第22話 八才 神の加護
「どういうことです?お姉様」
「どうもボクの姫への想いが利用されているらしいんだよな……。ボクと姫が生涯どころか、前世から来世、いや世界創世から未来永劫に渡って唯一愛を交わし合うべき深い間柄なのは周知の事実だと思うんだけど」
「とんでもない呪いですね。お医者様に見てもらいましょう。その壊れた頭を」
「失礼だなおい」
「お姉様が粘着ヤンデレストーカー気質なのは知っていましたが、さすがにさっきの発言は痛いを通り越して憐れと言うほかないかと」
「ねんちゃくやんでるしゅちょーかーってなんですか?」
「ヤンデレストーカーです。まぁ病んでるストーカーでも意味は大して違いませんが」
「やんでる!」
「シャルにおかしなことを吹き込むなよ!シャル、リーゼの言ってることは嘘だからな。忘れるんだぞ?」
「うそなの?」
「嘘じゃありませんよ。お姉様は将来シャルを捨てて『姫』とかいうオバサンと一緒にラブラブ性活を送るのが幻想ですから」
「う……うぅ……りあねえしゃま、しゃるのことすてるの?」
捨てるという言葉に反応してシャルが今にも泣き出しそうな顔になった。
「す、捨てるわけないじゃないか!そのときはもちろんシャルも一緒だよ?」
「シャル、いいですか。例えお姉様がシャルを連れていったとしても、お姉様が『姫』とかいうオバサンと10回遊ぶ間にシャルとは一回しか遊んでもらえないんですよ」
「しゃるはいっかい……うぅ……ううう…………うわぁああああああああああ!!!」
「ちょ!お前!シャルを巻き込むのは卑怯だぞ!」
「可愛い妹を捨ててまで『姫』というオバサンと愛に生きる。実に美談ですね」
「あああああああああん!!!……うわああああああああああん!!!」
シャルがますます泣き止まなくなってしまった。
リーゼロッテ……我が妹ながらなんて邪悪な奴なんだ……。
「うわぁぁぁぁぁあああああん……ひめきらい!……ぐすっ、おばさんきらい!」
なんということだ!この年で既に嫁小姑戦争が勃発してしまうとは……。
あわ、あわわわわ……ボクは一体どうすれば……。
「いいですか、シャル。お姉様が『姫』とかいうオバサンと結婚するから遊んでくれなくなるのです。悪いのは全部『姫』とかいうオバサンです。ということはつまり私とシャルがお姉様と結婚すれば、私たちはずっとお姉様と遊ぶことができるんですよ」
「ぐすっ……うう……、りあねえしゃまと…けっこん……」
「その通りです!悪い『姫』とかいうオバサンからお姉様を守るためにも、私たちがお姉様のお嫁さんになるしかないんです!」
「わかった……。しゃるおよめさんになる。りあおねえしゃまとけっこんしゅる!」
その言葉を聞いた瞬間全身に雷が走った。
なんということだ。
まさか様々なギャルゲーで使い古されてなおユーザーの心を鷲掴みにして離さない「大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの!」的なセリフをリアルで聞くことになろうとは!
思わずぶしゅっと盛大に鼻血が噴出してしまい、それを手で抑えると、手と服とベッドが鮮血で染まってしまった。
「ヴァレリア様!?」
セフィリアが焦って真っ白なハンカチを顔に当ててくれる。
一枚二枚と、純白のハンカチーフが真紅に染め上げられていく。
まるで染料師の如き働きだ。
このままだと貧血で死んでしまってもおかしくないんじゃないだろうか?
こんな幸せな死に方も悪くない。そう思えてしまうほどに。
しかしその気持ちが姫への歪な想いへと変換されていく。
実に気持ちの悪い感覚だ。
「立った断ったフラグが立った」
小躍りしながらほくそ笑むリーゼ。
シャルロットフラグを立てることで姫フラグを断って来るとは……。最近大人しくしていると思ったらこれを狙っていたのか!
