Side恋する男の子 けっとうじょう 4
開始の合図と同時にチェーンが力強く引っ張られて体勢を崩してしまう。
ありえない!
まるで馬車にでも引っ張られるようなこちらの抵抗をものともしない強い手ごたえを感じた。
そして俺が倒れたの確認した彼女が地面を蹴って駆け出した。
髪を靡かながら飛ぶように駆ける彼女を見てスピードダウンが掛かっているなんて誰が信じるだろうか。
彼女の基礎ステータスが低いことは周知の事実であり、このスピードがスキルによるものだということは容易に想像が付く。
スキルレベルを上げれば単純にその性能は上がっていく。
しかしそれを使いこなせるかどうかはまた別の技術が必要となる。
彼女はまさにスキルの申し子。まるでスキルを自分の手足のように扱うことができるようだ。
その技術はあまりにも美しく、ただ走るだけで多くの人を魅了する。
「ハーフムーンスラッシュ!!!」
そして彼女には『ボクの考えた最高に格好良い技の名前』をスキルの発動に関係なく叫ぶ癖があった。
しかしそんなところも可愛いと言ってる人は少なくない。
俺を含めて。
「『アイスシールド!』」
しかし今はそれどころじゃない。
俺はアイスシールドを展開して彼女の鋭い斬撃を何とか防ごうとする。
が、俺の作り出した氷の盾は彼女の大鎌によってそれは容易く切り裂かれてしまう。
何とも鮮やか……などと見惚れている場合じゃない!
ここまでは予想通り。
「『結合!』」
魔法によって割れたアイスシールド再び結合し、大鎌の刃を氷の中へと取り込んだ。
これで斬撃による攻撃は不可能となっただろう。
しかし彼女の攻撃はそこで止まらなかった。
勢いを殺さず氷の塊をそのままに俺を殴りつけてくる。
回避が間に合わずにそれが直撃。
俺は衝撃で大きく吹き飛んだ。
身体が酷く痛む。
何とか起き上がると突然首を締められた。
チェーンだ!彼女がチェーンを操って俺の首に巻きつけたんだ!
チェーンにはこんな使い方もあったのか!
「ふふっ、さぁこのまま散歩にでも行くか?」
彼女が嬉しそうに笑っている。
そんな姿も様になるが、こちらとてこんなところで終るわけにはいかない。
「ま、まだ勝負は終ってない!ら、『ライトニングボルト!』」
チェーンに向かって雷を放つが、彼女はチェーンを地面に落すことで電気を逃がし、攻撃を回避してしまう。
しかし、チェーンは緩んだ。
俺はすぐさまチェーンを首から外すと、その隙に彼女が魔法を発動した。
「『サモン・ゾンビ』」
地面に魔法陣が浮かび上がり、そこからゾンビが現れる。
ゾンビといえばモンスターの中でも低級も低級。ファイアーボルト一発で死んでしまうくらいに弱い。
そんなゾンビを呼んで一体何の意味が……。
そもそも彼女が第三者に戦闘を任せるなど考えられない行為だ。
俺が戸惑っていると彼女は呼び出したゾンビをすぐさま殺した。手刀で。
眼を凝らしてその手を見るとゾワリと悪寒が走った。
アレは見てはいけない!アレに関わってはいけない!
