第47話 十二才 一変
その日の夜、家に帰ると扉の影から黒い影が凄まじい速度で飛び出してきた。
視界に入った瞬間対象を認識する。
ボクの最愛の妹『シャルロット姫』だ。
そのシャルロットの小さな手から繰り出される短刀を避け、その柔らかな右手をそっとつかむと、その掴んだ手に向かってシャルが左手に持つ短刀を振り下ろす。
ふっ、甘いな。
この時点で既に勝敗は決していた。
シャルの持つ短刀がボクの手へと振り下ろされるより早く、既に準備していたボクの指がシャルの身体へと容赦なく突き入れられた。
「ひゃっ!」
その反動でシャルが短刀を手からこぼす。
そこへボクはシャルに向かってさらなる追い討ちをかけていった。
こちょ…………こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!
シャルがボクの手の動きに翻弄され、可愛く笑いながら悶え苦しむ。
「ひ、ひぃ…………も、もうダメ!許してくださいリアねえさま!」
そう、シャルは脇腹が物凄く弱いのだ!
よし、このくらいでいいだろう。
「ただいま、シャル」
ボクはくすぐるのをやめてシャルの両わきに手を入れて高く持ち上げた。
「おかえりなさい!リアねえさま!リー姉さま!」
シャルが満面の笑みで返してくれた。
さてと、それじゃあ転職するかな
「リーゼ、セフィ。これからシノブになって自分を転職させるからちょっと離れてね」
「畏まりました」
「これで条件を満たしてる職業が一つもなかったら傑作ですね。ぷぷっ」
「…………」
ボクはリーゼの戯言を黙殺してシノブの姿をイメージする。
「神我顕現《へん・しんっ!》とう!」
ポーズを決め飛び上がると、身体が深い闇に包まれシノブの姿が構築されていく。
漆黒の長い髪。クリスの作ってくれた純白の大剣。ジークの作ってくれた漆黒の鎧。そしてなぜか霊化した漆黒の翼が姿を現し、空中でホバリングする。
「その御姿も素敵です。ヴァレリア様」
「それはそうですよ。今のお姉さまの姿はとある男の卑猥な妄想が具現化した姿ですから」
「悪かったな!どうせ俺は目つきのきつい巨乳が好きだよ!」
「それならば私に手を出していただいても……」
「いやいや。いくら外見が好みだからって無節操に手を出すほどビッチじゃないから俺は!」
「ですがいつまでも幻想に縋るヴァレリア様を見るのは、心が痛み……」
「幻想じゃないから!」
「も……」
「妄想でもない!ほら!これ!これ見てよ!」
そう言ってボクは懐から例の物を取り出した。
「……人間の人形……ですか?」
「そう!これこそが生きたダイヤによって作られた『最愛の姫』のフィギュアだ!」
「……普通の人間ですね」
「全然普通じゃないから!ほら!これ見てよ!この凛々しくも正義感を宿した瞳!ぷるぷるの唇!愛くるしいうなじ!パーフェクツなおっぱい!激しくそそる太もも!もうこれを見てるだけで理性が吹っ飛びそうだよ!」
ああ、やばい。マジ可愛い。マジ天使。マジ女神。マジエロス。
「それで吹っ飛んでないと言い張りますかお姉さま」
リーゼが驚愕の表情を浮かべているがどうでもいい。
「それよりも転職するのではありませんでしたか?」
「いや、なんかもう姫のフィギュア見てたら転職とかどうても良くなってきた」
もう今日は一日これ見ていようかな。やばっ、今日は眠れない気がする。
姫「今夜は寝かさないわよ」なんてな!なんてな!
「成長しないと世界間移動の魔法を覚えられませんが、それでいいのであればお姉さまの好きにすればいいと思いますよ」
「さて転職しようか。ヴァレリアに戦神の加護を与える!」
「さすがお姉さま。神速の変わり身の早さ」
うるさいよ。
さて、ヴァレリアが転職できるのは……っと。
ふむ、これか。
ぽち。
職業を選択すると身体から光が立ち昇った。
これで完了、と。
「さて、それじゃあ……」
そう言いかけた瞬間俺は異変を察知した。
ピシッという音とともに空間に大きな亀裂が入る。
「ん?なんだ?」
「どうしました。お姉様?」
リーゼはこの亀裂に気づいていないというのか?
