第21話 八才 迷走
気が付くと目の前には真っ白な世界が広がっていた。
ここはどこだろうか?
思えば産まれてからこれまで無我夢中で駆け抜けてきた。
データの中で生を受けて以来、俺は一度も立ち止まったことがない。
ゆっくりと過ごした時間などなかったのだ。
ゲームの世界では常に戦いの中に身を置き、今では姫と再び相見える力を手にしようと足掻き続けている。
神月忍であった頃の記憶でさえ、早過ぎる死期に常に急かされながら生きてきた。
自分が不幸だったとは思わない。
だが、もし転生の際に姫のことを忘れていれば俺はどういう生き方をしていたのだろうか?
リーゼやシャルと穏やかな日々を過ごし、セフィの愛を受け入れていたかもしれない。
あるいは、王族として王位を得るために政治の世界へと足を踏み入れていたかもしれない。
もしかすると、全てを放棄してダークエルフとしてただただ怠惰で爛れた日々を過ごしていた可能性も考えられる。
失われた可能性が映像となり目の前に広がっていった。
昼はリーゼやシャルと戯れ、夜にはセフィを寝床へ招くヴァレリア。
王座につき、配下へと指示を下す大人となったヴァレリア。
ベッドでワインを呷り、多くの男娼と娼婦を侍らせるヴァレリア。
しかし目の前の映像は一陣の刃によって切り裂かれた。
「違うだろう?」
かき消された映像の向こうには幼い姿をした仮面の少女が漆黒のローブを羽織り、背丈よりも大きな鎌を持って佇んでいた。まるでシフ先生のようだ。
そしてその向こう側には血塗れとなって横たわっている数多なる人間や魔物の死体が死屍累々と積み重なっていた。。
「これも違う」
少女が大鎌を薙ぎ払うと、死体の山も掻き消えていった。
「殺戮には何の意味も見出せない」
そして次は少女の隣にある人物が姿を現した。
姫だ。
「お前の求めるものはこれか?」
「…………そうだ」
少女に問いに俺は頷いて答えた。
そうだ。普通の生活も、殺戮も俺の求めるものじゃない。
俺の求めるものは姫だけだ。
「これも違ったか」
少女はそう言うと大鎌を振りかぶって…。
「やめ…」
姫を切り裂いた。
切り裂かれた姫の姿はまるで幻影だったかのように霧となって消えていく。
「お前の求めるものはなんだ?」
次に少女の隣へと姿を現したのオークのガラハルトと……シフ先生だ。
「強敵か?」
強敵との戦い……それは確かに生きているということを酷く実感させてくれるものだった。ガラハルトとの決闘。先生との死合。そのときだけは全てを忘れて戦いに没頭していた。そう、姫のことさえ忘れて。
「少し答えに近づいたな。ならばこれは?」
少女が大鎌をこちらへと向けると、俺の周りに次々と色々な人々が現れはじめた。
リーゼロッテ、シャルロット、母さん、セフィリア、セルフィ、テラ、そしてセシリア、師匠、零、美月、美羽、ジーク、クリス、ローズ、ネームレスたち。
懐かしさ、そして忘れていたもう一つの気持ちが甦ってくる。
「なのにお前はこれに縛られている」
少女がセシリアに大鎌を向ける。
「私はお前を否定しない。お前はセシリアの想いに答えられなかったことに責任を感じているのだろう?」
「……………………」
咄嗟にそれを否定することができなかった。
自分がデータの塊であったこと。それはどうしようもない事実であった。
その所為でどう足掻いてもセシリアの想いに答えることができなかったことに責任を感じなかったと言えば嘘になる。
そしてたまたまそれに応える方法を見つけることができた。
だから何を犠牲にしてでもそれに応えるつもりだった。犠牲にするものが何であろうとも……。
「『責任』は『愛』ではない」
少女の……言う通りだ…………。
「そも『セシリア』はお前の『愛』がないと生きていけないほど弱い人間ではない」
ぐうの音も出なかった。
「『セシリア』を『言い訳』に使うことはお前が許さない」
最後に見えたのは目の前へと迫る大鎌の刃だった。
まるで自分を責め立てるかのように刃がこの身へと食い込んでいく。
心が……痛かった。
気が付けば真っ白い部屋は消え失せ、見慣れた天上が目に入ってくる。
「ここは……」
さっきのは一体何だったんだ。夢……?
