第57話 ??才 特化型
キキと出会って早三ヶ月。時折屋敷の者たちから嫌がらせを受けるものの、お嬢様はとても明るくなってきた。
キキのことも自らの子供か妹であるかのように大切にし、可能な限り悪意から守ろうとしてくれている。
庇護される立場から庇護する立場へ。その変化がお嬢様を大きく変えたのかもしれない。
全てがうまく回っている。
しかしいつかは変化が訪れることだろう。
美しく強く成長するお嬢様を見ているとそう思わずにはいられない。
目の前にいるのは力のない少女ではなくなってきているのだから。
そんなことを考えながらお嬢様の化粧をしているとキキがその様子を見て不思議そうに口を開いた。
「御前様はいつ見ても凄いのじゃ。お嬢様があっという間に別人になったのじゃ!」
「別人という表現は適切ではありません。化粧とは女性にとって戦装束なのです。布の服を着て木の棒を持った男よりも鉄の鎧に身を包み鋼の剣を持った男の方が強いのと同じように、女性は化粧をすることで攻撃力と防御力が比較にならないほど上昇するのです」
「そ、そうじゃったのか!だからお嬢様は強かったのじゃな!御前様、儂にも化粧をして欲しいのじゃ!」
「それは無理です」
「な、なんでじゃ?!」
「毛が生えているところには化粧はできませんから」
「がーん!しょ、ショックなのじゃ……」
そう言ってがっくりと項垂れるキキ。
まぁ後で毛並みを整えるくらいはしてあげてもいいだろう。
お嬢様は先日十六歳になられた。
この世界で十六歳といえばもう成人として認められる歳。結婚の話が来てもおかしくはない年頃である。
だからこそ俺はお嬢様の魅力を最大限に引き立てることができるよう日々化粧技術を磨いている。
お嬢様の良いところはやはりその瞳だろう。
その瞳の魅力を最大限際立たせるように、目力の攻撃力を特化していく。
完全武装されたお嬢様の目力をもってすれば、並みの男など一撃で粉砕してしまうことだろう。
俺が自分の仕事に満足していると、その破壊力抜群の瞳がふとこちらを向いた。
「シノは気の強い女性が好みなのですか?」
「………………………………………………………………え?」
一瞬完全に思考が停止してしまった。
好み?
「違うのですか?」
お嬢様が不思議そうに尋ねる。
「俺の好みは…………、今まで考えたことがなかったです」
「そうなのですか?」
「はい、必要ありませんから」
俺はお嬢様の奴隷なのだから、自分の好みなど考えたところで意味がない。
しかしそう言うとお嬢様はがっかりとしたような様子を見せた。
「そうなのですか。私はてっきり…………ではなぜこのような化粧を?」
「それは…………お嬢様に似合うようにと……もしかしてお気に召しませんでしたか?」
「いえ……」
お嬢様は鏡を前にして俯いてしまった。
沈黙が辺りを支配する。
もしかして気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
そんな中キキが覗き込むようにお嬢様の顔をじっと見つめた。
「御前様の言うとおりなのじゃ!お嬢様に綺麗な目にぴったりなのじゃ!」
キキがそういうとお嬢様はぱっと顔を上げた。
真っ赤な顔で瞳が僅かに潤んでいる。
「シノ!もし私が……」
ガチャリ。
お嬢様がそう言いかけたところでまたしても屋敷のメイドが無断で部屋に入ってきた。
「旦那様から伝言です。今夜屋敷で夕食を取るのでリリスお嬢様も来るようにと」
「…………分かりました」
それだけ言うとメイドは失礼しますとも言わずに部屋から出て行った。
お嬢様が当主様と会うのは俺がお嬢様の奴隷となって以来初めてであった。
そしてその日からお嬢様の元気に陰りが見え始めた。




