第66話 ??才 ダークエルフの王女
七国決戦の出場国はその名の示す通り全部で七国。そして各国を代表する二十八人に加え、フリー枠から四人が追加され、トーナメント方式により優勝者が決定する。
試合は一日に最大四試合開催され、第一回戦はあらかじめ対戦相手が分からないように試合直前に抽選が行われることとなっている。
抽選は幾重にも不正防止の検査が行われ、完全にランダムで出場者が選出されるため、運次第では同国同士の潰し合いも十分に考えられる。
そしてトーナメントを勝ち上がり、五度の勝利を収めたものが優勝となる実にシンプルな大会である。
必要なものは実力と運。
また消耗品の使用は禁止されていないが、恐らくこのレベルのデュエルにおいてはアイテムを使う隙を作ることはかなり困難となってくるはずだ。
特に回復アイテムなどを悠長に飲んだりしていてはその間に致命傷を負わされかねない。
準備は既に終わっている。
当然の如くレベルが上がるようなことはなかったが予選のときに比べてもかなり戦闘力は上がっているだろう。
まず第一に両手剣を持ったときに発動するスキルの存在が大きい。原理的にはスキルを発動する感覚をトレースすることで、スキルを発現できているようだ。
そしてそれにより発現されたスキルのスキルレベルは極めて高くなる。しかしそれに対して実際のスキルレベルがゼロであるため、普通にスキルを使用するよりも身体に掛かる負担は遥かに大きい。その負担はスタミナ消費となって現れるため、スキルを瞬間的に発動したとしても数回で動けなくなってしまう結果となった。
しかしそれは裏を返せば数回は使えるということだ。
短期決戦が強いられることになるが、スキルが全く使えない状況に比べればかなりマシであると言えるだろう。
そして遂に七国の要人および出場者たちがグランハイド王国へと入国を果たし、七国決戦を前に交流会という名目のパーティーが開かれることとなった。
そのパーティーへと招かれたのは各国の政治的代表者たちとその護衛、そして出場者たちのみである。
国王のありがたい話が終わると、会場の空気がガラッと変わった。
パーティーには興味がないとばかりにすぐに会場を後にするオーク。大量の酒を持ち込んで周りの者たちを巻き込んでいくドワーフとそこへ引き寄せられていくドラゴンハーフ。そしてそれを冷ややかな目で見るエルフとつまらなそうにあくびをするビースト。
そんな中、俺とお嬢様は旦那様に引き連れられ、各国のお偉様方へと挨拶をして回っていた。
当然のように旦那様は出場者の方へは興味も示さず、他国の王族にばかり目が向いているようだ。そして遂に俺たちは会場の騒ぎから距離を取り、自分たちだけで楽しんでいるダークエルフたちと対面を果たした。
真ん中にいるのは同じ種族の女ばかりに囲まれた圧倒的存在感を放つダークエルフの男。
旦那様はその男に向かって頭を下げ、お嬢様と俺は片膝をついて最上級の礼の形をとった。
「お初にお目にかかります、ブラッド王。私はグランドハイド王国で侯爵位を預からせていただいておりますジョエル・エーベルハイトと申します。後ろに控えている者は娘リリスと今回の出場者でもある娘の奴隷シノにございます」
ダークエルフの男は旦那様を一瞥するもつまらなそうな顔をして口を開いた。
「確かに初見だな。フン、人間の統治者は戦いに顔を出さぬから知らない顔ばかりだ」
「で、あればこそこれを機に覚えていただければ幸いです」
旦那様は笑顔を張り付かせて答える。
「覚える必要があるならばおのずと頭に残るだろう」
「……それならば安心しました。これが私の娘が見出した強き奴隷です。もし巡り合わせがありましたら、王妃様やご息女様に満足のいく戦いを提供できることでしょう」
しかし旦那様のその発言を受けてブラッド国王は声を出した笑った。
その瞬間喧騒が止み、他国の者たちからの視線がブラッド王の下へと一気に集まる
「ほう?つまらない冗談だな。残念ながらその男からは何の力も感じられぬぞ。その奴隷を戦いに出すくらいならばまだそちらの娘の方がマシに思えるが?」
「お戯れを」
鼻で笑うブラッド王の後ろからまだ幼さの残るダークエルフの少女が出てきた。
おそらくはディープブラッドの王女、が膝をついて礼を取っている俺の顔をなんとしゃがみこんで覗きこんできた。
その青い瞳が仮面の隙間から俺の目を捕らえ、まるで何かを探るかのようにじっと見つめてくる。
「……………………」
一体何だろう。仮面か?この仮面が気になるのか?
