第32話 十二才 恐怖の自己紹介
どうやら教室に入ってきたのはボクたちが最後だったようで、その後教室に入ってくる生徒はおらず、始業のチャイムが鳴って程なくして先生?らしき人が教室に入ってきた。
年のころは三十代後半にくらいに見える眼鏡を掛け、きつい目つきをした女性だ。
第一印象、めちゃくちゃ厳しそう。
現代社会の魔王『モンスターぺアレンツ』でさえ一蹴の元に蹴散らし、平気で体罰を正当化する様が脳裏をよぎる。
それほどに厳しい印象を受ける。
恐らくそれは生徒全員が肌で感じていることだろう。
現に先生が入ってきてから、教室が完全に静まり返っている。
それも呼吸音すら聞こえないほどに。
もしここで大きく息を付いたらそれだけで責められるんじゃないかというプレッシャーさえ襲ってくる。
そして教卓に立ったその女性がついに沈黙を打ち破り、口を開いた。
「諸君、合格おめでとう」
その容姿とは対照的に優しく告げられたのは祝いの言葉。
その言葉にボクたちはほっと息をつく……。
「とは言わない」
ことは許されなかった。
「入学試験とは魔術を極める道のりの入り口ですらない。シルフィードに入学できたことで自惚れる者がいたとすれば即刻自主退学することを勧める」
その口から出てきたのはボクたち少年少女の心を抉るような鋭い言葉。
「毎年の入学者数は約30人。100年間で3000人。つまり、諸君らと同じようにシルフィードへと入学し、諸君らよりも遥かに修練を積み重ねたものたちがこの世界には数千人以上はいるということだ。諸君らは決して特別ではない。現時点では優れてすらいない。そのような状況で驕り高ぶる者に魔術師としての未来はない」
先生の目がボクたちひとりひとりの心の奥底を見抜くかのように突き刺さる。
「諸君らが競い合うのは隣にいる年若い子供ではない。過去の偉人、そして現代の大魔術師と呼ばれる者たちだ」
そこでふっと先生の声が少しだけ柔らかくなった。
「とはいえそのことを真の意味で理解できる者はまだいまい。ただこれだけは覚えておけ。魔術師にとって慢心以上の猛毒はない。私からは以上。今年一年諸君らを指導するマーズ・ランドワーズだ」
先生が話し終えると、生徒たちの目が真剣なものへと変わっていた。
もしかすると先生の言葉に触れ、ようやくこのシルフィードに入学したという実感を得た人もいるのかもしれない。
シルフィードに甘さはない。
望むところだ。それでこそ入学した甲斐があるというもの。
無理を言って自国を離れたのは間違ってはいなかったようだ。
「では前の席から一人ずつ自己紹介を始めろ」
先生の視線が一人の生徒の顔を捉えた。
その生徒は緊張した面持ちで立ち上がり、震える声で自分の名前を口にした。
「バ、バンガード子爵家のアーレン・バンガードです!風の元素魔法を得意としています!」
「……それだけか?」
「は……え……、い、いえ!趣味はスポーツ!今は元素魔法しか使えませんがいずれは補助魔法を習得して国の役に立ちたいと考えています!」
「…………」
「い、以上です!」
「ふむ、まだ足りないが一人目ということで大目に見てやろう。いいか諸君。自己の本質さえ捉え切れない者が世界の本質に触れることができるなどと思うな。魔術師を志す者であれば本質を捉え表現することなど空気を吐くよりも自然に出来なければならない」
なん……だと!?まさかコミュ障には魔法が向かないとかそういう話なのか?
コミュ障をディスってるのかこの先生は?
「それを踏まえて自己紹介を続けろ。次!」
一人一人、少年も少女も等しく緊張した様子で必死に自己紹介していく。
一人、また一人と自己紹介を済ませる中、ボクの緊張がクライマックスに達した。
心臓がバクバクいう音すら他人事に聞こえてくる。
次!とついに自分の自己紹介を促され立ち上がるが、ふわふわとした感覚の中頭は真っ白になっていた。
完全に表情の固まった顔で先生を、そして生徒たちを見渡すと、生徒たちがビクリと肩を震えた。
「お姉様。眼つき怖すぎ」
リーゼが何か呟いたようだが、全く頭に入ってこない。
じ、自己紹介だ。とにかく自己紹介をしないと。
ま、まずは名前だっけ?
「ヴァレリア・ヴォルドシュミット」
じ、自己紹介と言えば趣味!趣味でいいよね!
「趣味は戦闘全般。近接戦闘、魔法戦、集団戦、殲滅戦、撤退戦、戦いであれば嫌いなものはないけど、チェーンデスマッチとかのタイマン戦が特に好きだ。腕に覚えのある者がいるならばいつでも相手になろう」
あ!あと、信頼できる仲間たちとのパーティー狩りも大好きだった!
