第17話 五才 命の胎動
最近ボクたちは訓練を終えると午後の授業をサボって母さんの部屋に来ていた。
母さんのお腹に手を当てて話かける。
「お姉ちゃんでちゅよー。聞こえまちゅかー?」
トクンッ。
ボクの声に反応して母さんのお腹が小さく胎動する。
「お姉様ずるいです。私も私も」
そう言ってリーゼロッテも母さんのお腹に手を当てた。
「変態じゃない方のお姉ちゃんでちゅよー。わかりまちゅかー?」
「ちょ!?おまっ!お前の方がよっぽど変態だろう!」
「そんなことを言いながら性技スキルの高いのはどっちですか?」
「スキルは関係ないだろうが!スキルは!」
「ふふっ、ならこの子が生まれたときに聞いてみますか?」
「ぐっ!」
そうなのだ。いつの間にか夢中で勉強していたら、リーゼのスキルレベルを上回ってしまっていた。いや、これは決してボクがリーゼよりスケベだからではない。きっと『養殖』称号の所為だろう。そうだ、きっとそうに違いない。
「こらこら、喧嘩しないの」
母さんはボクたちの頭を優しく撫でて仲裁する。
「「うん」」
ボクたちは頷くと、今度は母さんのお腹に顔を近づけて甘えるように耳を当てた。
「まだ出てこないのかな?」
「もうすぐよ」
「もうすぐってどのくらい?」
「専属医は今週中に産まれてもおかしくないって言っていたわ」
「そっか。早く会いたいなぁ」
お腹の中がトクトク鳴っているのが分かる。
「名前はもう決まってるの?」
「まだよ」
ほっと息を付く。よかった。まだ間に合うかもしれない。
「あの、ボクが名前を決めちゃダメ?」
恐る恐る母さんの顔色を伺いながら聞いてみた。
「いいわよ」
まさかの一発OK。そんなあっさり決めちゃっていいの?
思わぬ回答に言葉を失っていると、母さんが言葉を続けた。
「あの人のところへ行って、いつも練習していることを応用してお願いしたら、きっとあの人も文句を言えないはずだわ。それができたら、ね」
そう言って母さんは茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた。
父さんが相手か。フフッ、イージーモードだな。
「ありがとう母さん!ちょっと行ってくる!」
「リーゼも!」
今日は特に来客がなかったはずだから、この時間父さんは執務室で仕事をしているはずだ。
ボクたちは母さんの部屋を飛び出すと、すぐに執務室に向かってダッシュを発動した。
普通であれば実の子供であっても国王との面会は難しいが、父さんは自分の子供に激甘なので結構簡単に会えたりする。
むしろ父さんが母さんの部屋に来るたびに、ボクたちに向かってたまには会いに来てくれって言うくらいだ。
とはいえ、今まで父さんにわざわざ会いに行きたいなんてことは考えたことすらもなかったので、実際に執務室に行くのは初めてである。
執務室まで行くと入り口に二人の近衛兵が待機していた。
「第四王妃アンネリーゼの第一子ヴァレリア・ヴォルドシュミットです」
「同じく第ニ子リーゼロッテ・ヴォルドシュミットです」
「お父様にお取次ぎ願えますか?」
「畏まりました。少々お待ちください」
扉の右にいた兵士がノックをすると父さんの声が返ってきた。
「入れ」
兵士が中へ入ると二人のやり取りが聞こえてきた。
「このクソ忙しい中一体何のようだ。早く仕事を終らせてアンネリーゼに会いに行かなければならないというのに、下らない用だったら殺すぞ」
父さんの殺気立った声が聞こえてくる。
何そのDQN発言。自分の父親がDQNとかマジ凹むんだけど……。
しかしそんな国王の態度を気にも留めずに近衛兵は冷静に返した。
「そのアンネリーゼ様のご息女であらせられるヴァレリア様とリーゼロッテ様が御出でです」
「本当か!?よくやった!メイドはすぐに茶菓子を用意しろ!もちろん最高級のものをだ!二人にはすぐに入ってもらえ!椅子はいらない!ソファで隣同士になって座るから。いやまてよ。この椅子以外全部壊して膝の上に乗ってもらうというのも……」
あっさり手のひらを返して堂々と変態発言をする父親にドン引きである。
名前の件がなかったら見なかったことにして帰っていたところだ。
父さんの変態願望を打ち砕くべく、ボクは扉の前で待機しているもう一人の近衛兵に笑顔で問いかけた。
「中に入ってもいいですか?」
「どうぞお入りください」
近衛兵の人も笑顔で返事を返してくれた。
