第49話 ??才 目覚め
目を覚ましたとき最初に感じたものはかび臭い匂いだった。
そして二番目に感じたものは手首と足首に伝わってくる冷たく硬い感触。
どうやら手錠と足かせを嵌められているらしい。
周りを見渡すと薄暗い石造りの壁と鉄格子。鉄格子の向こう側でぼんやりと揺らめく蝋燭の火以外に光はない。
「……牢屋?」
よく分からないが、俺は牢屋に閉じ込められているらしい。
一体なぜ?
手錠と足枷は外れそうにないし、鉄格子に触れてもビクともしない。
「誰か。誰かいないのか」
声を上げると奥から一人の男が現れた。
「ようやく目を覚ましたか」
男は俺を見てそう言った。
「これは……どういうことなんだ?」
そう言って手錠を男に向ける。
「お前はジャミル様に拾われたんだ」
「拾われた?」
「そうだ。奴隷としてな」
「奴隷……」
そうなのか。俺は奴隷になったのか。
「それで俺は何をすればいいんだ?」
「……は?」
「え?俺は奴隷なんだろう?」
「お前……嘆かないのか?」
「嘆く?なぜ?」
「いや、だって奴隷だぞ。奴隷なんてなりたくないだろ?」
「そうなのか?」
俺は奴隷に……なりたくないのか?
よく分からない。
そもそもなりたいかなりたくないかと、俺が奴隷であることは関係あるのか?
「ハハッ、変わった奴だな。お前」
「そうか?」
「そりゃそうだ。普通の奴は泣くか喚くか逃げようとする」
「そうした方がいいのか?」
「いや、そんなことされたら俺の仕事が増えるだけだししない方がいいな」
「そうか」
そして俺たちの間に沈黙訪れた。
結局何をすればいいのかよく分からなかったな。
それからいくらか時間が経過すると、男がまた口を開いた。
「なぁ、お前。名前は?」
「名前?」
「そうだよ。お前の名前」
「俺の名前は……」
なんだ?
「分からない」
「は?何言ってるんだ?頭がおかしいのか?」
「いや、本当に分からないんだ」
「もしかして記憶喪失ってやつか?」
「……分からない」
「記憶喪失かどうかも分からないのか」
「ああ」
「まぁそりゃあ道理だよな。じゃあ今からいくつか質問するぜ?」
「ああ」
「いちたすには?」
「三だ」
「どこの生まれだ?」
「分からない」
「最後に食べた食べ物は?」
「分からない」
「お前の職業は?」
「奴隷」
「いや、そっちの職業じゃなくて、神様に決められるやつ」
「分からない」
「じゃあ歳は?」
「分からない」
「女のどこが一番好きだ?」
「目」
「マニアックだな」
「そうか?」
「ああ、ちなみに俺はおっぱいだ」
「それも嫌いじゃない」
「お前いい奴だな」
「そうか?」
「ああ、正直者は馬鹿な奴かいい奴って相場が決まってるんだ」
「そうなのか」
「そうなんだよ。しかし記憶喪失か。厄介だな」
「すまない」
「ん?ああ、気にするな。騒がれるよりはよっぽどマシだ。よし、ちょっと待ってろ。ジャミル様に報告してステータスカード貰ってきてやる」
「俺のステータスを見てくれるのか?」
「ステータスカードのことは覚えてるんだな」
「ああ」
「なるほど、知識まで忘れたわけじゃないのか。それならジャミル様もそんなに怒らないだろう。まぁ待ってろ。すぐ取ってくるから」
「……ありがとう」
「…………この仕事始めてお礼なんて言われたのは初めてだな」
それだけ言って男は暗がりの中へと消えていった。
それから程なくしてさっきの男が太った男を連れてが現れた。
黙って二人を見ていると、太った男が口を開いた。
「ワシは奴隷商人のジャミル。お前を昨夜拾ったのはワシでおじゃる」
「そうなのか」
「うむ、だからワシがお前を奴隷として販売するのでおじゃる」
「分かった」
「これも運命と思って諦め…………え!?」
太った男が目を丸くして驚いた。
「ジャミル様。だから言ったじゃないですか。こいつ記憶喪失なんですよ」
「もしかして奴隷の意味がよく分かっていない……のでおじゃるか?」
「分かっている」
「ならば言ってみるでおじゃる」
