Side不幸な女騎士 女騎士の不幸
私は先の大戦の責任を押し付けられた父上の汚名を濯ぎ、剥奪された騎士の位を取り戻すために、七国決戦の予選に参加していた。
もし予選を勝ち抜き、本戦で良い成績を残すことができれば、きっと国王の目にも止まり、再び騎士の位を拝命することができるはずだ。
私も自分が人間の中で一番強いなどと自惚れてはいない。
しかしチャンスはあると思う。
それは神の加護の消失。
加護により産まれながら優遇されてきた強者たちは自らの弱体化に意識が慣れていない可能性が高い。
それほどに神の加護とは自然で、身近で、不平等なものであった。
つまり今この瞬間だけは全ての者にチャンスが与えられていると言えるだろう。
だから私も……。
司会者による開始の合図と共に、目の前の男が襲いかかってきた。
女と思ってなめられているのかもしれない。
しかし今はそれでも構わない。
バトルロイヤル方式というものは当然強い者、目立つ者は徹底的に周囲から攻撃される。
目の前の男の力量は明らかに私よりも下だ。
ならば今はとにかく守って少しでも時間を稼ぎ、人が少なくなるのを待ったほうが得策だろう。
そう思って亀の如く盾に隠れてガードに徹していると、一人の男がこちらへ向かって走ってきた。
その姿は黒髪に黒い燕尾服を着込み、変な蝶の仮面をして明らかに周囲から浮いていた。とてもこれから闘おうとする者の姿には見えない。言うなればこれからいかがわしいパーティーに参加する変態貴族といった風貌だ。
怪しい……。怪しすぎる。この男、一体何をするつもりだ?
「トンファーテンプル!」
ドゴォォォ。
私と相対していた男の顔が衝撃で一瞬ブレると、そのままぐったりとして意識を失ってしまった。
私は見てしまった……。
怪しい風貌の男はどこからともなく取り出したトンファーを握り、なんとトンファーではなく拳の部分で私と相対していた男のテンプルを正確に打ち抜き、意識を刈り取ったのだ。
ちょっと待て。
今何のためにトンファーを取り出したのだ!
いや!そもそも今の派手な効果音は一体なんなんだ!まさかそういうスキルなのか!?
私が呆気に取られている隙に男は私の背後を取った。
そして耳元で囁くように低いアルトボイスを以って言って来た。
「ここは一つ、私たちも共闘しませんか?」
男の言葉にはっとなって周りを見ると、ほとんどの者たちが既に集団戦を始めている。
元々知り合いだった者たちか、はたまた生き残るために共闘する打ち合わせを直前になってしたのかは分からない。が、私は……いや、私たちは完全に出遅れていたようだ。
私の背中に男の背中が触れる。
この男…………確認も取らずに私の背中を守ろうと言うのか。
いや、しかし現状私にしろこの男にしろ、それ以外に道は残されていないということは分かっている。
今、一人になればあっという間に徒党を組んでいる者たちの餌食となってしまうだろう。
背に腹は変えられない。今はこの男を信じ……いや、利用するしかない。
「あなたの最初の作戦で行きましょう。まずはあそこにいる弱そうなのを相手に苦戦を装いましょう」
な!?私の作戦がバレていたというのか!
「わ、分かったわ」
動揺を必死に抑えて肯定すると、怪しい男はすぐさま敵集団に向かって駆け出した。
私もそれに追随する。
弱そうって……あれは魔術師の集団じゃないか!
ヤバイ!止まったら狙い撃ちにされる!
「ファイ……」
「トンファーフック!」
「ライ……」
「トンファーネリチャギ!」
「スト……」
「サマーソルトンファー!」
「ギガ……」
「トンファー置きっぱなし式カナディアン・デストロイヤー!」
ドゴォォォ。ドゴォォォ。ドゴォォォ。ドゴォォォ。
男の派手なパフォーマンスで会場が沸き上がる。
だがすまない。ツッコミどころがありすぎてついていけないがこれだけは言わせてくれ。
トンファー使えよ!!!あまつさえ地面に置いちゃうなよ!!!
「というか、苦戦した振りをするのではなかったのか?」
「申し訳ありません。相手があまりにも弱すぎたものでつい」
『つい』で魔術師を詠唱前に瞬殺できる人間はそういない。
そこで私ははたと気づいてしまった。
このバトルロイヤル戦の最大の障害がこの男であるということに。
いや、私だけじゃない。今や会場中の者がそのことに気づいただろう。
「おや」
一瞬遅れて怪しい男はそのことを察したようだ。
「気づいてしまいましたか」
その言葉に背筋がゾクリとした。
男が振り返ってゆっくりと私に近づいてくる。
「残念ですね。気づかなければ最後まで良い夢を見られたものを」
男は事も無げにそう言った。
「い、嫌だ!来るな!」
男に向かって武器を構えて後ずさる。
ダメだ。どう考えてもこの不気味な男に勝てるイメージが沸かない。
まるで逃れることのできない死期を目の前にしたような絶望感に苛まれる。恐怖で足が竦み、武器を持つ手の震えが止まらない。
私はこんなところで終わりたくは、ない!
「さぁ、死ぬ気でかかってくるがいい」
男が私を……いや、リングに立つ全ての者たちをその視界に捕らえて言った。
いやだ。
いやだいやだいやだいやだ!
私には父の
「トンファー……」
だからトンファーは地面に置きっぱなしだと何度言えば……。
そこから先の記憶はない。
気が付くと私は無傷のまま医務室で目を覚ましていた。
身体に異常は見られない。痛みすら残っていない。私は……負けたのか……。
やはり私には無理だったのだ。
加護がなくとも世の中にはきっとあんな化け物じみた者たちがごまんといるのだろう。
命が助かっただけ良かった。今はそう思うしかない。
父の汚名を晴らせなかったのは悔しいが、私は母と共にまだ幼い弟や妹たちを養っていかなければならないのだから。
この辺りが潮時か……。
そうだな、これからは争いとは無縁のどこかのご令嬢のメイドとして生きてみるのもいいかもしれない。
願わくば二度とあのような男とは出会うことがないように。




