Sideシフ 仕上げ
訓練を施し始めて早四年。
弟子の成長は著しく、まるでスポンジが水を吸うかの如く自分の持つ技術を吸収していった。
弟子としてこれほど教え甲斐のある者もいないだろうと思う反面、これほど恐ろしいと感じる奴もいない。
なぜなら技術的に師である自分を超えようとしていることが実感できてしまうからだ。
いや、技術的には既に超えていると言っても過言ではない。
弟子の振るうサイズは敏捷5という速度を遥かに超越し、Dランクの冒険者の斬速と比べても遜色のないほどに速くなっている。
初速度は確かに遅い。だがトップスピードを維持したままサイズを止めずに変幻自在に振るうその姿はまるで小さな竜巻のようだ。
腕の力を限りなく抜き、速度重視で振り回しつつも、インパクトの瞬間にはしっかりと握りこみ、重い一撃を放ってくる。
しかも太刀筋が全くぶれないため、Cランクの冒険者並みに鋭い斬撃になっている。
技術的にこれほど洗練された斬撃を繰り出す者は見たことがない。
自分にも不可能だ。
サイズの一振りがアクティブスキルの域にまで昇華されている。
それに加えて卓越した戦闘センス。
最初に打ち合いをしたときから戦い慣れをしているようにも感じたが、自分と武器を合わせることでさらに磨きが掛かってきた。
最小の力で相手の攻撃を受け流し、その力さえも利用して斬り返してくる。
どうすれば相手を追い詰めていけるか十数手先まで読んでいるのではないだろうかという動きをしてくる。
単純なサイズのみを用いた戦闘技術に関しては自分をも超えている。
たかだか八才の子供の至ることのできる領域ではない。
目の前でサイズを振るう少女はまさしく化け物であった。
その化け物が小さな妹の応援を受けてさらに熾烈さを増していく。しかも視線は妹の方へと向いたまま。はっきり言って気持ち悪すぎる。
しかし圧倒的なレベル差とステータス差はどれほど技術があろうとも、覆すことはできない。
しかしそれこそがこの少女にとって良い方向に働いたと言える。
もしこの少女が高いステータスを持って生まれてきたならば、誰も太刀打ちすることができず、まともに訓練することができなかっただろう。
しかし今は違う。
圧倒的な戦闘技術を持っていながらも訓練相手に不足することなく、ステータス差を埋めるために試行錯誤を繰り返し、思うがままに高みへと昇っている。
ステータスの低さはむしろ弟子にとっては幸いだったと言えるかもしれない。
歳の離れた妹が出来たことで多少は自覚が出てきたのか、訓練場を通りかがるメイドや令嬢に対してステルススキルを使って変態的な視線を向けることはあまりなくなった。が、残念なことにその分、実の妹に対してストーカー行為を行うようになってしまった。
実の家族なのだから、わざわざコソコソとする必要はないだろうと言ったのだが、本人曰く『それはそれ。これはこれ』らしい。まだ幼い妹との直接的な交流とストーキングは焼きそばとインスタント焼きそばくらい違うという話だ。もう少し理解できるような言葉を話して欲しい。いや、決して理解したいなどとは思わないが。
しかしこれは明らかに異常な行動だ。
血縁に対して最も甘いと言われているエルフでさえ、ここまでの執着心を持つことはないだろう。
何がここまでこの少女を駆り立てるのだろうか。
もしかすると出生に秘密があるのかもしれない。
妹のシャルロット殿下は世界最強の存在と噂されている『狂った女神』のみが持つと言われる『真紅の魔眼』を継承している。
もしかするとその辺りに何か理由が……。
いや、さすがにそれは考えすぎか。
この執着心はどう見ても変態的欲求から来ているようにしか見えない。
弟子の妹として産まれてきたシャルロット殿下に同情を禁じえない。
…………………………………………今日で四年か。
長かった。
だが訓練も今日で最後だ。
既に自分が教えられることは一つしか残っていない。
そして自分もいつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。
少女には少女の、自分には自分の目的があるのだから。
「ヴァレリア」
「何ですか、シフ先生?」
不思議そうに見上げてくる弟子を見てサイズを肩に担いだ。
