのであった。


 部屋は母親の為に。何時でも迎える為にと、タクト=ハインは部屋の手入れをしていた。


「ご無沙汰してます、ハケンラットさん」

 タクト=ハインは、小型通信機で相手と会話をした。


『タクト。あた、今までなんばしとったとね』

「すいません、訳あって連絡をとる時間が無かったもので」


『よかよか。あたも、いそがしかもんな。そっはわかっばってん、今からおどんの言うことば、

 聞いてはいよ』


 通信機越しとはいえ、ハケンラットが言いたいことは何かと、タクト=ハインは深呼吸をして待ち構えた。


『ヒメさん。あたのおっかさん、いよいよ迫っとるとたい。むごかばってん、ヒメさんの望みを叶えるば、あたにしてほしかと』

「母に会う。それは、火急ですか」

『ヒメさんの時間は、おどんが責任持って繋いでやる。だけん、あくしゃばうつはせんではいよ』


「ありがとうございます。準備が調えしだい、母のもとに伺います」

 ハケンラットとの通信を終えたタクト=ハインは「ふう」と、息を大きく吐いた。


 タクト=ハインは壁掛け時計の時刻を見る。

 母がいるサナトリウムは、最寄りの駅から交通機関を利用しても移動に一時間は掛かる場所にある。先程のハケンラットの話しだと、母の容態は一刻も争う状態。


 タクト=ハインは、迷わなかった。

 身仕度をする為に自室に移動をして、クローゼットから無地で紺色のポロシャツとグレーのスラックスを取り出す。

 着替えを終えると玄関に向かい、下駄箱から黒の革靴を取り出して履いた。


 左手首に巻く“力”の制御装置、そして《団体》が左中指に填めた“輪っか”を右の掌で触る。

 どちらも、特に“輪っか”は外すことが出来ない。今必要なのは母の元に行く為の“力”だ。


 予期せぬ事態に遭遇も有り得る。

 タクト=ハインは左手首に巻く制御装置の解除スイッチを押した。

 目蓋を綴じて、深呼吸を繰り返すタクト=ハイン。獅子の鬣のように逆立つベージュ色の頭髪を風に靡くように揺らし“力”を沸騰する水のように、体内で湧かせる。


 タクト=ハインは“転送の力”を発動させていた。全身を蒼い光で瞬かさせ、目蓋を開くと同時にタクト=ハインの身体は、光の粒を撒き散らして玄関の土間から消えた。


 しかし、だった。


 タクト=ハインは移動の最中に強い衝撃を覚えた。

 透明で、目視では確認出来ない“壁”に激突した衝撃。勢いで“転送”が止まり、身体は“転送”で通過中の土地の地面に叩きつけられ、タクト=ハインは激痛の為に身動きが出来なかった。


