第56話 ??才 達人
「はっ!」
掛け声とともに勢いよく振り下ろされた木刀が俺の肩口へと迫る。
襲い掛かってきた斬撃を徒手による受け流しとスウェーで回避し、隙を見つけてはガードできるだろう場所へと蹴りを入れる。
アルマ様も良く訓練されているので、多少の攻撃は簡単にパリィングしていく。
「なぁ……一つ確認したいんだが……」
アルマ様が眉をひそめて問いかけてきた。
「何でしょうか?」
「スキル使ってないよな?」
「はい。覚えていませんから」
不思議である。理論を理解しても技能書を読んでもスキルを覚える気配がない。
キキをテイムできたということはテイムモンスターのスキルを覚えているはずなのだが、ステータスカードには表示がない。そしてアレ以来スキルが発動する兆候が見えない。
「レベル1だよな?」
「はい。上がっていませんから」
不思議である。いくら訓練を積んでも全くレベルが上がることはない。本来であれば他者を殺害しなくとも、自己研鑽を積むことで多少なりともレベル(存在力)を上げることができるはずなのだが、全くもって上がる気配がない。
「なぜ私と打ち合えるんだ!」
「不思議ですね」
「不思議なんてものか!不気味だ!」
「なんと人聞きの悪い……」
そう返しながらも余力を残しながらアルマ様から放たれる鋭い斬撃を捌いていく。
アルマ様はその様子にため息をつくと、攻撃を止めて再び口を開いた。
「回避が凄いのは分かった。ならレベル1でなおかつスキルの使えないお前が全力で攻撃すればどのくらいの威力が出るのだ?」
「そうですね……。これくらいでしょうか」
俺は一歩踏み込み、アルマ様の持つ剣に向かって後ろ回し蹴りを放った。
左足を軸に前へ踏み込んだ慣性を回転エネルギーへと変え、インパクトの瞬間に力を込めて思い切り振り抜いた。
ぺきょり。
「おい…………これはおかしいだろ。レベルもスキルもないのにどうして木刀が折れるんだ」
アルマ様の持つ木刀は中ほどでぽっきりとへし折れ、折れた先が地面に転がっている。
「え?これくらいであればある程度訓練を積めば誰でもできるようになりますが……」
現にスキルのない世界でも木の板を蹴り破る人間はいた。
「そんな馬鹿な……」
アルマ様が愕然としている。
どうにも俺が言ったことが信じられない様子だ。
なるほど、そういうことか。
この世界では技術が磨かれることでスキルレベルが上がり、スキルレベルが上がることで技術が磨かれる。
だからスキルレベルは武道で言うところの段数のような認識があるのだろう。
しかし現実は少し違う。
例えばアクションRPGゲームなどにおいて、いくらキャラクターが強くなろうとも操作するプレイヤーが下手ならば実力を発揮せずに終わってしまう。
もちろんスキルレベルが高いと言うことはそれだけそのスキルを使い込み、よく訓練されているということに他ならない。
しかしだからといってゲームで言うところのプレイヤースキルがスキルレベルに反映されているわけではない。
極端な話、剣のいろはが分からなくとも、剣を振り続ければスキルレベルは上がり、太刀筋は鋭くなっていく。
スキルレベルが高いということはそれができるだけの能力があるということに他ならない。しかし能力があるからといってそれを使いこなせるかどうかはまた別の話になってくる。
特に神の加護が消失した現状、スキルによる恩恵はかなり大きい。
しかし俺はスキルを使うことができない。
その代わりに……………………、ちょっと待てよ。ここに来て驚愕の事実が判明してしまった気がする
「…………困ったな。アルマ様、俺と訓練をしていても恐らく上達は望めないかと思います」
「なっ!?まさか私ではシノの相手にもならないと言いたいのか!」
アルマ様が折れた木刀を握り締めて激昂した。
実力差がありすぎて訓練にならないと思われてしまったのかもしれない。でもそれは違う。
「そうではありません。俺の戦い方があまりにも特殊なので訓練にならないのです」
「…………どういうことだ?」
アルマ様は眉をひそめた。
「スキルのない俺がアルマ様と打ち合えている理由……、それは視えているからです」
そう。それも普通の人間ではありえないほどに。
「それは私の太刀筋が見えているということか?」
「太刀筋だけではありません。全てです。アルマ様がどの筋肉を動かしてどのように力を込めているのか。いえ、それ以上にどの筋肉に力を込め始めているのかすら視えているのです」
「え…………は?……筋肉?」