「これより最後の訓練を執り行う」
「え!最後!?」
弟子が驚きの声を上げる。
「どういうことですか?そのような話は伺っておりませんが」
メイドが理由を尋ねてきた。
いや、これは疑問を持った者の顔ではない。暗に今の言葉を撤回しろと言っているのだ。
しかしそんな顔をされても結論は変えるつもりはない。
「訓練は全てを教え込むまでという契約だったはずだ。そしてそれは今日を以って完了する」
「そんな……もっとお願いできないんですか?」
弟子が小さい妹の前だというのに憚らずに縋るような視線を向けてくる。
気付かない間に随分と慕われていたようだ。
いや、自分はそれに気付かない振りをしていただけなのかもしれない。
「四年間……これでも長く引き伸ばしたつもりだ。そして遂に下地は整った」
「先生…………」
「単純な戦闘技術で言えばお前は既に自分を超えている。ならばお前が自分と同じレベル、同じステータスであれば自分を破ることが出来るか…………答えは否だ。」
「……先生が持っていて、ボクにはないものがあるっていうこと?」
「そうだ。今からそれを伝える。確かお前は称号でステータスが抑制されていたな」
「うん」
「ならばそれを外して本気を出せ。でなければ、死ぬぞ」
「死……」
弟子が言葉に詰まる。
「死ぬと言うことは全てを奪われると言うことだ」
そう言って弟子の家族に目を向けると、弟子の目の色が変わった。
「…………本当に最後なんだ」
覚悟を決めたのだろう。
守りたいものがあるならば力が必要だ。
弟子は確かな手つきでステータスカードを取り出して称号を変更した。
そして次の瞬間に弟子の雰囲気ががらりと変わる。
我が侭を言うような甘えは見る影もなくなり、まるでこちらの筋肉の動きまで全て見通すような視線をぶつけられる。
凄い集中力だな。
この切替の早さは弟子の長所の一つであると言ってもいいだろう。
いつまでも出来ないことを引きずらない。
常に前を見据えて行動する。
それは自分にはない羨ましい長所だった。
「相手の命を奪うのは武器の性能か?優れた戦闘技術か?それともレベルか?…………否。それらは所詮手段に過ぎない」
温室で育った深窓の令嬢にレジェンド級の武器を与えても人は殺せない。
「命を奪うのは…………人の意思?」
「そうだ。命を奪うのは相手を殺そうという明確な『殺意』だ」
相手を殺したいのならば壊すことではなく殺すことを考えなければならない。
殺気を感じ取られるのが嫌だというならば手を出すべきではない。
殺意のない攻撃はただの現象だ。
現象では赤子を殺すことができても戦士を殺すことはできない。
殺意が刃に伝わり、死という形を得てこの世界へと顕現する。
理想的な角度で受け流そうとする弟子の持つサイズをことごとく切断するほどの死がその先の命を求めて弟子の首に喰らいつこうと殺到する。
死は止めることができないからこそ死と呼ばれる。
ならばこのまま弟子を殺してしまうというのか。
答えは否だ。
殺すために見せたわけではない。
これは自分が弟子に送る最後の置き土産なのだから。
次の瞬間ぞくりと背筋が凍りつくのを感じた。
弟子の切断されたサイズの刃が再び自分のサイズと弟子の首との間に滑りこむ。
折れた刃は真っ直ぐと自分のサイズへ……そしてその先にある自分の首元へとはっきりと向かっていた。
素晴らしいッ!
死に抗うには、同じく死を以って相殺するか、相反する生を以って抵抗するしかない。
そしてこの弟子は自然と死を選択したのだ。
死が弟子の武器へと宿る。
刃と刃が打ち合い、相殺し切れなかったお互いの殺意がかたいたちのように身体を切り裂いていく。
ローブが切れ、仮面が割れ、皮膚が裂け、血が飛び散る。
弟子も鋭利な刃物で切り裂かれたように血を流し、小さな身体で耐え切ることができなかったのだろう、その場で倒れ伏してしまった。
思えば弟子の身体を直接傷付けたのはこれが初めてかもしれない。
何とも甘くなったものだ。
メイドと二人の妹が弟子の下へと駆け寄って来る。
果たしてこの依頼は高かったのか安かったのか。
ともあれこれで依頼は完了した。
自分にはもう弟子に伝えられるものは残っていない。