幼き少女の好奇心を刺激するのに十分なほど怪しいことを認めるのはやぶさかではないというか、まさしく見る人々に好奇心をもって貰うために装備しているのだから効果覿面であることが確認できたことは嬉しいが、じっと見られているとやはり居心地の悪さを感じる。
一体何なのだろうか。少女の行動へと注意を払っていると、突然少女の小さな右手からナイフほどの氷の刃が顔に目掛けて飛び出して来た。
しかもこちらの左目に存在する人体の死角を突いて。
詠唱どころか魔法が発動する気配すら感じ取れなかった。いや、それ以前に仮面の隙間から瞬時に死角を判断するなど人に出来ることなのだろうか?
確かに俺にもできないことはない。ということはこの少女は俺と同等かそれ以上の解析能力を持っているということになる
それに加えてここは闘技場ではなくパーティー会場。
これはもしかしなくとも俺はこの幼き少女に試されているのか?
ふむ…………。
「コホンッ、失礼しました」
俺は咳する動作を利用し、氷の刃を上手く仮面の曲面を当てて攻撃を逸らした。
すると氷の刃はカキンッという音を立てて砕け、空気の中へと消えていった。
加減されていたのか、それとも証拠隠滅のためか威力はかなり抑えられていたようだ。
しかし少女の行動はそれだけで終わらなかった。
続いて少女の小さな手が俺の顔…………正確には仮面を掴もうと迫ってくる。
俺は礼の形を取ったままそれを回避。
空ぶった少女の手がこちらの動きに合わせて曲がってくるのでスウェーで回避。
それでも少女の手は止まらない。
まるで頭を下げ地面から足を動かすことのできないこちらを弄ぶかのごとく回避できるギリギリの距離に手が伸びてくる。
ひょいひょいひょいひょいひょいひょいひょいひょいひょい。
我ながらかなり間抜けな動きをしているに違いない。
これがお嬢様の評価を下げることに繋がらなければいいのだが……。
しばらくそれを繰り返してようやく気が済んだのか少女は手を止めるとそのまま顔を近づけクンクンと匂いを嗅ぐような仕草をしたかと思うと何を満足したのかニンマリと笑みを浮かべた。
う、気持ち悪い……。お嬢様よりもまだ幼いはずのこの少女の笑みがとても邪悪に見えてしまうのは気の所為だろうか。
いや、そもそも比べることが失礼な話だったのかもしれない。お嬢様はクイーンオブマスター。まさしくご主人様の中のご主人様なのだから。
「お父様、この人強いですよ」
「ほう?」
少女の発言を受けてダークエルフの王は先ほどのつまらなそうな表情とは逆に、興味深そうにこちらへと目を向けた。
「ふむ、あなたがその者のご主人様ですか?」
少女がお嬢様の方へと向き直り、声をかける。
「は、はい……」
「リーゼと賭けをしませんか?」
「リーゼロッテ様と……賭け、ですか?」
「ええ、リーゼが勝ったらその奴隷はリーゼがもらいます」
「え……」
ダークエルフの王女からの突然の提案にお嬢様は言葉を詰まらせる。
「そして言葉に表現できないくらいにぐっちょぐちょのれろれろのあへあへにしてリーゼの子を孕んでいただきますじゅるり」
「なっ!?」
お嬢様の奴隷となって数ヶ月。こんなに怖気が走ったことはない。というかそもそも男を孕ませることなど不可能だと思うのだが、この幼いながらも美しいにも関わらず、涎を隠そうともせず異常なほどに気色の悪い王女を見ているとそんな世界の理すらも歪めてしまいかねないような気色の悪さを感じる。
こうして他の王族や貴族のご令嬢と呼ばれる存在を知ると改めてお嬢様の素晴らしさを再認識させられる。
やはりお嬢様に拾われた俺は幸運だったのだ!
