第31話 十二才 学園でびゅー
今ボクはベッドの中で学校に行かないようにするためにはどうすればいいかを真剣に考えている。
第一案……仮病
バレて母さんに殺される
第二案……通学途中に脱走
後でバレて母さんに殺される
第三案……学校であったことを正直に報告
母さんの個人レッスンを受ける
第四案……突然宗教に目覚める
母さんに更生される
大五案……死にたくない
母さんにころさr
「って無理ゲーじゃないか!」
「うるさいですお姉様」
ベッドから起き上がったリーゼが相変わらず眠たそうな半目で呆れたようにこちらを見やる。
「まぁ、お姉様が学校に行きたくないという気持ちも分からなくもありません」
「だろう?」
「ですがよく思い出してみてください。以前の世界では学校に通うことすらできなかったではありませんか」
「そ、そういえば……」
ボクに神月忍が学校に通っていたときの記憶はない。幼少の記憶にあるのは白い病室と一台のパソコンのみ。
あの頃は学校という名の公共機関をどれだけ切望したものか。
「私たちにとって特に苦もない勉強。そして瑞々《みずみず》しい少女たちに大義名分を以って囲まれることのできる恵まれた環境。さらには最先端の魔法技術が集まり、元の世界へと帰る手段を得るのに最も適した場所」
そうだ。ボクには姫が待っているんだ。ちょっと試験で恥を掻いたからなんだっていうんだ。
「そうだったな。目を覚まさせてくれてありが……」
そう言いかけたところでコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
ノック音で誰だか分かる。この音はセフィだ。
案の定、扉の向こうからセフィの声が聞こえてきた。
「リーゼロッテ様。ヴァレリア様のせんの……いえ、説得は済みましたか?」
「ちょっ!今洗脳って言いかけなかったか!?」
「気の所為でしょう。ほら、いつまでもセフィを待たせてはいけません。行きますよ」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
どうあっても学園に行くしかないらしい。
うん、分かってたことなんだけどね。
友達……できるだろうか。
ボクは結局リーゼに引き摺られ、セフィに全て準備してもらい、何もすることのないまま学園へ行く準備が整っていった。
そして母さんとシャルとメイドたちに見送られ、ついに学園へと出発したわけだが……。
「セフィ」
「なんでしょう?」
「まさか付いてくる気か?」
「当然でございます」
「いやいや!おかしいだろ!」
「何もおかしいことはございません。身分を問わない場所……とはいえ、やはり高い教育を受けている王侯貴族が入学する比率の方が多いのです。そしてシルフィードの本質は学び舎。自衛等勉学や研究以外に関しては生徒たちに委ねられているのです」
「つまり勉強は教えてくれるけど、学園が生徒を率先して守ろうとするわけじゃないってこと?」
「そういうことです。当然学園としても犯罪を見過ごすことはありませんが、例えば王族の暗殺などに関して特別に動くようなことは一切ありません」
「そ、そう……なの……か?」
「当然ヴァレリア様を暗殺できる者などいるはずもありませんが、私のような者がお側にいることは決して珍しいことではありません。今後も学園生活においてヴァレリア様とリーゼロッテ様を全力でサポートさせていただきます」
なるほどな。
と、セフィリアの言葉に納得してしまったのがそもそもの間違いだった。
いない!メイド連れてる学生なんてどこにもいないよ!
じとりとセフィを睨む。
「私は近衛騎士とメイドと夜のメイドを足した存在ですから」
た、確かに護衛らしき騎士を連れてる人はいるみたいだけど、メイド連れなんて甘やかされた貴族のお嬢ちゃんに見えやしないだろうか。というか夜のメイドってエロいな。いや、元々エロい意味で言ってるからいいのか。って良くない!
まぁいい。どうせいくら言ったって聞かないんだから。
「シルフィードの魔法学科1号生の教室は……確か魔法校舎の二階だったかな?」
「はい」
ボクはリーゼたちと共に自分たちの教室へと向かった。シルフィードの研究施設は学生の校舎とは施設の場所が分けられているため、ここでは若い生徒たちとその教員たちくらいとしか擦れ違うことはなかった。
教室に入ると既に人で溢れかえっている。
数は三十人以上いるだろうか?