「奴隷とは人として認められず、所有物として取り扱われる生物のことだ。売買の対象とされ、主に労働を強制させたり性欲や破壊衝動の捌け口として扱われる。現在では魔法によって制約を課せられるため、所有者に逆らったり、逃げ出したりすることはできない」
「せ、正解でおじゃる。よく分かっているのでおじゃる。でも奴隷になるのは嫌ではないのでおじゃるか?」
「嫌も何も俺は奴隷なんだろう?」
「いや、正確にはまだ奴隷ではないのでおじゃる。お前の奴隷契約は買い手が決まったときにする予定なのでおじゃる」
「そうなのか」
「そうでおじゃる」
「分かった」
「そうでおじゃるか。分かっ…………え!?」
太った男がまた目を丸くして驚いた。
「ジャミル様。だから言ったじゃないですか。こいつ妙に素直なんですよ。ってお前奴隷になるの納得してるのに何でジャミル様にタメ口なんだよ」
「いけないのか?」
「そりゃあ奴隷は普通敬語だろう」
「分かりました」
「いや、それ聞き分け良すぎだから」
「そうですか?」
「ぐああああああ!調子狂うなぁ。ま、まぁこういう奴なんですよ」
「そうでおじゃるか……」
「ところで先ほどから気になっているのですが」
「何でおじゃる?」
太った男がそう口を開いた。
「ジャミル様はもう少し食事に気を付けたほうがいいですよ」
「「…………は?」」
「そのまま太り続ければ早死にする可能性が高まります」
「ふ、ふとっ!?」
ジャミル様の顔が一気に赤くなった。
「お、お前馬鹿か!死にたいのか!」
隣の男が突然声を荒げた。
「いえ、俺ではなくジャミル様が死ぬ可能性が高いのです」
「き、貴様!ワシが太っているとでも言うのでおじゃるか!」
どこからどう見ても太っている。反論の余地がある部分を探す方が困難だ。
「一見食生活が充実しているように見えるのが肥満ですが」
「ひ、肥満!?」
「年齢とともに人は筋肉や骨の量が減り身体を支える力が弱くなってきます。そこへ肥満が加わると身体への負担が大きくなるだけでなく、様々な病気を引き起こす危険性が高まってきます。最近頭痛や不眠に悩まされていませんか?肩こりは?めまいは?ぼーっとしたりすることや息切れや動悸はありませんか?」
「え?む、むぅ……そういえば……」
ジャミル様は何か思い当たることがあるのか不安そうな表情をして黙り込んだ。
「味付けの濃い料理ばかりを食べていませんか?」
「あ、味が濃い方が美味しいのでおじゃる!」
「塩や砂糖が多く使われていると症状が進行してしまいます。味がしっかり付いていることと濃いことは別です。少しでも健康的な身体や思考能力を取り戻したいのであれば食事に気を使うことをお勧めします」
「そ、そうなのでおじゃるか?」
ジャミル様が隣の男に尋ねた。
「俺が知るわけないじゃないですか」
「そ、そうでおじゃるな。しかし言われてみれば父や母も太っていたがよくワシと同じようなに身体の不調を訴えていたのでおじゃる」
「と言うことはジャミル様のご両親は亡くなられたのですか?」
「そうでおじゃる。まだ50歳を過ぎたばかりだというのに病気で……」
「それは……お悔やみ申し上げます」
そう言って俺は目を伏せた。
「お前、いい奴でおじゃるな」
「ジャミル様。だから言ったじゃないですか。こいついい奴なんですよ」
「しかも頭も悪くないのでおじゃる」
「みたいですねぇ」
「もしかして算術とかも出きるのでおじゃるか?」
「できます」
「そうでおじゃるか……ふも。とりあえずステータスを確認してみるのでおじゃる」
「はいはいっと」
男はジャミル様に向かって適当に返事をすると、鉄格子越しにステータスカードを手渡してきた。
それを受け取って、じっと見つめる。
くすんだ鉄製のステータスカードだ。
「使うのでおじゃる」
「…………アナライズ」
呪文を唱えると、ステータスカードに文字が浮かび上がってきた。
名前 ???
種族 人間
性別 男
職業 無職Lv1
筋力 10
体力 10
器用 10
敏捷 10
魔力 10
精神 10
魅力 10
スキル
なし