「その代わりあなたが勝ったらあなたの望むものを可能な限りあげますよ?」
「お、お断わりします!」
お嬢様は少女の提案を即座に断る。しかし……。
「例えば…………私がお父様を脅は……もとい、お願いしてあなたの望みを叶えてあげることだってできますよ?うちに嫁がされようとしている妾腹の娘さん」
「い、一体、何のことでしょうか」
お嬢様、目が泳いでいます。それでは相手の発言を肯定しているようなものです。
ですが劣悪な環境に置かれながらも、純粋ですれたところのないお嬢様だからこそお仕えしたいという想いが湧き上がってくるのでしょう。
「とぼけなくてもいいですよ。繋がりは……まぁダークエルフと親密な関係になりたいなんて人族はいないでしょうから欲しいのは情報でしょうね。当然あなたたちと同じようなことを考える者は人族にも、そして人族以外にも大勢います。つまりあなたは大勢の中の一人。多数派。マジョリティ。凄い。多数決なら勝てますよ。良かったですね」
少女は心のこもっていない表情で淡々と言い放った。
「多数決なら、ですか」
「それ以外に勝算などありますか?いやありません」
少女ドヤ顔。しかし人格勝負であったならばお嬢様の圧勝ではないですか。
「随分とその……個性的なお方ですね」
「ふふ、それは当たり前○のクラッカーというものす。世紀末時代よろしく力こそ正義の世の中で嬉しい限りです。どこかの誰かさんみたいに個性を殺す必要もありませんからね」
「つまりあなた様は力があれば何をしてもよいと?」
「いいですよ?ただしそれが自分の足元を掬うようなお馬鹿な行動でなければ、ですけどね」
「…………分かりました。では僭越ながらこちらの条件を飲んでいただければ勝負を受けさせていただきます」
お嬢様は少し考え込み、そう答えた。
「ほうほう。なかなかに物分りの良いお嬢さんで良かったです。で、条件とは?」
「万が一シノが負けた場合、私もシノとともにあなたの側室に入れてもらえませんか?」
お嬢様がそう言うと嬉しそうな表情を見せていた少女は一転して大きなため息をついた。
「はぁ…………何ともつまらない提案ですね。興醒めです。勝負する前から負けたときの算段ですか」
しかし少女の嘆息にお嬢様は笑みをもって応える。少女のそれと違って邪悪ではない純白の笑みをもって。
「面白いことをおっしゃるのですね。例え相手が誰であろうとも私がシノの勝利を疑うはずがありません。ですが、そうは思わない方もいらっしゃいますので」
「なるほど。そういうことですか。ふふっ、面白い。やはりそうでなくては面白くありません。いいですよ?その条件受けましょう」
つまり、お嬢様は旦那様に納得していただくための理由が欲しかったわけですか。確かにそれならば勝負がどちらに転んだとしても旦那様の思惑通り事が進む。尤もお嬢様の願いが旦那様の期待に則したものであれば、ですが。いつの間にか随分と成長なされたようだ。お嬢様のこの期待、裏切るわけにはいかない。
何よりお嬢様がこの気持ち悪い少女の側室になるなどということはあってはならない。
「ふむ、娘が無理を言って申し訳ございません。もしこのような賭けがご嫌であればブラッド王の方から……」
「いちいち確認せずとも断らぬ。リーゼロッテと当たるまで精々生き残ることだ」
言質を取ろうとする旦那様の言葉をブラッド王は不要とばかりに切り捨てた。
放任か。それともそれほどまえに王女の実力を信用しているのか。
「ふふっ。ではあなたとの闘いを楽しみにしていますよ、謎の厨二奴隷さん?」
「ちゅうに?」
言葉の意味を分からずお嬢様は首を傾げる。
ふぅ……後から聞かれるであろう内容をどうやってお嬢様に誤魔化したものか。
応援や感想ありがとうございます。
ここで一つ最近気になっていることを書きます。
とても面白いジャンルである『悪役令嬢もの』
自分も好きです。
ヒロインの噛ませ犬として登場し、破滅や死滅の一途を辿る性悪美人悪役令嬢。
乙女ゲームにはテンプレの如く登場しているのでしょうか?
気になって冬眠もできません。
それではまた来週。




