第36話 十二才 命懸けのパーティー名
……ではなく美オークだった!
緑の肌だが豚鼻ではなく、顔立ちは人間のそれに近い。しかし肉食獣と呼ぶに相応しい野性味溢れる顔とそれにマッチした茶色のドレッドヘアー、そして立派に引き締まった体躯に無駄なく引き締まったボディ、さらには強靭に引き締まった肉体とがっちりと引き締まった肢体その全ての筋肉たちが混ざり合い、鮮やかなコントラストを織り成していない。筋肉一色である。
だが以前に見た男オークの膨れ上がった筋肉とは違い、引き締まったしなやかな筋肉である。これがオークという種族における性差というものだろうか。
DQNであるバリスタも大概引き締まった身体をしているが、やはりオークのそれは人間のレベルを遥かに超越しているらしい。
まさに鋼と形容するに相応しい筋肉美だ。
その重厚な存在感はまさに百獣の王。百獣の女王を形容するに相応しい。
はっきり言って今までの言動とのギャップが激しすぎてびびる。
思わず『今まで嘗めた口を聞いてすいませんっした!!』と財布を差し出してしまいそうだ。
この姿を見ればポールアームを片手で軽々と振り回していたというのも頷けるというもの。
これでボクたちと同世代だというのだからなんて理不尽な種族だろうか。
しかし、胸は小さくはないが……。
ふっ、勝ったな。ダークエロフばんざーい!
って勝ってどうするボク!!!
「あ、あの、私実はオークで……」
ベルタが手で自分の身体を隠すようにして言う。
その仕草のなんとも似合わないこと。
オークなのは見れば分かる。一目瞭然だ。
しかし分からないな。
「結局ローブで何を隠してたんだ?特に隠すようなものは見当たらないんだけど」
火傷とか目立った傷とかがあるわけでもないし、見せられないような顔をしているわけでもない。むしろその顔は自信を持って見せびらかしていいレベルと思う。
「だからオークってことを……」
種族を隠してたってことか?どういうことだ?
バレるとやばいのか?
家訓とかそういうのだったりするのか?
「ヴァレリア様。愚かな者たちほど愚かな価値観を持っているものですから」
「どういうことだ?」
学園には実に人間、エルフ、獣人、ドワーフ、フェアリー、ドラゴンハーフなど様々な種族がいる。
だが今まで自分たち以外にダークエルフとオークはほとんど見たことがない。
セフィリアが言うには比較的人口比の多い人間やエルフはボクたちを蔑み、妖精族などの戦闘能力の低い種族はボクたちを怖れている傾向があるらしい。
しかしここでバリスタが反論した。
「は?俺がそんな糞みたいな眼でお前らのこと見てるわけないだろうが」
そういえばバリスタはどう見ても人間だったな。
お前、実はいい奴だったのか。ボクは見た目でお前のことをDQNだって判断してたっていうのに……。いや、ほんとマジでごめんな。
「ま、まぁそういうわけだから種族なんて気にするな」
「ですね」
「皆さん……、本当にありがとうございます」
ベルタが目元に涙を浮かべながら深くお辞儀をした。
そしてその謙虚な姿はとても似合っていなかった。
「さてと。成り行きでパーティー組んだものの、まだ時間もあるしお互いにきちんと自己紹介しようか」
自己紹介はボクから始まった。
今のボクの専門は召喚魔法と変身魔法だ。
もちろんこの二つを専攻したのには理由がある
召喚魔法はもちろん勇者召喚魔法の構成を分析し、異世界転移へと応用するためで、変身魔法は男の姿に戻るためだ。
とはいえ、今変身魔法で出来ることと言えば猫に変身するくらいだが。にゃーお。
次にリーゼロッテ。
専門は氷結魔法、暗黒魔法、精霊魔法、拘束魔法、幻惑魔法、精神魔法、付与魔法、その他諸々。こいつには特に目的がないので色々と手を出しているうちに裾野が広がっていったらしい。
気が向いた時に気が向いたものを覚える。それがリーゼロッテだ。
そしてベルタ。
彼女は両手武器であるポールアームを片手で操る常識外れのタンカーであった。先ほどの戦闘では使わなかったが、大盾を持つのが本来の戦闘スタイルらしい。