子供にはちょっと重い執務室の豪華な扉を押し開けてもらって中に入ると、わたわたと椅子を壊そうとしている父さんと、いそいそと茶菓子を用意するメイド様と、父さんなんかにわざわざ報告してくれた近衛兵の人の視線がこちらへと集まった。
「父さん。椅子を壊しても父さんが空気椅子することになるだけだから」
「そうです。そして私はお姉さまの膝の上に座るのでどうぞ壊してください」
「よく来てくれたマイフェアエンジェル。パパは……パパは今猛烈に感動している!」
父さんが他人の話も聞かずに涙を流しながら膝を付いて訴えかけてくる姿は気持ち悪いを通り越して気色悪い。。
その突出した気色の悪さはカレーの妖精といい勝負に違いない。
そういえばあの歌は名曲だったな。
ふと思い出しては口ずさんでしまう魔力がある。
全ては愛のターメリッ────。
「お姉様。話が脱線していっていますよ」
「*おおっと*」
いけない。そうだ。ボクには使命があったんだ。
はぁ……、まさかこの歳でこの技に頼ることになるとは…………。
ボクは父さんの方へと歩み寄り、そっと父さんの手を掴んだ。
正直な話、自分から父さんに触れたのは初めてである。
そしてリーゼがボクに続いて同じように手を重ねてくる。
「ど、どうしたんだい?」
父さんが緊張で身体を強張らせながら聞いてくる。
そこで僅かに顔を上げ、涙腺を操作し、目を潤ませ、顔を赤らめながら上目遣いで言った。
「パパにお話があるの」
そう言って父さんの手を握っている手にぎゅっと力を入れて、その手を自分のぺたんこな胸元へと抱き込んだ。
その瞬間部屋の中を、いや、父さんの頭へズガーン!と雷エフェクトが走ったように見えた。
「な、な、な、な、な、なんだい?なんでもいってごらん?でゅふふ!」
父さんがどもりながらもこの上なく爽やかな笑顔になった。しかし口から出る笑い声は非常に気持ち悪い。
全力でその顔を蹴り飛ばしたい衝動に駆られながらも、なんとかそれを我慢して言葉を続けた。
「実はね……」
「今度産まれてくる赤ちゃんにね」
「ボクたちで可愛い名前を考えたの!」
そう言ってリーゼと二人で満面の笑みを浮かべて父さんの足に抱きついた。
果たしてこの親馬鹿が可愛い娘たちの一生懸命考えた案を却下できるだろうかいやできるはずがない。
ズキュンッ!と父さんの胸を貫く音が聞こえた。
ふっ、落ちたな。
「ホントに!?みんな聞いたか!俺の可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い娘たちが可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い赤ちゃんの名前を考えてくれたって!創世以来の天才だ!ヴァレリアちゃんリーゼロッテちゃんマジ天使!よし!今すぐ今日という日を祭日にする書類を作成するぞ!そう、今すぐにだ!祭日の名前は愛天使たちの命名記ねぶるぁあああああああああああ」
激しい衝撃音とともに父さんが物凄い勢いで吹き飛んでいき、壁に衝突して止まった。
「あなた、少し落ち着いたらどうなの?」
そこにいたのは母さん…………ではなく、第一王妃のエカテリーナ様だった。
「エ、エカテリーナ!?どうしてここへ……」
「妻が夫の下へ訪れるのに理由がいると?」
「もちろんそんなものはいらない!」
父さんが必死になって首を振っている。
「まぁいいわ。何やらあなたの精神状態が近年見られることがないほどの異常値を示していたから何事かと思って来てみれば……」
ちょ!父さん!あなた監視されています!
ボクはダークエルフの──いや、エカテリーナ様の所有欲に戦慄した。
エカテリーナ様の視線がゆっくりとこちらへと向く。
ぞわりと悪寒が背筋を駆け抜けた。
「アンネリーゼも随分と上手く教育したものね」
ダメだ。まるで勝てる気がしない。
年季がちが────
「死にたいの?」
ひいぃ!
ボクはリーゼと共に白旗をパタパタと振った。
ボクたちは敵じゃないですよ~。争うつもりなんてまるでないですよ~。
「それで、どういう名前を考えたの?」
「それは産まれるまでひみ────」
そう言い掛けたところでドンと音を立ててセフィが部屋へと駆け込んできた。
セフィがそんな無作法をするなんて珍しい。
そしてその勢いのままセフィはボクたちに向かって声をあげた。
「大変です!アンネリーゼ様の陣痛が始まりました!」