「どうしたらりあねえしゃまとけっこんできるの?」
そのあどけない口調、そして上目遣いで見上げる無垢な瞳に収まりかけていた鼻血が再びドクドクと流れはじめる。
姫へ想いが再びシャルへの愛しさが上書きされ、再び姫への歪な想いへと変換される。
なんだこの冗談みたいな加護は……。
しかし感情は感情だ。理性で制して思ったこととは違うことを紡ぐこともできる。
「大人になったときにボクもシャルも他に好きな人ができなかったら結婚しよう。約束だ」
そう言って小指を指し出す。
これで納得してもらえるだろうか?とはいえこの条件だと、ボクは姫のことを愛しているからシャルと結婚することはない。ごめんよ、シャル……。
差し出された小指にシャルはその小さい指を絡ませた。
ボクはシャルと何か約束をするときは、いつもこうやって指切りをしていた。
「はい!おとなになるまでりあねえさまがしゃるいがいすきにならないようにがんばる!りあねえさまがひめおばさんをきらいになるようにがんばるから!」
……あれ?
「私も全身全霊を賭けて頑張ります。お姉様が年魔ナイトのことを忘れられるように。ところで話は脱線しましたが、結局どういう加護なんですか?」
「あ、ああ。感情が姫の元へ帰るように帰結する加護だ。例えばありえない話だけど、姫以外の女の子を好きになって、ずっと一緒に暮らそうと思っても、その生活を犠牲にしてでも姫の元へ帰りたくなるように感情が歪められる加護みたいだ」
「即刻に解呪すべきです!」
と、セフィが間髪入れずに提案してくる。
「なんて執念深い……いかにもあの年魔の考えそうな呪いですね」
リーゼが苦い表情で吐き捨てるようにいった。
「いやいや、どう考えても姫がかけられる類の呪いじゃないだろう!それに姫はもっと清々しい気性だよ!」
「そうですね。今頃お姉様のことを清々しく忘れて、別の男と清々しい結婚生活を送っているくらいには清々しい方でした」
「な、ないから!そんなことありえないから!」
「しゃるしってる!そういうのをびっちっていうんだって」
シャルの口からとんでもない言葉が出てきた。
「誰だシャルにそんな言葉を教えたのは!」
三歳児になんて言葉を教えてるんだ……。
「姫がビッチなのは今更確認するまでもない事実なので置いておくとして、私もそのような陰湿な加護は即刻解くべきだと思いますよ」
しれっと嘘を混ぜるな、嘘を。
しかし、地球において日本では馴染みの薄い信仰の問題も、信仰心の高い国へいけばかなりデリケートな問題であったと記憶している。
そう、信仰の違いが殺人や戦争にまで発達するほどに。
事件の話を聞くたびに、あんたらの神様は暴力や殺人を推奨しているのかって思ったよ。ちなみにこちらの世界では争い事を推奨している神様とかいるらしいけどね……。
「その……母さんは、どう思う?」
ボクに妄信しているセフィや、元異世界人のリーゼは別として、この世界の人々の神への信仰心は低くないと思っている。
なぜなら神は空想の存在ではなく確かに実在する存在だからだ。
実際に神と面会できた者も、数は非常に少ないが存在するらしい。
そんな世界で信仰心を捨てることがどういう意味を持つのかボクにはまだ分からない。
だが、それで母さんに失望させてしまえば……いや、最悪絶縁される可能性も……。
果たしてそれを目の前にしてボクにはどんな選択ができるのだろうか。
握りこんだ手の中に内が滲んでくる。
「あなたの思ったようにすればいいのではないかしら」
「えっ!?」
予想外の反応だった。
放任にも取れるその言葉も、慈愛に満ちた瞳を以って言われればその意味も変わってくる。
反対されるかどうかは分からなかったけど、まさかあっさりその選択を認めてくれるとは思っていなかった。
「今までヴァレリアを見ていれば、あなたが普通じゃないってことは誰にだって分かるわ。産まれてからこれまで前例のないこと挙げていけば限がないほどに。つまりあなたの行動を私たちの常識に当てはめることに意味はないの」
「母さん……」