 何者かが意図的にーー。


 タクト=ハインは地面で朦朧と、うつ伏せになったままで模索した。


 ーーキミは“みられている”のだよ。勝手な動きをするのは困る……。


「何が『勝手』だ。此方は、おまえの相手をしている暇はない」

 タクト=ハインは、はっきりとしない視野に『相手』がいるだろうの方向を目で逐っていた。

 聞き覚えがある声。

 タクト=ハインは『奴』だと臆測をするが、確かめるにも身体がまだ動かないと、苛立っていた。


 ーーボクは赦さない。キミが勝手なことばかりをやってのけるに、ボクは頭にきてる。


「おまえに僕のことを、まるで自分の所有物のようにされる覚えはない」


 ーーキミはボクの“獲物”だ。誰だろうと何だろうと、キミが奪われることをボクには止める権利がある。


 単独で、何にも特化していない。

 タクト=ハインは『相手』の言い方に違和感を覚えた。


 あの『奴』の正体もまだ、未確認。いや、確めるには時間を費やすだけだと、タクト=ハインは考えから除外していた。


『相手』が、あの『奴』なのか。

 タクト=ハインの視野はまだぼんやりと、霧の中にいるような状態だった。

 せめて『相手』の姿が見えればと、タクト=ハインは地面にうつ伏せになったままで目を凝らした。


 ーーキミは、ボクのモノだ。今度こそ、ボクはキミを持ってかえる……。


『相手』の声が近くで聴こえる、おそらく『相手』が此方に近づいている。だが、足音を含む『相手』の気配が感じられない。


「母さん……。」

 タクト=ハインは、堪らず呟いた。

 自分の不注意とはいえ、母の元に辿り着くを止められた。

 タクト=ハインは憔悴していた。思考、体力を湧かせる気力さえも消失していくような感覚だった。眠気も加わり、タクト=ハインはとうとう動くことを諦めた。


 タクト=ハインは地面でうつ伏せになっていた。動くを諦めて、あるがままを受け止めると、タクト=ハインは朦朧とした意識の中で覚悟をした。

『相手』が腕を掴んでいる感触がしても、タクト=ハインは抵抗をしなかった。


 ーー安心して。連れて帰ったら、キミの“力”を空っぽにさせる。そして、キミの身体はボクが大切に扱う。ボクでないと動けない身体でキミは動く。素晴らしいだろう、ボクで動くキミをボクはとうとう手にすることが出来る。やっと、キミはボクのモノになる。やっと、やっと……。


 恐ろしく、身震いをするような歓喜を言い表す『相手』が、まさにタクト=ハインを連れていこうと、タクト=ハインの身体を抱える間際だった。


 タクト=ハインは、再び地面へと落ちた。


『相手』がタクト=ハインを離した為に、地面で再びうつ伏せ状態となってしまった。


 タクト=ハインは、意識をはっきりとさせた。

 何が起きたのかと、見開きした目で辺り一面を見渡した。


「この馬鹿。偶々、俺が休暇で此処を通り掛かった。そして、何て様を見せつけている」


 地面を踏み締める音に混じってのかすれた声。そして、タクト=ハインの身体を起こす手の感触。


「本当に『偶々』ですか」

「俺が気雑多らしいと、おまえは相変わらず思っているのだな」

「あなたは『あの頃』バースさんと張り合っていた。今でもそうだろうと、僕は思いますけどね」

「意地を張る。そんな強情さで、どうでもいいことにヘマをするのがタクト。おまえだろう」


「ははは、切り返しは残念ながらあなたが上手だ」

 タクト=ハインは身体をふらつかせ、両足を踏ん張らせて姿勢を調えた。


 ーー邪魔をしないでよ。


 タクト=ハインは漸く『相手』の姿をはっきりと見ることが出来た。


「タクト。奴は、一体何者だ」

「僕にも判りません。何度かこいつと会ってます」

「真面に闘うは、無理だ。ところで、おまえは何処に行こうとしていた」

「僕が“転送の力”を発動していた。そこまで見抜いていたのですよね」

「俺が現在何処で、しかもあのバースに仕えているのかは知っているだろう。て、話を逸らすな」


「【ルクハビレス サナトリウム】です」

「解った」


 ーー赦さない、絶対に赦さない……。


 タクト=ハインたちが去って、残る『相手』が憎悪を満たして溢れさせたーー。



 ***



 時は、深夜の刻。

 “予期せぬ事態”から、突如現れた謎の人物によって救われたタクト=ハインは、本来の目的地に到着した。


「それじゃあな、タクト」

「待ってください」


「俺を場に遇わせてどうするのだ」

「それとこれは、別です。水くさいですよ、せめてハケンラットさんにご挨拶をされてください」

「ほう、ハケンラットが此処に。だがーー」

「僕も、僕の気心が安らぎます」


 タクト=ハインは施設の裏口を潜り、廊下を歩いた。


「ぶったまがった。タッカ、あたがなんで」

「経緯はあとで説明する。タクト、急ぐのだ」


 タクト=ハインは、ハケンラットにタッカと呼ばれた男に深々とお辞儀をする。


 しんと、静まる施設の廊下に足音が鳴り響く。


「母さん、遅くなってごめん」

 タクト=ハインは施設の個部屋に入り、ベッドの上に横たわる母親の手を握り締めた。


「……。いらっしゃい、タクト。どうしたの、何があったの」

「僕のことは、気にしないで。母さん、僕は、僕はーー」

「タクト、いつかお別れの時が来る。母さんにはわかっていたわ。あなたと過ごしていた時期は短かったけれど、思い出はあたたかい。母さん……は、あなたから貰った温もり……を、これからも、大切に……する……わ」

「嫌だ、駄目だよ、まだだよ。アルトが、アルトは母さんに、本当に抱き締められることを待っている。お願いだから、アルトを抱っこしてあげてよ」


「アル……ト。ああ、私はあのこになんてことを……。」


 タクト=ハインは鼻を啜っていた。握り締める母親の手の握力が徐々に失われていると、焦りを覚えていた。


 室内に備えてあるサイドテーブルの上に飾られている花瓶に挿す薄紅色の花の束から、花びらが無数に舞い散った。


 ーータクト、あなた【ヒノサククニ】に行きなさい……。


 母親が、別れ際でタクト=ハインに伝えた言葉だったーー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