第44話 十二才 激闘ゴブリン
バリスタはリーゼが回復魔法を掛けることで何とか一命を取り留めた。
それからボクたちは街を出てさっそく第四交易街道へと入った。
交易街道は他の街や国とを繋ぐ街道のことで、基本的に街道自体は整備されているが、その周辺は自然のまま放逐されている。
そのため道を外れたらもちろんのこと、街道に魔物が出ることも決して珍しいことではなかった。
だからこそ旅には護衛が必要であり、冒険者は仕事に困ることはない。
そして討伐クエストの多くは、国や街、または商人ギルドが依頼主となる。
ボクたちが受けたクエストもそのほとんどが商人ギルドによるものだ。
そしてVRゲームと違う点は、魔物にも生活サイクルがあり、突然何もないところからポップするということがないということと、同じ種族でも個体差が激しいことだ。
ゲームの世界では完全に成長しきった魔物しか出てこないが、この世界では魔物の幼態すら存在する。
「さて、とりあえず気配察知は発動させてるけど、広すぎて意味ないなぁ……」
現在気配察知の有効範囲は三十メートルほど。街道の周囲が草原となっているため、視認できる距離の方が遥かに遠い。
いくら魔物とはいえ、護衛が頻繁に通る街道へと無警戒に現れるわけではない。
「とりあえず街道沿いに少し道の外れを歩いていきましょう」
というベルタの言に従い、道なき道を歩いていると、初モンスターとエンカウントした。
そう。ファンタジー世界定番中の定番。ゴブリンである。
ゴブリンAが現れた。
ゴブリンBが現れた。
ゴブリンCが現れた。
ゴブリンDが現れた。
ゴブリンEが現れた。
ゴブリンFが現れた。
ゴブリンGが現れた。
ゴブリンHが現れた。
ゴブリンIが現れた。
ゴブリンJが現れた。
ゴブリンKが現れた。
ゴブリンLが現れた。
ゴブリンMが現れた。
ゴブリンNが現れた。
ゴブリンOが現れた。
ゴブリンPが現れた。
以下略。
「なぁ、これって」
リーゼに問いかける。
「ゴブリンの集落みたいですね」
そう。目の前に広がっているのはまさにゴブリンたちの集落であった。
「だよな……さすがベルタ。根こそぎ皆殺しにするとかその発想はなかった」
ぱっと見た感じ百匹以上はいるんじゃないか?
「何を馬鹿なことを言っているんですか!いくら何でも無謀です!早く逃げないと!」
ベルタが慌てている。
「しかし逃げるって言っても……」
ボクはもう一人の仲間に目を向けた。
「おらぁ!死ねやっ!」
既にゴブリンを一匹殴り殺している。
ボクたちの前に躍り出てきたゴブリンを蹴り飛ばし、止めを刺したところだ。
前衛としてボクたちを守ろうとしたその行動は正しいが、止めを刺しにいった時点でもう撤退は不可能だ。それほどまでに敵の集団と接近してしまっている。
ここまで接近を許した状態で敵に背を向けるのは逆に危険だ。
これは覚悟を決めるしかない。
「リーゼ。やるぞ」
「はい、お姉様」
「無茶です!ここはバリスタを止めて逃げましょう!」
そう言ってボクたちを説得しようとするベルタの懐にすっと潜り込むと、ボクは両手でベルタの頬を包み込んだ。
「ベルモーテ!きみにきめた!」
そう言ってボクは背後へとターンステップを使い全力で回避した。
ごうっという音を立てて目の前をハルバードが通り過ぎる。
「また雄猫のくビをえグりそこねたわ。今度こそその柔らかいくビからせボねを引き抜いてやろうと思ったのに」
こわっ!?
