第59話 ??才 大会に向けて
俺たちはまずは大会について情報を収集した。
「騎士仲間たちの間では噂で持ち切りだ」
「街中でも既に噂になっていました」
剣王杯改め、七国直轄頂上決定闘技大戦会。通称『七国決戦』。
大会は個人の武と団体の武に分けられている。
ルール無用。トラップだろうが魔法具だろうが回復アイテムだろうが何でもあり。そして勝敗は相手が負けを認めるか戦闘不能に陥ることで決定する。
戦闘不能にはもちろん死亡も含まれているため、死人が出るかどうかは出場者たちの手に委ねられている。
そして優勝賞金は一千万G。さらにそれに加え『竜玉』と呼ばれる国宝級の魔石の他、様々な景品が用意されているらしい。
現在の最有力優勝候補は断トツでディープブラッドの『狂った女神』という人物だと噂されている。
そう。先の大戦において単騎で数万の魔物を壊滅に追いやった伝説の英雄…………いや、化け物だ。
悪魔のような容姿で見たこともないほどの禍々しく巨大な両手剣を操るという話だが、大戦以来その姿を見た者はいないというダークエルフの秘蔵中の秘蔵として知られている。
もちろんそんな化け物に勝つ必要はない。
俺の目的はあくまで予選を通過することなのだ。
予選は一ヵ月後。ここグランドハイドからの出場枠は人間のみに与えられる。予選のルールは本戦と同じであるが、出場者が非常に多くなると予想されるため、まずはバトルロイヤルにより十六人にまで絞り込まれる。
そして勝ち残った者たちでトーナメントを行い、最終的に個人の武で四人。団体の武で二チームにまで絞り込まれることとなる。
そして俺は個人戦に登録されているわけなのだが……。
「儂も戦うのじゃ!」
「拒否します」
「なんでじゃ!?」
キキの申し出をあっさり断ると、キキは信じられないと言わんばかりに驚いた。
「どうしてですか、シノ?規定ではテイムした魔物を連れていくことは禁止されていませんでしたが」
「キキは確かに強くなりました。ですが予選に出場するのはこの国の騎士や冒険者たちの中から選りすぐられた実力者たちです。いくらキキが戦闘形態を取ろうとも太刀打ちするのは難しいでしょう。であるならばキキを守りながら戦うよりも一人で戦った方がやりやすいのです」
「儂では足手まといになるというのか……」
「ぶっちゃけ邪魔なだけっていう」
「ショックなのじゃ!御前様なんて死んしま……う……のは嫌じゃから、死なないように勝ってしまえばいいのじゃ!うわあああああああああああん!」
そう言ってキキは泣きながら走り去っていった。
「シノ、ぶっちゃけすぎです」
「申し訳ありません……」
「それにしてもシノはキキのことが本当に大切なのですね」
そう言ってお嬢様は優しげに微笑まれた。
「当然です。キキとてお嬢様の奴隷なのですから。お嬢様のものを守ることもまた奴隷としての仕事なのです」
「そうですか……」
今一瞬お嬢様が沈んだ顔を見せた……ような気がしたのは気のせいだろうか。
そんなお嬢様の様子に気を取られていると、アルマ様が疑問を口にした。
「しかし武器はどうするのだ?」
「そうですね……」
剣や槍や大鎌を使ったところでスキルのない俺では大した攻撃力を期待できないだろう。
レイピアは……急所を狙えば殺傷力はあるだろうが防御性能に不安を感じる。
いっそのこと銃でも作ってみるか?