「もちろんシャール様は何か考えがあってその加護をあなたに授けたのかもしれない。でもね、与えられた加護を扱うかは全て本人の意思に任されているのよ」
確かに普通はそうだ。加護は力であり、その力は神のためになんてことは一般的には言われていない。
もしかすると一見呪いに見えるこの加護も、女神様がボクのことを考えて授けてくれた力だった可能性だってある。
でもボクは……。
思考の渦に囚われそうになったボクを温かな人肌に包み込んだ。
「それにね。例えあなたがシャール様の加護を失ったとしても、私がお腹を痛めて産んだ子供であることは変わらないわ」
そっと背中を押してくれている。
いつもそうだ。
母さんはいつもボクたちのことを一番に考えてくれる。
そこには王族としての義務も王妃としての責務も存在しない。
そこにあるのは母親として愛情だけだ。
だからボクはいつだって前だけを見て進むことができる。
「ボクは自分の想いを……加護に捻じ曲げられたくない」
母さんの娘で、よかった。
「『棄教』」
スキルが発動すると、ボクの心臓部を幾重にも縛りあげていた魔法の鎖が徐々にその姿を現し始めた。
ボクの意思を歪める元凶。加護という名の呪いの鎖が解けては空気へ中へと溶けていく。
その現象が進むたびに、姫への執着心と心を歪めようとする不快感が薄れていった。
想像どおりだった。
やはりボクに与えられた神の加護はステータスやスキルじゃなくて、心を歪める呪いだったんだ。
見ている間にも鎖は心臓を雁字搦めにしていた魔法の鎖による抵抗を失い、歪められた心が姫への愛しさに満たされていく。
姫に逢いたい。
それとともに、もう一つの感情が芽生えてきた。
みんなと幸せに暮らしたい。
一体何でボクにこんな加護が与えられていたのかは分からない。
だけど加護が解けて本当によかった。
それだけは確信できる。
「母さん、ありがとう」
「あなたたちが産まれて私はずっと幸せだったのよ?これからもきっとそれは変わらないわ」
そう言って母さんはボクの頭にそっと唇を落した。
そしてそれに追随するかのように妹たちが突撃してくる。
「しあわせー!」
「私のことにも女としての幸せをくださいね、お姉様」
いや、それは未来永劫無理だ。
「そんなつれないお姉様の態度に下半身がきゅんきゅん来ます」
そう言ってリーゼは内股を作って内ももをすり合わせ、くねくねと蠢きはじめた。
変態だー!変態がいるー!
「おいやめろ。お前の発言はいちいちシャルの教育に悪すぎる!」
「きゅんきゅん!」
シャルがきゅんきゅん言いながらリーゼの動きを……真似しちゃったじゃないか!
やばいっ。この可愛さは常軌を逸している!
止まっていた鼻血が再び滝のように流れ始め、セフィが差し出す五枚目になろう真っ白なハンカチを鮮血で染め上げた。
「……ところでお姉様、やはり戦神化スキルは消えてしまったんですか?」
こいつ……、自分の失言をスルーしやがった……。
だけと確かにそれは気になっていた。
やはり加護とともに『Ex戦神化』も消えてしまったのだろうか?
自分の心を取り戻せるなら消えてもいい。そう思っていたけど、あの姿、あの強さは地球のみんなとの想い出だ。それを失うことに未練がないかと聞かれればないはずがない。
消えてない……よね。消えないといいな……。消えてませんように!
まるで受験の合格発表を見るかのような心境で、薄目になってうっすらとぼやける視界を作り、ステータスカードにゆっくりと目を落すと、『Ex戦神化』の文字が書かれていたと思わしき場所が魔法の光を放っていた。
驚いて慌てて目を見開くと、『Ex戦神化』のスキルが書かれていた文字が魔法の光によって書き換えられていた。
『Ex戦神化』と『棄教』が消え、新たに発現したスキル。
これが一体何を意味しているのか。
分からない。
だがこれが神の加護ではなく、自分の力によって手に入れたスキルということだけは分かる。
だからこのスキルを試してみる事に不安は感じられなかった。
「『神我顕現』」