「つまり次に相手がどう動くのかが分かるということです。そしてそれがフェイントなのか、それとも本命なのかも筋肉の動きから判断できてしまうのです」
「い、意味が分からないぞ。なぜ服の上から筋肉が見えるんだ?も、もしかしてお前の目には透けてみえているのか!」
慌てたようにアルマ様は自分の体を手で覆い隠した。
しかし俺はそれに首を振って答える。
「透けて見えているわけではありません。アルマ様の動きからそれが分析できてしまうだけです。簡単に言うと相手の動きがよく視え、一手先まで読めてしまう……と思っていただければ良いでしょうか」
「それじゃあまるで達人じゃないか!」
「これではとても達人とは言えないでしょう。ただ能力ですだから」
「もしそれが本当だというのであれば開いた口も塞がらないな……。しかしそれがなぜ上達しないことに結びつくのだ?」
「簡単です。確実に攻撃が当たらないものと戦っても練習にならないからです。良い攻撃、悪い攻撃、それらを全て一様に受け流してしまうのです。つまり俺を攻撃するということは案山子を攻撃しているようなものなのです。いえ、まだ手ごたえがある分案山子で訓練する方がマシでしょう。恐らく俺と訓練するほどにアルマ様の太刀筋に迷いが出てくることになるかと思います」
「そ、そうなのか。……ってそんなことを言いつつ実は私の相手をするのが面倒なだけではなかろうな?」
アルマ様が怪訝そうにこちらに目を向ける。
「…………そんなことはありません」
そう、これは決してお嬢様の奴隷なのにアルマ様の相手をしなければならないこの状況が面倒になったわけではない。効率を優先した結果であると言えるだろう。
「おい、なぜ目を逸らした」
「というわけで訓練相手にはなれませんが、皆様を指導するのには向いているかと思います」
「おい!」
こうして俺は三人の先生をすることとなった。
この世界で強くなるためには大切なことが四つある。
一つ目は武道の基本を覚えること。武器の持ち方、構え方、振り方などである。これはスキルのない世界と変わらない。
二つ目はスキルを覚え、レベルを上げること。この世界ではスキルやレベルの有無によって身体能力や大きく底上げすることができる。これがスキルのない世界との大きな違いである。
三つ目はスキルを使いこなせるか否か。慣れた者でもスキルの発動に僅かながらではあるがタイムラグが発生してしまう。これが慣れない者となるとなおさらである。しかし真に強き者はそのタイムラグがない。中には脊髄反射でスキルを発動することができる者までいる。簡単なことではないがそのレベルまで到達することができればスキルを自分の手足のように操ることができるだろう。
そして四つ目は当然実践経験である。これもスキルのない世界と変わらない。実践の経験のない者はどんなにレベルが高かろうと素人と変わらない。どんなに敵の攻略法を読んで強キャラを使ってコンボを覚えたところで、ゲームをやったことがない人間はウメ○ラに勝つことはできない。どんなに通信空手を習ったところでマイクタ○ソンに勝つことはできない。どんなにAVを見たところで人妻には勝つことはできない。見稽古なんてことができるのは自分の強さを抑えるために他人の技を覚えているなどという最強の姉だけなのだ。つまりはそういうことなのである。(※シノは動きをなぞることができても能力まではなぞることができないので見稽古は不可能とされる)
三人とも既に基本はある程度出来ている。当然悪いところがあればその都度注意するが、俺も大鎌以外の武器については教えられる内容は知れている。
だから二人が模擬戦をしている間に一人にはスキルの発動練習してもらうことにした。
スキルのレベル上げも重要であるが、上手く扱えないのでは宝の持ち腐れでしかない。
「アルマ様、スキルの発動がコンマ七秒も遅れています。それでは動きが繋がりません」
「くっ!いちいち細かい奴だな!これだから教師は!」
「お嬢様は大変筋が良いかと思われます。あえて指摘をするならば『ターンステップ』を発動するときには、発動前の姿勢に気をつけるとより良い動きができるようになるかと」
「は、はい!」
「キキ、あなたはとにかくスキルを使うようにしなさい。地の力だけに頼っていてはこの世界では強くなれませんよ」
「分かったのじゃ!」
「アルマ様、コンマ六秒」
「分かってる!」
「お嬢様は大変筋が良いかと」
「あ、ありがとうございます」
「キキ、スキル」
「分かったのじゃ!」
「アルマ様、コンマ六.五秒」
「あああああああああああ!もううるさい!」
こうしてお嬢様たちは着実に実力を身に付けていくこととなった。