目が真っ赤に染まっている。
どうやらベルガッタのもう一つの人格、『ベルモーテ』が発現したらしい。
男に触れることが引き金となり、まるで狂気のステータス異常に陥ったかのようなもう一つの人格が顔を出す。
いや、男に対する殺意しかないあれを『人格』と呼んでもいいものだろうか。
そしてそれは肉体的に女であるボクに触れられても発現するようになっていた。
「って、敵はこっちじゃなくて向こう!ほら!雄のゴブリンたちがいっぱいいるだろ!」
「……不愉快ダわ。なんデこんなに雄がいるの?なんデ生きているの?全員、一匹ズつ、余すことなく、残酷に殺さないと」
首を傾げて不快そうにそう言うと、戦っているバリスタの方へとふらふら歩いていった。
「バリスタ!ベルモーテがそっち行ったぞ!」
「ああ!?おい!やめろ!糞が!この状況で俺を巻き込むんじゃねぇ!」
ベルモーテによってバリスタごとゴブリンを殺そうと凄まじい力でハルバードが振るわれる。
それを何とか避けながらもバリスタはゴブリンを倒していく。
「あははははははっ!ほら!撒き散らしなさい!ゾうもつを!血肉を!骨を!ああ、汚い!本当に汚いわ!あはははははっ!」
ハルバードに薙ぎ払われ、言葉どおりゴブリンの血肉がはじけ飛ぶ。
一体暴走状態のベルモーテはどんなステータスをしているんだ……。
って二人だけに任せてる場合じゃないな。
「リーゼ!ボクたちも行くぞ!」
「はい!お姉様!」
「『サモン、レイヴン!サモン、ゾンビ!』」
両手を広げて召喚魔法を使うと漆黒のカラスとゾンビが目の前に現れた。
レイブンの戦闘能力的には地球の鷲と同レベルである。
どちらも最低レベルのサモンモンスターだ。
ボクは手刀でゾンビの胸を貫き、心臓を鷲掴みにしてスキルを発動した。
「『代償魔法、マリオネットハート!』」
『マリオネットハート』とは対象を自分の思う通りに操る魔法である。
本来であれば成功条件が厳しくほとんど掛かることのないこの魔法も、主人の使う魔法に抵抗できないサモンモンスターに対しては確実に掛けることができる。
とは言え、召喚されたモンスターは基本的にサマナーの言うことを聞くのでこの魔法の使用者はほとんどいない。
ならばこの魔法に何の意味があるのか。
「お姉様!」
リーゼが懐から取り出し、上空へと放り投げた短刀を嘴でがっちり掴む。
そう、この魔法は対象を自分のアバターとして操作するというまさにVRゲームを具現化したような魔法なのだ。
右手を動かすような感覚で右の翼が動く。
左手を動かすような感覚で左の翼が動く。
視界は遥か上空。
そしてボクの本体は地上で無防備に。
ヴァレリア!行きます!
上空から地上を見下ろすと、敵の流れが良く見える。
ベルモーテとバリスタに群がるゴブリンの群。そしてその後ろにはゴブリンたちをけしかけるゴブリンシャーマンたち。そしてそのゴブリンシャーマンが取り囲むようにして守っているのが、ゴブリンリーダーだろう。
ゴブリンにしては大柄な体躯。そして手には太い棍棒。
ヴァルキリーヘイムで言うところのレイドボスといった雰囲気だ。
だとしたらその生命力は並のゴブリンなどとは比べ物にならないだろう。
恐らく、数十人でかからなければ倒しきることはできまい。
よし!
ボクはレイブンの身体をゴブリンリーダーに向かって滑空させた。
狙いは左目。
ゴブリンリーダーがこちらに気付き、手に持つ棍棒を反射的に振るってくる。
まともに進めば直撃コース。
ゴブリンリーダーが振り下ろすべく力を込めた瞬間にこちらも翼を翻す。
ターゲット変更!右目!
ゴブリンリーダーは攻撃をからぶってもなお身体を逸らして避けようとする。
まさに脊髄反射。
しかしその動きに対応するかのように翼の角度を変えていき、遂に…………ゴブリンリーダーの右目に短刀を突き刺した。
「『キャンセル!』」
すぐさま『マリオネットハート』を解くと、視界が地上に戻った。
『ダッシュ』を発動してゴブリンリーダーのいた方角に向かって駆け出すと、風の抵抗を受けた黒いワンピースのスカートが大きくはためいた。
「リーゼ!ここは任せた!ボクは頭を狙う!」
「分かりました。『パワーブースト!』『スピードブースト!』」
リーゼによって筋力増加と敏捷増加の補助魔法が掛けられる。
「サンキュー!」
「お礼はお姉様のその濡れそぼった唇で構いませんので」
「無理!姫が泣くから!」
「はいはい妄想乙」
な!?なんて失礼な奴なんだ!