本能が告げてくる。アレは『死』そのものだと。
「『ゾンビを生贄に捧げる!代償魔法クリエイトウェポン・ブラッドサイズ!』」
彼女の行使する代償魔法によってゾンビから流れ出たどす黒い血が彼女の手の中で武器を形取る。
クリエイトウェポン。名前だけは聞いたことがある。
なんて禍々しく、そしてそれを手にした彼女はなんて美しいんだろう。
まるで有名な画家が描いた一枚の絵のようだ。
こんなに美しい死神になら殺されてもいいかもしれない。
そんな馬鹿な考えを振り切るかのように頭を振り、俺は覚えている中でも最も高位の魔法『ファイアーボール』を彼女に向かって放った。
「『延髄ニールキーーーーック!!!』」
しかしそれすらも彼女の理不尽な空中回し蹴りにより防がれてしまう。
呪いによってほとんど視力が失われているはずなのに、完璧な距離感で放たれた蹴りにギャラリーが息を飲む。
そこから流れるような放物線を描く血の大鎌がチェーンを絡め取り、引っ張られた反動で俺は地面に引き倒された。そして再び振りぬかれた大鎌が後数ミリで自分の首に触れようかというところで地面に刺さってその動きを止めた。
見上げるとそこには彼女が勝気な笑顔があった。
「まだ続ける?」
「ま、参りました」
まさに完敗である。
そして彼女のメイドによって彼女の勝利が告げられた。
「いい勝負だったよ。うん、満足だ」
「え……でも俺、手も足も出なかったし……」
「実はそうでもないんだなぁ」
誰がどう見ても彼女の対戦相手として相応しくない自分の実力。
しかし彼女はがっかりした様子も見せず、本当に満足そうな様子で喜んでくれている。
そんな何に対しても全力投球な彼女だからこそ、俺は好きになったんだ。
「次も楽しみにしてるよ」
そう言って差し伸ばされた手を取って俺は立ち上がった。
次。そうか。次か。
これで終わりじゃない。
彼女はまだ俺に期待してくれている。
そう考えただけで力が湧いてきた。
顔を上げると決闘を想像したのか舌舐めずりをする彼女がいた。
その姿からは12歳とは思えない色香がかもし出されている。
あるときは子供のように無邪気に笑い、あるときは大人の女性のような雰囲気を持つ。
そんな彼女にメロメロになるのは男の性だろう。
「あ、悪い。手が血みどろだった」
彼女は慌てたように俺の手を放す。
彼女とて女性だ。男の俺がその手に嫌悪感を抱けば傷つけてしまうかもしれない。
だから俺は言った。
「ぜんっぜん気にしません!むしろもう二度と手を洗わなくていいくらいです!」
「そ、そうか……」
あ、あれ?俺何か間違ったか?
彼女はその美しい顔を引きつかせて、心なしか俺から距離を取っているように思える。
もしかして何か勘違いさせてしまった?
彼女が勘違いしている場面はよく見るからその可能性は十分ある。
弁解しようと身を乗り出そうとしたところで何者かによって身体が後ろに引かれ、てガッシリと両腕を抱えられた。
振り向くまでもない。『ラヴ・ヴァレリ……』ゴホゴホッ。いや、クラスメイトたちである。
ギャラリーの居た方に目を向けると影の支配者が俺を捕まえている二人にサインを出しているのが見えた。
人差し指と中指が真っ直ぐに立てられ、首元で一線。
終わった。
俺はこの後行われるであろう制裁を想像して頭を垂れた。
俺が彼女と決闘をした噂はすぐに学院中へと駆け巡った。
その噂と言うものが酷いもので、『彼女に勝てば付き合ってもらえる』なんてのは生ぬるく、口さがない者たちは『彼女に勝てばやらせてもらえる』などという言葉を信じて彼女への挑戦者は後を絶つことがなかった。
俺にはよく分からないが、ダークエルフの閨での手管というのは凄く魅力的なものらしい。
それに加えてあの美貌。そんな噂が広がってしまえば、馬鹿な男どもが彼女へと群がっていくのは目に見えていた。実際は女どもも群がっていたが。
彼女の魅力はそんなものじゃないっていうのに。
でもそのことを知っているのは俺たちクラスメイトと一部の者たちだけ。
もちろん挑戦者はそんな下世話な人たちだけでなく、俺のように純粋に彼女に好意を持った人や、自分の腕を試してみたい人、そして彼女の同類もいた。
今日も彼女は上級生や先生も含めた強者を相手に連勝記録を塗り替えていく。
誰に対しても俺のときと全く同じハンディキャップを背負って。
そんな彼女はやがて『身体を餌にする決闘好きの尻軽女』というイメージを覆し、純粋に戦いを求めて闘い続ける乙女(妹曰く童貞?)という意味を込めて『決闘嬢』と呼ばれるようになる。
そしてそれがシルフィードの伝説となって後世まで語り継がれることとなるのはある意味必然であったと言える。
今回の話はただ『決闘嬢』というダジャレのような二つ名を思いついたので居ても立ってもいられなくなって書いてしまいました。
決闘場>けっとうじょう>決闘嬢というわけです。
主人公が、『まさかお前は……シルフィードの決闘嬢……』とか言われたりするところを想像すると……。
個人的な趣味全開で脱線してしまい申し訳ありません。次回からは再びパーティーの話に戻ると思います。