一度盾を持って構えてもらったが、威圧感がハンパなかった。
彼女のことは人間ダンプと呼んでもいい。オークだが。
最後にバリスタ。
見た目どおりの近接格闘アタッカー。
どうやら刃物は性に合わないとのこと。
ベルタのように卓越した筋力はないが、基礎に裏打ちされた繊細な攻防はさすがシルフィードに合格しただけはあると言える。
「前衛二人と後衛二人。成り行きで組んだにしては悪くないパーティーバランスだな」
「そうですね。強いて言うなら回復職が欲しいところですが、そこはリーゼがある程度カバーすることができますし、とりあえずはこれでいいでしょう」
「そうと決まればあとは……」
「「「「パーティー名!」」」」
ボクたちの心は一致した。
パーティー名を決めることはパーティー結成における最重要事項と言えるだろう。異論は認めない。
これによってボクたちパーティーのイメージが左右されると言っても過言ではないからだ。
「それでは案を募りたい!」
ボクがそう言うとリーゼが待ってましたと言わんばかりに発言しようとした。
「リーゼとゆか……」
「却下だ却下!」
とりあえずリーゼに発言させてはダメなことだけは分かっている。
ボクは残る二人に目を向けた。
するとベルタは恐る恐る手を挙げ、提案してきた。
「で、では僭越ながら私が……、『天使の護り手』というのはどうでしょう?」
なるほど。ファッションセンスは壊滅的であったベルタだがなかなかに悪くないネーミングセンスをしているようだ。
若干1名DQNが含まれているが、ボクたちはそれぞれ天使を自称して差し支えがないくらいの美貌は有している。
リーゼもそれならば悪くないと言った表情だ。
これで決定……かのように思われたが、そこに水を差す馬鹿が一人存在した。
「あぁ?天使は騙りすぎだろうが。それより死般若なんてのはどうだ?俺たちにぴったりじゃねぇか」
これしかないだろと言わんばかりの自信が顔から溢れ出ているのが分かる。
もしこれがボクだけだったら賛成してもいい。そういうネーミングセンスは結構好きだから。
しかしこれが後の二人を交えるとなると話は別だ。
世の中には空気を読めない人間と言うものが本当にいるものなんだなとこのときほど強く実感したことはない。
辺り一面に嫌な空気が流れ始める。
リーゼとベルタに目を向けると笑顔の奥からどす黒い何かが周辺の大気を浸食していた。
見てはいけないものを見てしまったのかもしれない……。
ボクはすぐに二人を視界から外した。
そして冥福を祈ろう。今まさにこの世界から旅立とうとしている新しき友人の。
ボクは胸元で十字を切ると横からベルタの乾いた笑い声が聞こえてきた。
怖い。
「あはは、何寝惚けたことを言っているんでしょうかこの糞は」
目から光沢の失ったベルタの右手が信じられない勢いで振り抜かれた。
次の瞬間ドゴッっという激しい衝撃音が響き渡り、バリスタがボロ雑巾のように転がっていく……。
「そうですね。リーゼたちほど天使という名の形容詞が相応しい存在はいないというのに……、よりにもよって般若?その糞のように曇った価値のない目玉を刳り貫いてやればいいのでしょうか」
そして再び嫌な打撲音が響き渡り、バリスタが転がっていく。
「ちょっ!お前ら!なにしやがっ、ぐっ!」
しかしそれは惨劇の始まりでしかなかった。
ボッコボコのフルボッコである。これが噂に聞く私刑というやつか。
恐ろしい。実に恐ろしい事件現場を目にしてしまった。
それにしても死般若か……。バリスタよ、お前の言っていることは間違えてはいなかった。
そう、お前はただ生き方を間違えただけだ。
笑顔でフルボッコにしているこの二人に戦慄を覚えたのではきっとボクだけではないだろう。
バリスタ……、お前の犠牲は生涯忘れない。
ボクのトラウマとして。
こうしてボクたち新生『イージスの楯』は非常に幸先悪い門出を迎えたのであった。
にゃーお




