第48話 十二才 聖戦
どこからどう見ても向こうはやる気満々に見える。
これはどう考えてもやばい。
それでも俺は、こんなところで諦めるわけにはいかないんだ!
「魔剣ダインスレイブ!」
左手を挙げて叫ぶとまるで悪魔の心臓が脈打っているかのような生理的嫌悪感を感じるおぞましい造形の魔剣が現れる。
戦神となって得た神技の一つ『臨界武装』。
これにより全ての武具を扱うときペナルティーがなくなるだけでなく、扱う武具を本来以上の性能で扱うことができるようになる。
右手にエンドオブザワールド。
左手にダインスレイブ。
そして……。
「『我、戦いを以って災厄を成す』」
この世界では神が善神、悪神に分けられるわけではない。
神の本質に善なる側面と悪なる側面があるだけだ。
「『荒神降臨!』」
戦いの善なる側面は『競争』や『対立』。
悪なる側面は『虐殺』や『蹂躙』である。
「荒神と化すなどなんと愚かな……」
そして神は『荒神化』することにより悪神としての本質に特化することができる。
肉体が、戦闘能力が敵対存在を一方的に蹂躙するためのそれへと変質していく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
身体から黒いオーラが立ち昇り叫び声に大気が震える。
漆黒の髪が足先よりもさらに長く伸び、身体に入った漆黒の文様が紅の光を放ち、ジークの造ってくれた鎧の金属部分が漆黒の骨へと変質を遂げ、戦神の殺意が刃に宿る。
戦神が『荒神化』することによるデメリット。それは加減ができなくなること。
そして荒ぶる魂となった戦神は敵対存在を蹂躙しつくすまでその心を静めることはない。
精神が『戦い』に支配され、視界の全てが敵に染まる。
真紅に輝く隻眼が敵の僅かな挙動すら逃さない。
魔法の女神が魔法を発動し巨大な立体魔方陣が上空に展開される。
夜の女神と嵐の神と炎の神がそれぞれ武器を持ち、三方から迫り来る。
しかし俺はそれよりも速い速度を以って嵐の神に向かって宙を駆る。
翼を羽ばたかせ、嵐の神の持つ矛を魔剣でなぎ払いその首に神剣を振り下ろすがヘルムの盾によって防がれる。
しかし俺は止まらない。
敵が次の行動を起こす前に守護の神の盾に魔剣を叩きつけ、神剣で切り払い、高速で打ち据えていく。
翼で『ソニックドライブ』を発動し、『八艘飛び』で空気を蹴り、弾かれようとも力づくで押し込んでいく。
コスースの炎を魔剣で切り裂き、鎧のあばら骨部分がまるで俺の意思に応えるかのように伸びて夜の女神の槍を弾き、嵐の神の嵐を翼でなぎ払い、守護の神の盾を打ち砕かんと神剣を叩き込んでいく。
守護の神の盾から欠片が舞い、ヒビが入るが、自然の女神の治癒の力によって盾が修復されていく。
俺の攻撃力が自然の女神の治癒の力を得た守護の神の防御力と拮抗する。
しかし俺の斬速は遠心力を利用し一振りするごとにその鋭さを増し、盾に入った亀裂が少しずつ広がっていく。
しかしそこで魔法の女神の魔法が発動した。
天から巨大な隕石が堕ちてくる。見覚えのある魔法だ……ヴァルキリーヘイムで主神オーディンの使ったメテオストライクのようなものか。
さらに同時詠唱による拘束魔法が発動し、俺の身体に女の黒髪が絡み付いてくる。
「小賢しい」
精密な動きで髪の毛のみを切り飛ばすと魔法の女神の身体から血が吹き出した。
『武人の太刀』によるカウンター効果が発動したのだ。
次を振り下ろそうとしたところで拘束魔法が強制解除される。
判断が早いな。まぁいい。
頭上を見上げて武器を構える。
「俺に同じ技は二度と通用しない。神技!星砕き!!!」
遥か上空から堕ちてくる隕石に向かって左右の大剣を十字に振りぬくと、『殺刃』によって鋭さを増した剣圧が隕石を襲い掛かり、すり抜けるように消えていった。
ズズッという音がしたかと思うと、隕石が4つのピース状にズレはじめる。
それを確認した俺は隕石から視線を外し、守護の神に向かって再び剣を振り下ろした。
守護の神の本質は『守護』。
ならばこの神を殺さない限り他の神を殺すことはできないのは道理。
背後で破砕音が鳴り響く。
メテオストライクは『星砕き』によるカウンターを受け、その威力を完全に消失させていたのだ。
他愛無い。
しかし次の瞬間視界が完全なる闇に包まれた。
……なるほど。これが夜の女神の本質というわけか。
完全なる闇が場を支配し、三半規管が機能を失う。
さらに生命活動がゆるやかに停止へと向かっていく。
しかしそれは俺に何の意味も為さない。
『戦い』の本質である『闘争本能』が『闇』の本質である『終焉』に抗い始める。
そして数瞬前までの記憶を元に、周囲の音、空気のゆらめき、気配を参照して脳が敵の動きをシミュレートする。
守護の神を殺すために剣を振るう。周囲の攻撃を薙ぎ払うために翼を、鎧を振るう。
一瞬たりとも止まりはしない。見えないことなど何の障害にもならない。
ただ敵を蹂躙するためだけに、手が、足が、心が動き続ける。
「これが新たなる神の……本質……」
守護の神の盾が砕け、神剣が鎧を切り裂く。
あと一撃。
「死ね」
しかし守護の神に向かって剣を振り下ろそうとしたところで手が止まった。
いや、心が止まった。
「間に合ったようねぇ」
いつの間にか知らない男女がいた。
一人はまるで慈愛という言葉を体現したかのような女。
もう一人は存在が酷く希薄な男。
目には見えないが強い力を感じる。
恐らく愛の女神スーニーと隠匿の神イブランダルだろうか。
今の今まで存在していたことに全く気づかなかった。
隠匿の神の神としての本質が愛の女神の存在を隠していたのか。
「まさか精神に作用を及ぼす本質を持つ神二柱がかりでなければ止められないとは……」
「…………」
今現在俺の心は愛の女神の『愛』と犠牲の女神の『犠牲』の力によって止められていた。
心が停止してしまえば身体は動かない。
「戦神がこの世界の災厄となることが証明された。これより戦神の封印を開始する」
夜の女神がそう口にする。
封印?