空間の向こうから強大な力を感じる。
何かが……来る!?
ガラスが砕け散るような音が鳴り響くと世界が闇に包まれた。
その瞬間俺以外の全てが消失する。
リーゼも。セフィも。俺たちが住んでいる屋敷も。
空間が転移……いや、これは世界の位相がずらされたんだ!
一体何がどうなってる!
「初めまして。と言うべきか」
艶のある低い声が耳を掠める。
女の声だ。
「誰だ!」
振り返るとそこには一人の人が静かに佇んでいた。
漆黒のヴェールによって顔のみならず全身が隠され、その姿を確認することはできない。
分かるのはその強大な力だけ。
喉がひりつくのを感じる。
「幼き神シノブよ。そなたの誕生によりこの世界は変質を遂げようとしている」
「まさか……」
こいつは……。
「それは永い刻をかけ安定をもたらしてきた我らの望まぬものあり……」
「神か……」
女の右手に闇が収束する。
「この世に混沌を呼ぶものである」
闇が形を成し一本の槍となる。
「よって我らはそなたが再び神の姿をとったこの瞬間」
女は槍を天高く振り上げ……。
「抹消するものとする」
なぎ払った。
漆黒の槍から闇を纏った衝撃波が迸る。
「エンドオブザワールド!」
純白の大剣でその衝撃波を切り裂くが腕に凄まじい抵抗を受ける。
これが神の力……まるでオーディンのグングニルを受け止めているかのようだ。
「異世界の神剣、であるか」
神剣……なのか?
確かにエンドオブザワールドには死の女神の素材が使われているが……。
いや、そんなことよりも何で神と戦わなきゃいけないんだ。
「やめてくれ!俺たちはただ元の世界に帰りたいだけなんだ!」
「仮にその言が真であるとして、我らはそなたの感情に世界の命運を委ねることはできぬ。そなたの力は脅威である。このまま成長を続ければこの世にそなたを止められる者はいなくなるであろう。もしそなたの愛する者たちが辱めら、壊されたとしても、そなたはその事象に捕らわれず、元の世界に帰ることができるのか?」
「それは……」
できる……とは言えない……。
もしそんなことになれば俺はその相手を一生許すことはできないだろう。
「そなたは神となった。神の力とは世界を変質させるものであり、そなたの本質は『戦い』である。そなたが力を得、それが振われるたびに、世界は『戦い』へと傾いていく。それは我らの望むところではない」
「ならどうすれば……」
「案ずることはない。我が本質は『闇』。そなたに約束しよう。安らかなる終焉を……」
「闇!?ということはやはりお前は…………夜の女神シャール!」
目の前にいる女はダークエルフの信仰する神にして、俺に加護と言う名の呪いを与えた女神だったというわけか!
「滅せよ」
再びシャールによって漆黒の槍を振るわれる。
「くっ!『ソニックドライブ!』」
音速で宙を駆け、シャールの槍から放たれる衝撃波から何とか逃れる。
さらに背後からの気配を察知し、身体を捻ると、すぐ横を炎の渦が通り過ぎていった。
振り返ると、炎が人型を形作っている。
その炎はただの炎ではなかった。
先を見通せないほどの密度。今にもその身体から溢れ出し、全てを焼き尽くすかのような気配さえ感じる。
まさかこいつは……炎を司る神『コスース』!?
しかし俺の周りに存在していたのはその二柱だけではなかった。
北欧神話の神々のように白い布と風をその身に纏い嵐を司る神『タロス』。
まるで物語に出てくる魔女のような姿をした魔法を司る女神『ミストラ』。
ユニコーンの姿をした自然を司る女神『シルヴァナス』。
全身分厚い重装備に覆われ、顔すら見ることのできない守護を司る神『ヘルム』。
そして全身茨で覆われ、その美しい裸体から血を流し続ける犠牲を司る女神『ロヴィアータ』。
今まで教科書の中でしか存在しなかったこの世界の神々のうち、七柱もが俺の周りを取り囲んでいた。
神様の名前や設定などはとあるゲームを参考にさせていただいております。
不快に思った方がいましたら申し訳ございません。




