第33話 十二才 よーい、ドン!
ボクたちが学校に通い始めてはや一週間が過ぎた。
不思議なことに未だ友達と呼べるものはいない。
しかしまだそんなに焦る時期でもないだろう。
などと思っていたのがいけなかったのか。
なぜか教室ではクラスメイトたちから遠巻きに見られ、話しかけられることはなかった。
しかも誰かが思わずボクに話しかけようとすると、別のクラスメイトが飛んできてすぐさま連行していく有様。
その姿は黒服のエージェントに連行されるリトルグレイのようだ。
もしかしてありえないとは思うけど、ボクはクラスメイト全員に仲間外れにされてるんじゃ……。
いやいやないない。それだけは断じてないはずだ。
リーゼに友人らしき人たちと挨拶を交わす姿も、みんながボクを避けるようにして歩いていくのもきっと何かの見間違いで勘違いで、錯覚とか幻覚とかそういった類のものなのだろう。
そうでなければリーゼに友達が出来てボクに出来ないなんて論理的にも物理的にもおかしいと思います!
そんなこんなで悩んでいるうちにいつの間にかシルフィード最初の実戦訓練を迎えることになってしまった。
朝のホームルーム、いつも通りの時間に教室へと入ってきた先生は、教壇に立って実戦訓練についての説明を始めた。
「実戦訓練は全学科の者たちが合同で行うことになっている。理由を答えろ、リーゼロッテ」
「魔術師以外の職業の人たちとの連携に慣れるため、そしてその人たちの弱点を見極め、嘲笑するためですか?」
嘲笑するとか頭のネジがイカれてるんじゃないだろうかこいつは。
「その回答だと50点だな」
ほらな。あんな解答で50点もくれるなんて先生もまだまだ甘い。
「ではヴァレリアならどう考える」
ふっ、他の学科の人たちと合同でする理由なんて一つしかないじゃないか。
「他の学科の可愛い女の子たちとお知り合いになるためです!」
「落第点だ馬鹿野郎」
なにいいいいいいいいい!!!
ランドワーズ先生の持つ教本でコツッと頭を叩かれてしまう。
あぐっ!間違っていたのか……。
「諸君らの目指す魔術師は他の職業と違ってかなりピーキーな職業だ。強い力を発揮することができる反面、非常に脆い性質も持っている。確かに教科書にはきっちり魔術師の弱点は書かれてはいるが……実際にその局面にならなければそれがどれだけ致命的なものとなってくるか具体的に想定することができまい。戦況を読むことは魔術師じゃなくても重要なことだ」
なるほどなー。でも可愛い女の子とお友達になることはもっと重要なことだと思います!
そう!あくまでお友達!お友達は浮気じゃない!
「つまり仮にお姉様のエア彼女が、イケメン男子とお友達になって二人っきりで食事に行ったりしてもお友達だからセーフと」
「ははっ、当たり前だろ。まぁそうなる前にそのイケメン男子の住所を突き止めて精神的に病院送りにしてやるけど」
「はいはいヤンデレヤンデレ」
「……ゴホン」
ランドワーズ先生がわざとらしく咳払いをしてこちらを睨む。
その目はやる気がないなら出て行けと言わんばかりだ。
そしてその目に逆らう馬鹿は本当に追い出されるのだ!<(既に体験済みの馬鹿)
「「申し訳ありませんでした」」
不思議と最近謝罪スキルの伸びが凄まじい。
「まぁいい。ではこれより合同訓練場へと移動する。私の後についてこい。『ウィンドウォーク!』」
そう言って先生が魔法を唱えると、風が先生の足に纏わり付き、滑るような足取りであっという間に教室から出て、どんどん気配が遠のいていく。
『ウィンドウォーク』は非戦闘状態において移動速度を向上させることのできる初級の補助魔法だ。
しかしそれに動じる者はどこにもいない。
ある者は感知魔法を、ある者は追跡魔法を、またある者は補助魔法を使い、それぞれが先生を追いかけ始める。
リーゼの方を見るとにんまりと挑戦的な笑みを浮かべてこちらを見ている。
その顔を見ただけで何が言いたいのかすぐに分かった。
「お姉様、競争です」
「くふっ、望むところだ!」
「よーい……」
「「ドン!!!」」
「ヒィヤッッッッッッハーーーーーーーーーー!!!」
ボクは『ダッシュ』を発動し、開いた窓から勢い良く飛び出した。
当然『気配察知』で先生の位置は捕捉している。
となればいちいち階段を使うよりもこちらの方が断然早いのだ。
「させない。『ウェブ』」
リーゼが魔力によって造られた蜘蛛の糸で相手をからめとる拘束魔法『ウェブ』をこちらに向かって打ち込んできた。
「その手は喰わない!『ガードッインパクト!!!』」
こちらへと伸びてきた魔力の糸を空中で蹴り飛ばして撃退する。
それを見たリーゼは、自らに補助魔法をかけて慌てたげにボクと同様窓から飛び出してくる。
フハハハハハハハッ!もうボクを止める者は存在しない!このままランドワーズ先生のところまで一直線だ!
