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異世界版でデスゲーム  作者: 妄想日記
第三章 喪失編
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Sideお嬢様 二人を分かつもの

 シノが闘技場で七国決戦への出場を決めたあの日から一ヶ月後、ずっと沈黙を守っていたお父様が大会目前に控えた今頃になってようやく私を呼び出した。


「奴隷の調子はどうだ?」

「…………何も問題ありません」

「そうか、それは結構だ。必要なものがあれば家令に言えば良い。くれぐれも奴隷が死ぬことがないようにな」


 お父様がシノのことを心配してくれている?まさか家の名誉のために?いえ、そんなことは絶対にありえません。お父様にとって奴隷はどこまでいっても奴隷なのですから。

 となると何か裏が…………?もしかして私を結婚させるときにシノを取り上げるつもりとか……。


 シノはとても頑張ってくれています。私が今を平穏に過ごせているのもみんなシノのおかげと言っても過言ではありません。兄姉たちから送られてくる刺客から守ってくれているのも、毒殺を阻止してくれているのも。その上で私への教育を中断することもなく、七国決戦に向けて自己の鍛錬まで行っています。


 ならば私もシノの主人として少しでも力にならなければなりません。

 シノには死んで欲しくない。

 今まで言われるがままでしかなかった私はただそれだけを胸に、自らの心を奮い立たせました。


「お父様。以前おっしゃっていた結婚の件についてお父様のお考えを伺ってもよろしいですか?」


 するとお父様はほんの少しだけ眉をひそめると、いつもどおり厳しい顔に戻って頷いた。


「そうだな…………、いいだろう。いくらお前でも直前になってパニックを起こされては困るからな」


 パニック?私がパニックを起こすような結婚って一体…………。


「お前はダークエルフの貴族…………いや、もし可能であるならば王族のもとへと送り込むつもりだ」


 お父様の言葉に言葉を失ってしまいました。


「ダークエルフっ…………ですか…………」


 ダークエルフと言えばその崇拝する神からも分かるように残忍性、残虐性に関しては魔族すらもしのぐと言われる種族です。そして現在七国の中で最も強い軍事力を持つとともに、最大の発言力を持っていると言われています。

 私たち人間の常識からすると、ダークエルフのところへ嫁がされることは処刑台へと送られる以上の意味を持つと言っても言い過ぎではないでしょう。


「ディープブラッドは力が全ての国だ。七国決戦はお前の奴隷を、そしてお前をアピールする良い機会となるだろう」


 そう言って口元に笑みを浮かべるお父様の目に私に姿は映っていませんでした。

 既にお父様の中には私に対する僅かな情すらも残っていなかったのでしょう。

 いえ、そんなものは始めからなかったのです。

 全部、分かっていたことでした。それでも私は今までそのことを認めることができませんでした。私の母にすらひとかけらの情もなかったという事実など。

 不思議なものです。あまりにも理不尽なことを言われたというのに頭が恐ろしいほどに冷めていくのを感じます。


「つまり私はシノに興味を抱いたダークエルフの高貴な身分のお方にシノと共に嫁ぐことになるのですね」


 私がそう返すと目の前の男は一瞬だけ驚いたような顔をして、満足そうに頷いた。


「頭は悪くないようで安心した。そのとおりだ。そしてお前にはダークエルフ共の情報を送ってもらうことになるだろう。侯爵家の娘として世界のかじを人間へと取り戻す礎となるのだ」

「畏まりました。では可能な限りシノの勝率を上げたいと思いますので、必要なものを用意していただくことに致します」

「いいだろう。お前も心の準備だけはしておけ」


 この人は本当に…………幸せな人ですね。今現在最も強く、最も危険な国の深部へと入り込み、諜報活動をしろだなんてここまで来るといっそのこと清清しい話です。それがどれほど危険なことなのかなど考えるまでもありません。

 何もかもが自分を中心に自分の想像の範囲内で物事が進んでいくとしか考えられないでしょう。

 ふふっ、でも本当に分かっているんですか?現在グランドハイドではディープブラッドは愚か、他国に対して何の力も持っていないんですよ。つまりディープブラッドに入った時点であなたの権力など何の意味も為さないのです。


「話は以上だ。下がれ」

「それでは失礼致します」


 私は目の前の男に頭を下げてその場を後にした。

 部屋から出ると一人の女が私を待っていた。

 腹違いの姉。同じ血が流れているなどと考えたくもない女が嬉しそうに笑みを浮かべて声をかけてきた。


「おめでとう、そしてご愁傷様」


 私のシノが勝ち残り、自分の選んだ戦士が予選敗退したことを、余程忌々しく思っていたのでしょう。心底嬉しいのか勝ち誇ったような笑みを隠そうとすらしていません。だから私も笑顔で返すことにしました。


「ありがとうございます、レミィ様。これでようやく私も貴族としての役目を果たすことができます」


 自分でも信じられないほど心にもない言葉がすらすら吐き出された。


「そう、精々《せいぜい》女として壊されないように頑張りなさい」

「お気遣いありがとうございます」


 この期に及んで全くもって愚かしい話です。

 この人たちこそがシノに教えてもらった『井の中の蛙』というものでしょう。自分たちであればグランドハイドの王族たちと同じようにダークエルフすらも御せると思っている。

 全てを自分たちの想像の枠内に収めて物事を考えているだけ。

 私の諜報活動がバレたところで私が勝手にやったことと白を切りとおせば済むとでも思っているのでしょう。

 ダークエルフたちが辿ってきた歴史を少しでも勉強していればそんな都合の良い言い訳が通るはずないということが分かるだろうに。


 しかしこの婚約話は私たちにとって好都合かもしれません。

 ディープブラッドに入った時点でエーベルハイト家の影響力下から離れるのは必然。

 そして私にとって大切なものは私の家族だけ。

 私の取った行動でエーベルハイト家がどうなろうとグランドハイドがどうなろうと知ったことではありません。

 そもそも圧倒的に格上の存在を相手に捨て駒をあてがう時点で既にあなたたちは終わっているのです。


 そんなことを考えていたからでしょうか。満足そうな顔をして立ち去っていくその女とすれ違いざまに思わず心の声が漏れてしまいました。


「最後まで憐れな人でしたね……」


 今にして思えば私とこの女の違いなどほとんどなかったように思えます。

 苛める側と苛められる側。

 しかしそれは新たに生まれた差異に比べたら本当に取るに足らない事柄でした。

 私にはシノがいて、この女にはシノがいない。

 それこそが私たちの人生を分けたのだと確信しています。


 考えたくもありませんが、もしこの女の傍にシノがいたならば今後の人生が逆転していたことでしょう。

 だからでしょう。シノのいないこの女に対する哀れみが口に出てしまったのは。


 そしてこの発言が私の人生を大きく変えることになったのは良かったのか悪かったのか…………今はまだ分かりません。

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