Sideシフ 神童
先日受けた依頼……バジリスクの討伐を終えて冒険者ギルドへと向かうと、ギルドの方からクエスト要請があった。
クエスト内容はダークエルフの王族への戦闘訓練。クエスト期間は半年以上。報酬は一ヶ月100,000Gという破格の金額。受注資格はAランク以上の大鎌使い。
そもそもAランク以上の大鎌使いというのはほとんど存在しない。まるで自分をピンポイントに狙ったかのような依頼だ。
いかにも怪しい……が、ダークエルフに恨みを買った覚えもない。
色々と考えを張り巡らせていると、ギルドの方からこれは罠ではないとわざわざ念を押された。
本当に大鎌使いの扱いを学びたい王族がいるというのだろうか。
何とも物好きな王族もいたものだ。
そしてこの依頼にはなんとギルドにおいて特Aランクの守秘義務が課せられていた。
当然一般的な依頼に関しても守秘義務が発生する。
しかしこれは一般的なそれとか完全に別物である。
もしこれを破ればダークエルフが国を挙げて冒険者を殺しにかかってくる可能性すらあるということだ。
それはそうだろうな。
今世界中がダークエルフの王族に注目している。
というのも、先の戦争で数万の魔物を一人で葬ったと言われている『狂った女神』がダークエルフの王族であるという話だからだ。
何でも女神のような美しさと情け容赦ない残虐性からいつの間にかそんな呼び名が広まったらしい。
しかしたった一人で魔族の指揮する数万の魔物を惨殺するなどとてもではないが信じられる話ではない。
だがオークの族長までもがそれを証言している。
ゆえに今世界中の国がダークエルフへと探りを入れていることは想像に難くない。
そこへ舞い降りた訓練の依頼。
まさか王族に戦闘訓練を施すだけでそんな情報が入ってくるとは思えないが、一縷の望みに縋って接触してくる輩もいるかもしれない。
そう考えると、この報酬金額は妥当なのかもしれない。
ダークエルフが100,000Gもの大金を払ってまで訓練を施す者、か。面白い。
訓練日当日、城の兵士に訓練所まで案内された。
そこには自分以外の冒険者が既に到着していた。
見覚えがある。確か名前はジェインズ・オルグレン。通称ジェイ。対人を専門とする有名な冒険者だ。
「あんたは確か……シフだっけ?あんたもこの依頼を受けたのか」
「…………」
質問を黙殺する。
正直こういう人間はあまり好きではない。
「あらら、振られちゃった」
ジェイはやれやれといった風に両手を広げておどけてみせてきた。
非常にうざい。どうやら沈黙しておいて正解だったようだ。
そしてそのまま無言で待っていると、訓練生がメイドに連れられてやってきた。
驚きのあまり目を見開く。
動きやすい服装に身を包み、小さなサイズを手に持った銀髪の少女と、刀を二本腰に挿した銀髪の少女。
いや、少女というにはまだまだ幼すぎる。
もしかして双子だろうか。髪の色はそっくりだが、顔から受ける雰囲気は随分違う。
幼いながらも目つきの鋭いサイズの少女に比べ、刀の少女は瞼が半分落ちて少し眠そうな印象を受ける。
しかしそのどちらも将来飛びぬけた美人になることは想像に難くない。
とはいえ、いくら何でも訓練をするには少し幼過ぎるのではないだろうか。
この依頼を受けたのは失敗だったかもしれない。
自己紹介を済ませ、メイドと契約内容の確認を行う。
守秘義務の厳命。そして何とこの子供たちには子供と思って教えなくてもいいとのこと。
それは助かるが、本当に大丈夫なのか?
疑心暗鬼のままサイズを持った少女……ヴァレリアへの指導を開始した。
見たところ少女の持つサイズは非常に軽いミスリルを使って軽くなるように作られている。
王族として最高級の金属を使うのは分かるが、なぜここまで軽くする必要があるのか。
サイズの持ち方を教えるとそのまま素振りへと移行した。
「そのままサイズを真横へ振ってみろ」
武器を軽くしている理由は少女の素振りを見ると理解できた。
遅い。遅すぎる。いくら子供とはいえあまりにも斬撃が遅いのだ。
ステータスが低すぎるのだろうか。
とはいえまだ動きは拙いものの運動が苦手なようには見えない。
メイドに言われたとおり、新人の冒険者に教えるように説明をする。
「大鎌は刃の部分が剣に比べて薄く、幅があり、その形状から風の抵抗を受けやすい。だから大鎌の自重負けたり、力を入れすぎたりして少しでも軌道が外れるとそこから風の抵抗を受けて斬撃が大きくずれていく。当然武器が軽いほどに大気を流れる風の影響が大きくなる。これをただの素振りだと思うな。風を切り裂くイメージをしろ」
そう説明したものの、風の抵抗とか言われても分からないだろう。
そう思って、風の抵抗について説明しようとすると……。
「分かりました!」
と元気の良い声が響いた。
今の説明で本当に分かったの……か?
