第30話 十二才 入学試験(実技試験)
「ハァ…………もう帰りたい……」
「まぁまぁ、お姉様なら他の試験結果で挽回できますよ」
「ハァ…………もう死にたい……」
「まぁまぁ、その希望は落ちた時にお母様が叶えてくれますよ」
「怖いよ!」
「大丈夫です、ヴァレリア様。ステータスのみを重視して合否を決めるような学園であればここまで権威を持つことはなかったでしょう」
「い、いや、そこは母さんがそんなことわけがないって言って欲しいんだけど」
「……………………」
セフィリアがボクを見て一筋の涙を流した。
「いやいや死なないから!まだボクが死ぬと決まったわけじゃないから!」
そうだよ!
もし受からなかったら帰ってどんなに残虐な目に合うか分かったものじゃない。
母さんはボクの弱点を嫌と言うほど知り尽くしている。
例えばシャルと面会謝絶にした挙句、リア充空間(リア充たちの作り出す不可思議なエリア)にボクを放り込んだりとか……。
あの完全に自分とは場違いな空気、腫れ物のように扱われる自分、さらにはそのリア充的空気に馴染むことができず、確実にその空気を壊してしまうだろう自分のことをを想像しただけで胃がキリキリしてくる。
うん、死ぬ気で挽回しよう。
それしかボクに残された道はない。
最後の試験は魔法の実技試験だったはずだ。
ボクは今度こそ本気を出すべくステータスカードを操作して『養殖』を外した。
その瞬間身体中に力が漲ってくる。
よし!ここからが本番だ!
「現実逃避しているところ申し訳ありませんが、ここまでも本番でございました」
「ちょっ!せっかく出たやる気に水を差さないでよ!」
それから魔法の訓練施設へと移動を開始した。
その場所は大きなドームのような作りになっていて、壁面や天上に幾重にも防御魔法が施されている様子が伺える。
さすが大陸最大の学校機関。施設の充実っぷりがハンパない。
そしてその中に多数横たわっている木人たち。
この風景にはどこかデジャブを感じる。
そんなことを考えていると試験監督員が口を開いた。
「これより魔法の実技試験を執り行う。名前を呼ばれた者から前に出て対象とする木人に向かって自信の最も得意とする魔法を行使しなさい」
最初に名前を呼ばれた少年が前に出ると、一体の木人が立ち上がってきた。
とは言え、動いて魔法を避けるようなことはなさそうだ。
「『フレイムアロー!』」
少年が木人に向かって初級の元素魔法『フレイムアロー』を使うと、炎の矢が現れ、木人に当って焦げ跡を残した。
入学試験を受けるのボクたちくらいの年頃が多い。だから神の加護によってレベル1の者がほとんどである。
つまりこの場にいるほとんどの者がまだ初級魔法しか使えないというわけだ。
ならば一体この試験には何の意味があるのか。
魔法の威力を見るものではない。もちろん派手さを見るものでもない。
この試験は魔力を扱うセンスを見る試験である。
この世界では、仮に同じ魔力、同じスキルを持つ人物が、同じ魔法を使ったとしても、同じ詠唱速度、威力、MP効率を発揮するわけではない。
ゲームでは自動で行われていた魔法の構成を自分でしなければいけないのだ。
そしてスキルとはそれを補助する力である。
しかしだからと言って普通の魔法を使っていいのだろうか?
いや、いいはずがない!
ただでさえ能力測定で不利な結果を残しているわけだから、ここは試験監督員の度肝を抜くような大魔法を使うべきだ。
そしてあわよくばゼロという不名誉を払拭し、女の子たちから憧れの視線を向けられたいなんてことはほんの少ししか考えていない。姫に誓って。
「次、ヴァレリア・ヴォルドシュミット」
「はい!」
ボクは前に出て精神を統一を始める。
これから使うのは過去の防衛戦の報酬として国の宝物庫からもらったスクロールによって会得した国家秘匿の禁呪にして、ボクの目的である三つの魔法の中の一つの足がかりとなるだろう広域干渉魔法。
ボクは両手を天高く掲げ、持ちうる全魔力をこの魔法へと込めていく。
「汝、世界の理を断たんと欲すれば……」
詠唱が進むにつれ、空中に超巨大な立体型魔法陣が浮かび上がってきた。
「無慈悲なる楔を以って叛逆の傷跡を永久に残せ!」
魔法の構成も完璧。失敗はない!
「時空間干渉魔法!」
これが姫へと至る第一歩!
「タイムッ、ストップ!!!」
強い輝きとともに魔法が発動し、一瞬にして世界が完全な暗闇へと包まれる。
『タイムストップ』……名前の通りこの世界中の全てに干渉し時を止めるという神の御業の如き超絶大魔法。
この魔法は人も、物質も、他者の魂も、大気も、元素も、そして光さえにも影響を及ぼす。
そう。光すら動きを止めた今現在のこの瞬間この世界は色を反射することもなく、完全なる暗闇へと包まれることとなるのだ。
そしてこの瞬間に動けるのは自分のみ。
否、自分自身の魂(思考)のみである!
そして……………………時は再び動き出す。
時間にして発動からゼロコンマゼロ三秒。
世界に干渉する魔法の消費MPはダテじゃない!
もちろん、自分の最大MPが少なすぎるというのも理由の一つではあるが。
魔法の切れたその世界では完全な闇が晴れ、雲一つない清々しい青空が広がっていた。
世界に干渉する魔法……ふふっ、試験監督員も、周りの生徒たちも驚きのあまり声も出ないようだ。
ビバモテ期!
ボクの目の前に広がるは素晴らしくも淫猥なる薔薇色の学園生活!
そう!時代はボクを必要としているのだ!
「ふむ、この年頃の受験生にしてはなかなかの幻影魔法だな」
「…………は?」
「空中に映し出した魔法陣へと周囲の視線を集め、そこから放つ強力な閃光。さらには発動する魔法の効果を隠蔽するための効果とは異なった詠唱。実に実戦的で素晴らしい」
「え……ちょ!」
試験監督員に勘違いされてる!勘違いされてるけどなぜか見当違いの方向に凄い勢いで褒められている所為でとてもじゃないけど本当のことを言い出せる雰囲気じゃない!
そこへ後ろで順番待ちをしていたリーゼがため息をついて言った。
「はぁ……お姉様、その魔法は術者以外に認識することができない魔法ですよ」
そ、そうだった!!!
止まった時間を認識できるのは術者のみ。
しかも止まった時間の中、術者すら動けないものだから、どれだけ長い時間止めていようと、他人からは何が起こったのかが全く分からないということになる。
つまり他人から見たら、魔法陣が出て光っただけ。
これじゃあ傍から見たら完璧に目くらましの魔法じゃないか!
「君はきっといい術者になるだろう。さぁ、帰って結果を待ちたまえ」
え……えええええええええええええええ!!!
高評価なのに、凄く納得いかない!
ボクの学院デビューが!
薔薇色の性活が!
ち、違うんだ。これは幻影魔法じゃないんだ。これは世界に干渉する超絶大魔法なんだよおおおおおおおおおおお!
こうしてボクはシルフィードに合格することなった。
そしてリーゼはと言うと…………、母さんの得意とする氷結魔法『アイスブラスト』を放って案山子を消し飛ばした挙句、防御魔法を突き破り、訓練場の壁に穴を空けていた。
周囲が唖然とし、そこから徐々に感嘆と讃辞が飛びかい始める。
リーゼを見ていた女の子の中には頬を赤く染め、憧れの視線を向けている者すらいる。
一つだけ言わせてくれ。
リーゼ。
お前はお前は異世界転生ものの主人公か!!!