なぜ殺さない?なぜわざわざ…………そうか。転生すら許さないというわけか。
ここまで……、なのか。
そう諦めかけた瞬間懐かしい声が耳を掠めた。
「……つもりなの?」
え……。
「……諦めるつもりなの?」
これは……。
「あなたまさか諦めるつもりなの?」
この声は……。
「私言ったわよね?立ち止まることは許さないって」
まさか!?
「大丈夫。あなたの後ろにはいつも私たちがついてるわ」
姫!
声のする方へと振り向くと、ジークに作ってもらった姫のフィギュアが光り輝いていた。
その光が夜の女神の闇を払い、温もりが俺の身体を包む。
「戦いなさい!忍ッ!!!」
はい!
その言葉を残して姫のフィギュアは砕け散ってしまった。
な、なんてことを!
ジークの懇親の作が……ボンテージ着せ替え可能な一品物が……。
あ……あぁ…………。
お ま え らぁ
この罪ッ!万死に値するぞッ!!!
身体からかつてないほどの殺意が溢れだす。
「そんな!心の呪縛が!」
神々にどよめきが走る。
俺の心が再び動き始める。
守護の神は未だ負傷から復帰していない。
ならッ!
「万物を縛れ!神技!鬼蜘蛛!」
ソニックドライブを発動して左手の魔剣をシャールに向かって全力で投げ放つ。
音速を遥かに超えた投擲に夜の女神は反応しきれず、その胸に魔剣が突き刺さった。さらに魔剣から展開した四本の殺意の刃が夜の女神の手足を貫き、その場に縛り付ける。
今なら守護の力が及ばない。
俺は神々が反応する前に足と翼で『ソニックドライブ』を多重起動して空間を駆り、愛の女神の首を斬り飛ばし、その返し刀で神剣を今度は犠牲の女神に向かって投げ放った。
神剣は回転しながら犠牲の女神に向かって飛んでいき、その裸体を茨ごと真っ二つに切り裂く。
そうなってようやく動き始めた炎の神、嵐の神、魔法の女神より放たれる魔法を縫うように避け、俺は夜の女神との距離を一瞬で詰めてその胸に突き刺さった魔剣を引き抜いた。
「終わりだ」
一閃、二閃、三閃、四閃、五閃。
一振りするごとに『戦』が『闇』を蹂躙する。
そして瞬きする間に女神の本質を喰らい尽くした。
この世界では殺した相手の存在を吸収することができる。
それがレベルアップの仕組みだ。
三柱の女神たちから俺へと存在力が流れ込んでくるのを感じる。
レベルが飛躍的に上昇していく。
これで俺を阻む者はいない。
神剣を右手に呼び戻し、ゆっくりと振り返って残りの敵に向かって足を踏み出した。
しかし一歩踏み出したところで再び身体が硬直する。
な、なんだ?
戸惑っている俺の頭の中で声が響いた。
「計画通り幼き神を内側から抑え込む。我らの本質が幼き神の肉体に馴染む前に我ら女神とともに幼き神を封印するのだ」
この声は……夜の女神!
存在を失ってもまだ意識があるっていうのか!
「我、愛の女神、犠牲の女神は精神を。魔法の女神、自然の女神、隠匿の神は戦神の肉体と少女の肉体を、我らが『本質』を以って未来永劫に封印するものとする」
「あ……ぐっ…………」
精神への負荷が次第に強まってくる。
三柱の神々が俺を取り囲むように円形に並び、両手を突き出す。
不味い。このままでは……。
「「「「「「『封神』」」」」」」
「ぐああああああああああああ!!」
魂が引き千切られているかのような痛みが全身に走る。
そして足元から少しずつ石化が始まった。
三柱の神々を見ると、俺と同様に石化が進行している。
くそっ……なんでそこまで……。
俺はただ姫の元へ帰りたいだけなのに……
許さない……絶対に許さない…………。
お前ら……いつまでもこのままだと思うなよ……こんな封印、僅かな綻びでもあれば……すぐに打ち砕いて……。
駄目だ……心が……止ま……。
ごめ……ひめ…………みん……な…………。
感想やご意見ありがとうございます。皆様の意見をもとに、面白い話が書けるよう頑張っていきたいと思います。