下手をすると冒険者になり立ての奴ですら理解できない可能性がある内容だったはずだ。
しかし少女の目からは迷いが読み取れない。
分かったと言うならばきっと分かったのだろう。
だが理屈が分かることとできることは別だ。
武器が軽いほどその扱いは困難を極める。
恐らく今週いっぱいは大鎌を真一文字に振り抜く練習に費やされるだろう。
しかしその後少女は常識を覆すほどの成長を見せた。
一振りするごとに少女の振るサイズが目に見えて少しずつブレ幅が小さくなっていく。
斬速は決して速いわけではない。
だがそれにしても目の前で起こっていることは異常だ。
まるで鍛治屋がインゴットを打って剣を形作っていくかのように、一振りごとに斬撃が微調整され、洗練されていく。
大鎌はその特異な形状から決して扱いやすい武器ではない。
だというのに何だこれは。
そしてその様子をうっとりとした表情で見つめているメイドの女が非常に気持ち悪い。
しかしそんな少女もあっという間に疲労困憊になり、異常なほどに汗を流して呼吸を荒げはじめた。
おそらくこれはスタミナ不足による症状だろう。
そこですかさずメイドがポーションを差し出すと、少女は当たり前のようにそれを飲み干し、再び素振りを開始した。
どうやら体力もかなり低いらしい。
ステータスには恵まれていないようだが、それを余り有る才能でそれをカバーしているといった印象を受ける。
そして驚いたことにたったの一時間でサイズを真っ直ぐに振り抜けるようになった。
神童とはよく言ったものだ。この日初めて真の天才というものを目の当たりにした。
次は武器の握りについて説明した。
始動は力強く、途中からは力を抜いて、最後は強く握りこむ。
理屈は単純だが、Bランクまでの冒険者でこれを完璧に行えている者は少ないだろう。
しかし大鎌を使う以上、小振りな攻撃はできない。
大振りな威力のある攻撃とそのリーチで敵を圧倒するしかない。
ならば早い段階から意識し、その動作に慣れさせる必要がある。
当然これには非常に長い鍛錬が必要で、すぐにできる必要もなく、この天才ならば他の訓練も交えながらやっていくうちにいずれはものにするだろうと思っていた。
まさか説明してたったの一振り目でその動作を完璧にこなしてしまうなどと一体誰が予想できただろうか。
力を抜いたところで自重に負けて軌道が逸れてしまったが、力のコントロールは完璧だった。
そこからさらに微調整を繰り返しながら軌道を真一文字に近づけていく。
分かった。これは覚えが早い遅いの問題ではない。
少女は身体の使い方が異常に上手いのだ。
この年にして既に自分の身体を自由自在に使いこなせているのだろう。
全くもって悪い夢でも見ているような気分だ。
その日から肉体的なトレーニングを交えながら毎日訓練を行うこととなった。
ステータスの成長値は種族ごとに大体決まっているが、それでも絶対ではない。トレーニングは確実に結果となって現れてくる。
少女はみるみるうちに基本的な斬撃を覚え、遠心力を利用した斬撃を覚え、武器を利用したガードを覚えていった。
特に驚いたのがガードの巧さだ。
サイズでガードする方法は三種類ある。
一番簡単なのが、柄の部分で受け止める方法。
これは簡単である代わりに、敵の接近を許してしまうため、最後の手段と言えるだろう。
二つ目が相手の攻撃に対して刃の部分で真っ直ぐに切り返すという方法。
これは相手の攻撃軌道を読む必要があるが、少女はまるで相手の攻撃ベクトルが見えているかのように精確に切り返してきた。
さらに相手が武器に力を入れた瞬間から動きを目で追い始め、身体が動き始めている。
どうやら反射神経、そして戦闘センスは抜群らしい。
三つ目が刃の峰で受け流す方法。
そしてこれが最も難しく、リスクが高い。
上手く受け流すことができず、下手にサイズに力が掛かってしまえば、モーメントの作用によってその力は何倍にもなって手に返ってくる。
その結果武器を取り落としてしまえば、どうなるかなど火を見るより明らかだ。
しかしそれすらも少女はこなしてみせた。
自分から見ても理想的な受け流しの角度。そしてそこから繋いでくる流れるような斬撃。
まるでスポンジが水を吸い込むかのように技術を自分の物へと昇華していく。
素晴らしい才覚だ。
何でも少女は冒険者になりたいらしい。
何の不自由もない王族としての生活を捨ててまで目指すものでもないと思うが、それは個人の勝手だろう。
この少女ならば例えステータスが低くとも、必ずや自分のランクまで上がってくるに違いない。
いや、もしかすると自分はとんでもない化け物を育てているのかもしれない。
メイドの話によると、戦闘以外の分野でも高い成績を修めているらしい。
このメイドはことある毎に二人の少女の優秀さを語ってくる。
そして少女の話をするときの情欲に濡れた目が非常に不快である。少しは自重してくれないだろうか。そんなことまで依頼内容には含まれていなかったはずなのだが……。
しかし完璧とも見えるこの少女にも、意外ともいえる一面があった。
それは……なことだ。
例えば胸の大きな女が廊下を通れば、ステルススキルを発動しながら物凄い勢いでガン見する。
スリットの入った色気のある女が廊下を通れば、ステルススキルを発動しながら物凄い勢いでガン見する。
目つきの鋭い凛とした女が廊下を通れば、ステルススキルを発動しながら物凄い勢いでガン見する。
それは例え訓練中であってもだ。
そのたびにサイズの柄で弟子の頭を小突くのだが、一向に直る気配はない。
一度同性愛者なのか聞いたことがあるが、魔法で男になるから同性愛ではないなどと訳の分からないことを言っていた。
そんな魔法聞いたこともないんだが。
だというのに妹からの過激すぎるアプローチには全てスルー。
そして時々登場してくる脳内に巣食う『姫』なる人物。
天は二物を与えずというが、3つの才を与える代わりに3つの負債を与えてバランスを取った結果がこれなのかもしれない。
天才にも奇人にもただのスケベにも見える少女。どうやらこの少女がこの先どう育っていくのか少し楽しみに感じ始めてきたらしい。全く不愉快なことだ。