でも今思いついたところで後の祭りだし、もう言わなくて言いよね。誰もボクの趣味なんて詳しく聞きたくないよね。よし、次いこう。
つ、次は確かみんな魔法のことを言っていたような……。
「学園に入学したのは魔法を極め、世界(の理)に手を掛けるだけの力を得るため(です!)」
「ほう……」
だ、ダメだ!完全に頭が真っ白で自分が何を言っているかもわからない!
あとは何を言えばよかったんだっけ?意気込み?意気込みか?
「ボクの(魔法研究の)障害は全力を以って排除する(だけの覚悟はあります!)。以上」
姫とのいちゃらぶのためだし!
こ、これでいいよね?自分が何を言ったのかすら分からないけどもういいよね!?
先生の方をちらりと見ると先生は満足そうな顔をしていた。
ボクはほっとため息をついて自分の席へと座る。
終ってしまえば大したことはなかった気がしないでもない。
あとはゆっくりと他の人の自己紹介を聞かせてもらうだけだ。
「お姉様……あなたはどこの魔王候補生ですか……」
「え?」
「次!」
「はい……はぁ、仕方ありません。少し牽制しておきますか」
リーゼが先生に自己紹介を促され、何かをブツブツと呟きながらも立ち上がった。
その姿は緊張もなく、いつもどおり気だるそうな半目で周囲を見渡している。
「リーゼロッテ・ヴォルドシュミットです。好きなものはヴァレリアお姉様。好きな言葉は略奪愛。そう!リーゼはお姉様を愛しているのです!」
突然リーゼが身振り手ぶりを交え、まるで舞台女優であるかのように大仰に言い放った。
「もちろん性的に・も!学園へは当然ヴァレリアお姉様と離れたくないから入学しました。フフッ、そしてあわよくばここにいる間にお姉様の貞操を……」
「お前は何を言っているんだ!」
席を立ち、全力でリーゼの頭を蹴り飛ばすと教室の壁にぶち当たってうつ伏せになって倒れ伏した。
しかしその後何事もなかったかのようにむくりと起き上がってにんまりと笑う。
「ナイスツッコミですお姉様。ですがツッコムならお姉様の猛々しいソーセージをといつもいつも……」
「下ネタは禁止だ!今すぐその口を塞いでやる!」
「ふふっ、お姉様に出来ますか?もちろんお姉様の猛々しいソーセージにならいつ塞がれても抵抗しませんが」
「くっ!まだ言うか!『召喚魔法!デスサイズ!』」
魔法を唱えると右手に死神の持つような大鎌が現れる。
ずしりと来る感触。実にしっくりと来る。
「お相手しましょう。『氷結魔法、セツゲッカ』」
リーゼが魔法を唱えると美しい氷の刀がリーゼの両手にそれぞれ現れる。
ちっ!厄介な!
一足飛びでリーゼに向かって跳びかかりサイズを振り下ろすと、リーゼが横飛びで回避し、そのまま壁を蹴った勢いを利用して切り込んでくる。
右から振り下ろされる刀をサイズの刃で弾き、左から振り下ろされる刀を柄で受け流す。
そしてそのままリーゼの回し蹴りを打ち込むと、同じく回し蹴りを打ち込んできたリーゼの足と交錯する。
スキルレベルはこちらの方が上だが、懲りずに『養殖』称号を付いているため、筋力的には押し負け、結果的に五分と五分に持ち込まれてしまう。
不味い流れだ。早く終らせたいのに持久戦になる予感がひしひしと伝わってくる。
そしてそんなボクたちを余所に自己紹介が進行していた。
「次!」
「は、はい!で、でもいいんですか、あれ?」
「いいか、覚えておけ。ここは仲よしクラブじゃない。お前は他人の喧嘩を仲裁するためここへ入ったのか?」
「ち、違います!」
「ならばもっと自己の研鑽に貪欲になるべきだろう。周りの雑音を気にするな。なに、授業を妨げる者の席などすぐになくなる。ここはそういうところだ」
「すいませんでしたッッ!!!」
ボクはスライディング土下座をしながら自分の席へと高速移動。
リーゼの方をちらっと見ると何食わぬ顔をして既に椅子に座っていた。
こ、こいつは!
「チッ、もう少しでお姉様を退学に出来たものを……」
リーゼの呟いた声が耳に入ってくる。
な、なんて奴だ!
そうまでしてボクと姫の仲を妨害したいのか!
リーゼ…恐ろしい子!これからは気をつけよう……。
こうしてボクたちの学園におけるファーストインプレッションは最悪のものとなった。
くほほ……。
今日この日に一つだけ言わせてください
リ ア 充 爆 発 し ろ !