走りでボクに勝てる者がこの世にいるだろうか。答えは否!
ボクにスピード勝負を挑んだことを後悔しながら悔しがるがいいわ!
「はぁっ……はぁっ……」
リーゼもいつも以上に飛ばしているようで何とかこちらに付いて来ているが、珍しくかなり息が上がっているのが分かる。
しかしボクの辞書に手加減の文字はない!
そう!ボクはスライム相手にメガ○テを使うことのできる情け容赦ない男なのだ!
この勝負、もらった!
先生との距離もあと僅か。
後ろにいるリーゼを確認するために振り返ると、あのいつも眠たげなリーゼが殺意を帯びた眼差しを横に向けている。
な、なんだ?
「あの女、こともあろうかお姉様のいるところでスカートを翻して走るなんて……調教が必要なようですね」
マ・ジ・デ!
そのままリーゼの視線を追うように振り向くが、誰もいるようには見えない。
どこ?ボクの楽園は一体どこ?
そう思った瞬間世界が回転した。
「ふふっ、どうやら今回はリーゼの勝ちですね」
世界が回転したのではなかった。ボクが回転していたのだ。
足元を見れば植物の蔓によってボクの足が引っ掛けられている。
拘束魔法『ドライアードルーツ』だ。
やられたっ!あの苦しげな表情も、あの迫真の演技も全てこの魔法から気を逸らすための布石だったのか!
ボクは受身を取りながらも蔓から足を抜き、身体を丸め勢いに任せて地面の上で回転する。
そしてその横をリーゼが余裕の表情で抜き去って……。
させるか!
ボクはリーゼに向かって右手を突き出し、服を掴んで進行を妨害する。
死なば諸共!カミカゼアタック!!!
「きゃっ!」
掴んだ服を力いっぱいに引っ張ると、リーゼがこちらへと倒れこんできた。
そのまま二人して絡まりながらコロコロと転がっていく。
ちょっ、いてっ、いててっ。
衝撃に耐え、ようやく勢いが止まった……と思ったらなぜか目の前にリーゼのドアップがあった。
しかもなぜか目を閉じて頬を赤らめて……え、何この状況?
「お兄様も大胆ですね。言ってくれればリーゼは拒みませんのに」
ボクが上でリーゼが下。そして目を下へ向けると、なぜか紫色のショーツが目に飛び込んでくる。
恐る恐る自分の右手に視線を向けるとなぜかリーゼの破れたスカートが……えっ!?
「責任……取ってくださいね。ぽっ」
などととんでもないことをのたまうリーゼ。
「いやいや、血の繋がった家族はノーカンだろ!」
「近親相姦は格調高い王家にのみ許された由緒正しき文化ですよ?」
「なにその偏見!?」
「ええい、こうなったら実力こう……」
「予備のスカートをお持ちしました」
「「え?」」
振り返るとセフィが学園指定のスカートを持って立っていた。
どれだけ準備が早いんだ。
というか、よく予備のスカートなんて用意してたな。
「必要であれば替えの下着もございますが」
「必要ないから!」
とんでもないメイドである。
「必要であれば私の下着もございますが」
「必要ないっ……わけじゃない……けど……」
セフィの下着は欲しい!欲しいけど貰ったら姫に……。
「必要ないっ……ですっ……くぅ!!!」
ゆえにボクは涙を飲んで決断を下した。
「セフィ」
「はい」
「次からはもう少し空気を呼んで事後に出てきてくださいね。替えの下着を用意して」
「申し訳ございません」
「じっ、事後!?」
そしてリーゼがなぜかこちらに見せびらかすようにゆっくりと着替えた所為でボクたちは大幅に授業に遅れてしまったのだった。