妄想じゃないよ!妄想じゃない!…………よね?
ボクはそんなモヤモヤを胸に、ゴブリンたちの隙間を掻い潜りゴブリンリーダーに迫った。
「『サモン!デスサイズ!』」
召喚魔法によって右手にサイズが現れる。
走りながらもターンステップを発動して身体を回転させる。
回転速度が増すごとに少しずつ力を抜き、速度のギアを上げていく。
一速から二速。そしてやがて六速へとシフトする車の如く。
それを僅か二回転という動作の中で行う。
そしてその間に『殺刃』を発動するとデスサイズに死が付与される。
「我流断罪奥義、処刑台に咲き誇れ!」
サイズを大きく振るうと辺り一面に血の花が咲いた。
『殺刃』による効果を現象として捉えるならば、攻撃力の上昇と攻撃範囲の拡大。
もしこれがゲームであれば、死属性の攻撃力と表記されることだろう。
そして死を纏っている分だけ武器のリーチも長くなる。
ゆえにゴブリンリーダーを取り巻くゴブリンシャーマンたちはその首を落とし、首下から噴水のように血を噴き出すこととなった。
その刃はもちろんゴブリンリーダーにも平等に襲い掛かっていた。
しかし絶命には至っていない。
胸元を大きく切り裂かれ、血を流しているが致命傷を負っているようには見えない。
そしてその横には恐らくゴブリンリーダーによって叩き潰されたレイブンの亡骸があった。
それが可哀想だとは思わない。
なぜなら召喚魔法には二種類あるからだ。
一つは実際に存在する生物を召喚する魔法。
デスサイズを召喚する魔法やボクとリーゼがこの世界に召喚された魔法もこれに当る。
もう一つは概念としてあるものを召喚する魔法。
ゾンビという概念。レイブンという概念。
これは例えばゾンビを召喚したからといって、この世界のどこかに存在しているゾンビがその場に現れるわけではない。
だから召喚された生物には自我がなく、召喚主の言う事に素直に従うのだ。
そして召喚された生物は召喚解除魔法『アンサモン』を使用するか、一定時間が経過すると消滅する。
「ゴアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ゴブリンリーダーが雄たけびを上げて棍棒を振り上げた。
それに合わせて大きくサイズを後ろへ振りかぶる。
ゴブリンリーダーの血走った左目と視線が交錯した。
次の瞬間凄まじい力によって振り下ろされた。
しかしそれは先ほど見せてもらった。
力任せの単純な一撃。ゆえに重く、ゆえに分かりやすい。
右へ一歩横に踏み出すだけでその単純な攻撃は空を切り、地面を揺らす。
そして死角からその無防備な首下へと殺意を込めた一撃を振り下ろした。
「我流断罪奥義、首狩一文」
巨大とはいえゴブリン。硬い皮膚や筋肉で覆われているとはいえ首下。
サイズが首へと食い込む瞬間に力の限り握り込む。
少しでもこの一撃を重くするために。
そしてゴブリンリーダーの首はあっけなく断ち切られた。
「この世界はゲームじゃないんだよ」
そう。生死を決めるのはHPじゃない。
もしこれがゲームであったなら、この攻撃はクリティカルになりこそすれ、ボスを一撃で死に至らしめることはなかっただろう。
しかしこれは現実だ。
首がなくなれば死ぬ。血が流れすぎても死ぬ。病気で死ぬことすらある。
しかしその逆も言える。どんなに攻撃力の高い攻撃でも指先にかすっただけでは死なない。
ステータス以上にプレイヤースキルのウェイトが大きい。
「ふふっ、楽しいな。この世界は最高に完成されたゲームみたいだ」
思わず笑みが零れた。
ゆっくり振り返るとボクの周りを取り囲んでいたゴブリンたちが一斉に後ずさる。
向こうでは三人がゴブリン相手に奮闘を続けているようだ。
よし!ここはいっちょみんなでレベル上げに勤しむか!
「お前らだけで楽しむな!ボクも混ぜろー!」
ボクは大きく声を張り上げてみんなの下へと駆け出した。