それでもこのクラスを受けた受験生に比べたら何十倍も少ないだろう。
男女比は半々、種族は様々。
ここにいる子供たちがあの熾烈?な入学試験を潜り抜けてきたエリートたちというわけか。
ボクたちが入るとそのほとんどがこちらへと目を向けてきた。
理由は分かってる。
「セフィ……目立ちすぎだ」
「それは違います、ヴァレリア様。ご学友の皆様はヴァレリア様の美貌に見惚れていらっしゃるのです」
「は?いやいや、それはないでしょ」
確かにボクは美しい成長を遂げている。
まさに自分で作ったアバターに追随する勢いだ。と自分では思っている。
だからその可能性も完全に捨てているわけじゃない。
でも。でもだよ?
もしそれが勘違いだったら恥ずかしすぎるじゃないか!
しかしセフィはいつになく真剣な声で反論した。
「そのような認識では困ります。まず第一にダークエルフは非常に容姿に恵まれた種族です。加えてヴァレリア様とリーゼロッテ様はその中でも氷の美貌と評されるアンネリーゼ様の容姿を非常に色濃く引き継いでいます。つまりヴァレリア様がシャルロット様を愛らしく思うように、他者から見ればヴァレリア様たちも絶世の美貌を誇っているのです」
た、確かにシャルロットは将来傾国の美女になることは想像に堅くないほどの愛らしさを有している。いや、シャルロットは既に国を傾けるほどの美幼女だ。異論は認めない。
「さらに言えば私たちダークエルフは排他的ではありませんが、積極的に多種族と関わりを持つことは稀と言えます。つまり……」
「動物園のパンダというわけか……」
珍しいもの見たさ。それも美少女ともなればボクだって目が釘付けになることだろう。
例えばそう、中学生の頃の姫がもし教室に入ってこようものなら瞬きを一切せずにあらゆる角度からねぶるような視線で凝視するくらいやってしまうかもしれない。いや、する。水が上から下に流れることほどに不変の事実だ。
あらゆる角度から……そう、スカートよりもほんの僅かに低い位置からとか……。
「ふひっ、姫の絶対領域……」
「正気に戻ってください」
突然頭に強い衝撃が襲い掛かった。
衝撃によって脳内に浮かんでいた姫のイメージが霧散していく……。その絶対領域と共に……。
その妄想に必死になって手を伸ばすが掴むことができない。
あぁ、もったいない!なんて……なんて残念な!
「残念なのは先ほどのお姉様のお顔です。これだけの視線を集めながらよくそんな変態的妄想ができますね」
リーゼが心底呆れたような目を向けてくる。氷によってコーティングされたハリセンをその手に持って。
「っておい!血!血が出てるよ!」
叩かれたところに手をやると、手にべっとりと血がついた。何このホラー?怖いよ!
「お姉様は少しくらい血を抜くくらいでちょうどいいんです。もう傷はないでしょう?既に治していますからね」
もう一度恐る恐る頭をさわってみる。
本当だ、殴って血だけだしてヒールで血を止めたのか。
それ何て才能の無駄遣い?
くっ!驚きで完全に姫の妄想が吹き飛んだ!
「相変わらずお姉様は一つのことしか見えていないのですね」
リーゼがこれ以上ないほどに深いため息をついて、呆れた顔をしている。
「しかし、そこもヴァレリア様の魅力の一つでございます」
「さっきの残念な顔も?」
「……」
セフィと目が合うとそっと目を逸らされてしまった。
そ、そんなに残念な顔をしていたのか!ボクの妄信者であるセフィを以ってしても耐えられないほどの!
「ほら、お姉様。とにかく私たちも席に着きましょう。こんなところでいつまでも注目を集めるわけにはいきませんし」
「で、ですよね……」
ボクたちはみんなの視線を振りき……れないまま空いている席へと着いた。
何この居たたまれない状況?何でボクがこんな目に合わなくちゃいけないんだ……。
クリスマスなんてなかった




