第69話 ??才 鉄の壁
開始の合図とともにテラ選手がセリ選手に向かって走り出した。
「『チャージ』」
そして間合いより遥か外よりスキルを発動して至近距離まで一気に距離を詰めて相手に殴りかかる。
「はっ!」
「『ファランクス!』」
テラ選手の振るう巨大なメイスがセリ選手へと襲いかかるが、それは何の変哲もないカイトシールドではじき返されてしまった。
しかし攻撃を無効化されてもなおテラの猛攻は止まらない。
「『ガードブレイク』でございます!」
テラ選手が攻撃の中にガード破壊スキルを織り交ぜていく。
「うわっ、っと、あぶなっ!」
そんな言葉とは裏腹に片手剣でいとも簡単に重量級の攻撃を受け流すセリに会場は騒然となる。
ガードブレイクは武器や盾による防御または魔法障壁を破壊し、成功した場合は一時的に相手を仰け反らせて無防備にするガード破壊スキルだが、受け流しや回避には効果がない。
だからこそセリ選手は盾による防御から剣による受け流しへと切り替えたのだ。
これは並の戦士がなせる技ではない。
その判断力も大したものだが、鎧も着ていないのにガードを解くその胆力には目を見張るものがある。
あのような軽装であれば、いくらホーリーオーダーが掛かっているとは言え、テラ選手の攻撃を一撃でもまともに受けてしまったらただでは済まないだろう。
しかしその一撃が入らない。いや、それどころかかすりさえもしない。
「テラ選手怒涛の追撃!その猛攻は留まることを知らないのかあああああ!しかし!それでもセリ選手の防御は抜けない!まさに鉄壁!まさに堅牢!その動きはまるで未来が見えているかのようです!」
攻撃をことごとくはじき、いなすその動きには余裕すらも感じられる。
俺でもあの隙のない防御を潜り抜けるのは難しいだろう。
いや、それ以前に盾で守っているとはいえ、ダメージが入っているように全く見えないところが恐ろしい。
「あのセリ選手一体何者なのでしょう?」
「分かりません!分かりませんが、確実にこれだけは言えます!彼女はこの場に立つに相応しいだけの実力を持った選手であったのだと!」
審判の言うとおりだ。
こんなことが起こりえるのは装備の性能に圧倒的な差があるか、スキルレベルに圧倒的な差がある場合のみ。
いくらホーリーオーダーが発動しているとは言え、そうでなければあれほどのアタッカーの猛攻を受けて無傷で済むはずがない。
普通の戦士であれば盾の上からでもダメージを受けているはずだ。
そして装備を見るに何の変哲もない一般装備。材質的にもテラ選手の方が優れているのは一目瞭然。
ということはあのセリという名の女性、並はずれた高レベルスキル所持者の人間である可能性が高い。
そして遂に縦横無尽なテラ選手の猛攻をセリ選手は一歩も下がらずその場で全て捌ききってみせた。
さらに……。
「『グランド……』」
「『シールドバッシュ!』」
テラ選手がアクティブスキルを発動する一瞬の隙をついて、セリ選手がスキルを割り込ませた。
シールドバッシュ……素早く盾で殴りつけることにより相手が発動しようとするスキルをキャンセルするアクティブスキルだ。その特性上発動はかなり早いが、発動を躊躇い、割り込みが間に合わなければ無防備な状態でまとも攻撃を受けてしまうことになるというリスクを秘めたキャンセルスキルである。
それを最高とも言えるタイミングで発動した。セリ選手、相当対人慣れしているに違いない。
シールドバッシュの衝撃を受け、スキルを強制キャンセルされて一瞬動きが止まったテラ選手へ再びセリ選手の攻撃が襲い掛かる。
「『シールドスタン!』」
セリ選手は流れるような動きで無防備な体勢となったテラを盾で殴りつけた。
これはえぐい。カウンターキャンセルで無防備になった相手にスタン攻撃。きっと幾度となく繰り返された確殺コンボなのだろう。
盾で殴りつけられたテラの身体に衝撃が波となって襲い掛かる。
スタン(気絶)時間は使用者のスキルレベルと二人のレベル差、そして被害者のスタン耐性によって決定される。
拮抗する者同士であれば動きが止まるのは1秒から2秒が良いところ。
だがダークエルフという種族は基本的に体力が低い。それが加護を失った状態であるならばなおのこと。スタン耐性は体力に依存するため、魔法具で補わなければダークエルフはスタン攻撃に弱いと言える。
そうなるとおそらくテラ選手はこの戦いに決着が付くまで動くことはできない。
仮に例え魔法具でスタン耐性を補っていたとしても、セリ選手のスキルレベルを考えれば焼け石に水といったところだろう。
そして遂にスタン攻撃を受けて膝から崩れ落ちて体を動かせないテラ選手の首元に剣が突き付けられた。
セリ選手は今までの真剣な表情を崩し、ふぅっと息を吐いて笑顔を見せて言った。
「これでいいかしら?」
「……………………私の負けにございます」
勝敗は明らか。テラ選手は無念そうに目を伏せ、自らの敗北を告げることとなった。
会場全体が静寂に包まれる。
息をすることすら忘れてしまうほどに激しい攻防だった。
しかしその結果は誰もが分かってしまっていた。
テラ選手は決して弱くはなかった。今の戦いを見てテラ選手を笑う者はいないだろう。
ただ相手が悪かっただけだ。
いや、むしろ善戦だったと言えるだろう。
英雄級の戦士と対峙してまともに戦える者がこの場に一体何人いるだろうか。
「い、一回戦最終試合!勝者、セリ選手!」
最後の最後で完全な番狂わせだ。
今回の戦いは本人にとっても予期せぬ戦いだったことだろう。
ということは次からは完全武装で現れるに違いない。
そうなれば一体誰が彼女の堅牢な防御を抜くことができるのか。
トーナメント的に遠い場所に位置することは幸運であったが、今回に戦いにより大会の話題は彼女一色となってしまうだろう。
しかしそれでも構わない。幸運にもリーゼロッテ王女はこちらのブロックにいる。
ならば俺たちのやることは変わらない。
このまま順調に勝ち進めばあと二勝でベスト4進出。
それまで何としてもお嬢様を守り抜き、どんな手を使おうとも準決勝で王女を下さなければならない。お嬢様の貞操を守るためにも。
「それでシノブって子のことなんだけど」
「その話は後ほど控え室の方で……」
「分かったわ」
というやりとりが聞こえてくる。
彼女は一体何者なのだろうか。
そして彼女の探しているシノブという名のダークエルフの少女は一体何者なのか。
もしかするとディープブラッドへ行くことで関わって来ることになるのだろうか。
お嬢様にとって害がなければいいのだが。
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