「お姉様!」
「りあねえしゃま!」
二人の妹が飛びついてきた。
シャルがお腹抱きつくのはいい。だが、リーゼ。お前は首を締めすぎだ。
「ちょ……苦しい……リーゼはな…せ……」
ボクの筋力では到底リーゼを引き離すことなどできない。
「あっ!」
リーゼが自分の失態に気付いたのか力を緩めた。
周囲を見渡すと、酷く親しんだ光景が広がっている。
どうやらここはボクたちの寝室らしい。
気を失ってここへ運ばれてきたのか。
次第に倒れる前のことが鮮明に思い出されてくる。
「確かボクは先生と最後の訓練を……あれ、先生は?」
部屋を見渡すと、リーゼとシャル、母さんと専属メイドたちしかいない。
「シフ殿もヴァレリア様の攻撃で傷を負っていたので回復魔法を使って回復させていただきましたが、その後すぐに『仕事は終わりだ』言って城を出ていかれました。ご希望されるのであれば、ギルドを経由して再び呼び戻すこともできますが」
「いや、いいよ」
そっか。先生ほどの冒険者に四年も指導してもらえるなんてボクは幸せ者だ。今までありがとう……先生。この恩はいつか絶対に返します。
「お身体の加減はどうですか?異常はありませんか?」
改めて自分の身体を確認していく。特に痛むところもなく、傷もないようだ。多分寝ている間にセフィが回復魔法をかけてくれたんだろう。
「大丈夫だ。問題ない」
そう答えるとリーゼが顔をギリギリまで近づけてきた。
「お姉様!最後のアレは何だったのですか?!」
最後のアレ……ボクの命を飲み込もうとした先生の斬撃は可視できるほどの殺気を纏っていた。
先生は言った。
死ぬと言うことは全てを奪われると言うことだと。
ボクにとってそれは許されることではなかった。
ボクの心は全てを犠牲にしてでも姫のところへと帰らなければいけないという想いに支配されていった。
許せないならどうするか。死にたくなければどうすればいいか。
殺すか、殺されるか。
答えは一つしかなかった。
気が付けば、ボクは先生と同じように相手を殺すべく動いていた。
あれは何だったのだろうか?
全てを犠牲に?母さんやセフィ、それにシャルさえも?
今はそんなことは思わない。だけどあのときは確かにそんな気持ちを抱いていた……。
おかしな夢を見た所為だろうか。
あのときの感情を思い出すと、吐き気が込上げてくる。
それほどに不自然な感情だった。
そう、魔法のような不自然な力を使って自分の想いを無理やり歪められたような……言い知れぬ気持ち悪さだ。
どうして今までそれに気付かなかったのだろう。思い返してみると、あれが初めてではない。この世界で生を受けて今まで幾度となく経験したものだ。
果たして人の想いを歪めるような魔法がこの世界には存在するのだろうか?
少なくとも自分が知識として学んだ魔法の中には、そのような効果を及ぼすようなものは存在しない。
いや、そもそも誰がいつそんな魔法を自分にかけたんだ?
持続時間は?そいつは定期的に魔法を掛け直しているのか?