いや、ダメだ。もしあんなものが出回ってしまえば世界の治安が急激に低下することは容易に想像が付く。
ならばボウガンは……レイピアと変わらないか。
となるとやはりアレしかない。そう。世界最強の武器と言われているアレだ。
「トンファーを使います」
「トンファー……ですか?」
「お前なら他の武器でも扱えるだろうになんでよりにもよってトンファーなんだ?」
「え、もしかしてお二人はトンファーの性能を知らないのですか?」
驚愕である。
トンファーといえば世界最強にして天下無双の武器であるとさえ言われている。剣道三倍段という言葉もあるが、トンファー十倍段という言葉があってもおかしくはないだろう。
トンファーと他の武器を比べとそれほどに格差がある。
まさに北斗○拳を暗黒時代へと導いたジョインジョ○イントキィの再来。
またの名をバランスブレイカー。ブレイクするのは敵ではなく、ゲームバランスだと誰かが言っていた。
ゆえに七国決戦において使用禁止のルールが設けられていてもおかしくはなかっただろう。
しかし今回は幸運にもルール無用である。
「トンファーってアレだよな。こういうやつ」
そう言ってアルマ様がトンファーっぽい構えを取った。
エアトンファーか。
実に悪くない。
「概ね間違っていません」
「そんなに強いのか?」
「はい。試してみますか?」
「ああ」
それから俺たちは訓練場へと向かった。
途中、泣きながら走り去ったはずのキキがケロっとした態度で合流してきた。
キキの将来が少し心配になる。
訓練場に行くと訓練用に木製のトンファーが置いてあった。
それを両手に持ってアルマ様と対峙する。
「さぁいつでもどうぞ」
「よし!では試させてもらうぞ!」
アルマ様の集中力が徐々に高まっていくのを感じる。
実戦さながらのピリピリとした空気が肌を刺す。
……………………来るっ!
「『ライトニングストライク!』」
稲妻をまとった鋭い突きが迫り来る。
狙いは手首か。
俺はその突きを右手のトンファーを使って横から殴りつけて逸らし、そして……。
「トンファーキック!」
身体の捻りをそのままを利用して後方回し蹴りを放ち、アルマ様の頭の手前でピタリと止めた。
蹴りの風圧がアルマ様の髪を揺らす。
そしてアルマ様の額から一筋の汗が零れ落ちた。
「とまぁこんなものです」
「凄い……」
「凄いのじゃ!御前様ほど強い雄はこの世にはいないのじゃ!」
「キキ、それは違いますよ。俺が凄いのではありません。トンファーが凄いのです」
ワンアクションで攻防一体の動きができるなんてトンファーのチート性能もやりすぎである。
例え相手が二刀流の使い手であったとしても、攻撃を防いだ上でトンファーキックを繰り出すことが可能なのでワンサイドゲームとなることは必至だ。
「でも御前様。トンファーで攻撃してないのにどうしてトンファーキックと言ったのじゃ?」
「…………」
「こ、こら!キキ!それは聞いちゃいけません!」
「い、いえ。いいのですお嬢様。いいですか、キキ。トンファーを持つことによって体のバランスを取ってより強い蹴りを放つことができるのです」
そう。トンファーは相手の攻撃を防いだり殴ったりするだけでなく、身体の重心を攻撃に最適な位置へと導くことまでできるのだ。
「でも強い蹴りは蹴りなのじゃ!トンファー関係な…」
「トンファーキック!」
ドゴォォォ。
キキがぐったりとなって意識を失った。
目を回してぐるぐると回しながら地面に倒れこんでいる。
「いけませんね。こんなところで寝ると風邪を引きますよ」
俺は近寄ってゆっくりとキキを抱き上げた。
俗に言う『お姫様抱っこ』というものであったが、キキは体重は非常に軽いため、持ち上げるのは苦ではない。
「キキ!」
それを見ていたお嬢様が慌てて駆け寄って来た。
「問題ありません。峰打ちですから」
そう、トンファーキックはツッコミにまで活用できる万能武器なのだ。
もちろん殺傷力も痛みもなく、後遺症も出ないので、くれぐれも動物愛護団体には訴えないでいただきたい。
ちなみに、この技は人体と猫の身体の仕組みを良く理解し、それ相応の技術を習得した者しかできないので良い子も悪い子も絶対に真似をしないでください。
「蹴りに峰なんてないだろう。恐ろしい奴だなお前は……」
なぜかアルマ様から驚愕の眼差しを向けられた。
違います。これはツッコミなのです。
しかしその後お嬢様より初めてお叱りを受けることになってしまった。まさに一生の不覚である。