姫のことを知っている人の中で、ボクが姫に妄信することで得をする人物…………心当たりがない。
ダメだ。現時点では分からないことだらけだ。
「お姉様?」
不快感を飲み込みながらも、考え込んでいるとリーゼが心配そうに顔を覗き込んできた。
とりあえずこのことは後回しだ。先に分かることから考えよう。先生との最後の戦いで見せたあれは……。
「殺気の具現化……って言えばいいのかな?大鎌のスキルではなかったと思う。もしかするとステータスカードに何か載ってるかも」
ステータスカードを取り出してスキルを確認する。
…………あった。
名前 ヴァレリア・ヴォルドシュミット
種族 ダークエルフ
性別 女
職業 養殖プリンセスLv1
筋力 5
体力 3
器用 4
敏捷 5
魔力 4
精神 5
魅力 3
スキル
大鎌Lv24
ガードインパクトLv21
受け流しLv26
ブリングLv23
ターンステップLv21
ダッシュLv15
索敵Lv27
罠察知Lv20
追跡Lv24
ステルスLvLv26
元素魔法Lv1
回復魔法Lv1
補助魔法Lv1
性奥義Lv37
Ex戦神化
Ex殺刃
Ex棄教
Csかりちゅま
エクストラスキル『殺刃』。これが恐らくシフ先生が身をもって教えてくれた殺意を具現化することで攻撃の殺傷能力を上げるスキルだろう。
あのときの先生の攻撃は、薄いとはいえミスリルで出来たサイズを断って見せた。
そのことからもこのスキルの威力は明白と言えるだろう。
それは分かる。
だがエクストラスキル『棄教』ってのは何だ?
今までこんなスキルはなかったはずだ。
「なるほど。この『殺刃』というスキルの効、え、棄教?」
リーゼもそれに気付いて言葉に詰まった。
「棄教っていうのは信仰している宗教を捨てることだよな。何でそんなものがわざわざスキルに?」
「信仰を捨てる…………、そんなスキルが、あり得るの?」
いつもあまり動じることのない母さんが驚きを顕にしてステータスカードを覗きこんで確認する。
ただ信仰を捨てるだけでそんなに驚くことなのか?地球でも滅多にあることじゃないだろうけど、そんなに驚くようなことでもないと思うんだけど。
むしろそれがわざわざスキルになっている意味が分からない。
「これってそんなにおかしなことなの?」
「……ヴァレリア様。人は産まれながらにして様々な神の加護を得ていることはご存知ですね」
ボクの問いに口を開いたセフィリアも信じられないという表情だ。
「あ、ああ」
それは当然知っている。加護の最たるものが生まれた時点で得るステータスボーナスだ。なぜかボクにはないけどな。
「例えば我々ダークエルフであれば女神シャールの加護を受けています。そして加護とは一方的かつ強制的なものであり、例えば自分の信仰する神に対してどれほど恨みを募らせようとも信仰心を失おうとも、加護を破棄することはできません。つまり人が神を選ぶのではなく、神が人を選ぶのです」
「てことはこの棄教っていうのは、その加護を破棄するためにスキルってことなのかな」
「神の力を借りるスキルというのは存在しますが、神の力に抗うスキルというのは過去に歴史がありません。それほどにあり得ないスキルなのです……。とはいえ、加護を破棄したところでデメリットしかないように思われますが……」
だよな。加護がなくなるっていうことはステータスボーナスと神の与えてくれたらしいエクストラスキルと存在力制限がなくなるくらいだ。
どう考えてもデメリットの方が大きい。
だけど何だろう……。何かが引っかかる。
不必要なスキルがわざわざ出て来るだろうか?
一般スキルはその原理を理解することで覚えることができた。
『戦神化』は恐らく元々持っていた経験や記憶の影響を受けて発現したスキルだ。
『殺刃』は先生の攻撃に対して同じ力で抗うべく、必要に駆られて自分の中で発現したスキルだ。
ならば『棄教』は?
意味もなく発現するものなのか?
もしかして必要だから発現したんじゃないか?
もしも必要だから発現したとすれば、なぜ必要なんだ?
神の加護……神の影響……神が加護を使ってボクに対して何か悪い影響を与えていない限りは……。
ボクに……影響?まさかっ!?
「ボクに……精神操作の加護がかけられているのか?」




