第15話 四才 新たなる一歩
母さんの部屋でボクたちはいつものようにみんなでおやつを食べていた。
今日のおやつはパティシエ特製のバター風味クッキーだ。
クッキーを齧ると口の中にバターの風味とほろっとした上品な甘さが広がっていく。
いつものように他愛のない話をしながら、お菓子を食べ終えると、ボクは先日から考えていたことを改まって母さんにお願いをした。
「母さん、ボクそろそろ兵科訓練を始めたいです」
ボクがそういうと、母さんはにっこりと微笑んだ。
「そろそろそう言うだろうと思っていたわ。それで、何の武器を訓練したいの?」
「大鎌────」
これはこの世界に来てからずっと考えていたことだった。
しかしそれを聞いた母さんは不思議そうな顔をした。
「剣じゃないのね」
「うん、剣は戦神化したときに使ってるから別のものを使ってみたくて」
せっかくならやっぱり使ったことのない武器が使ってみたい。
それも確かに嘘じゃないけど一番の理由は打ち手の問題だ。
ボクはもうクリスの造った剣以外を持つつもりはない。
一つ目の理由はクリスの造る剣の重心、信頼感に慣れていること。
もう一つの理由は一人の剣士としてマイスタークリスに対して操を立てていること。これには願掛けの意味も含まれている。
武器を無節操に変えていては、ギリギリの局面で剣に応えてもらうことができないかもしれない。
だから剣とは全く違うものを選ぼうと思っていた。
そこで目を付けたのがヴァルキリーヘイムの世界において、仲間内では誰も使っていなかった両手持ちの大鎌。
大鎌に限らず、攻略ギルドではそもそも近接アタッカー用の両手武器を使うものは少なかった。
しかし、その中でも大鎌の使い手の特に少なかった。
MMORPGにおいて本来大鎌は優遇されることは少ないが、その見た目から不人気ではなかった。
しかしヴァルキリーヘイムの世界でこの武器が避けられる理由は二つあった。
一つは生産コストが高いこと。
その大きさは両手剣をも上回っていたため、同程度の性能のものを作ろうした場合少し余分に材料が必要になる。
二つ目は扱いの難しさ。
振りは遅いという欠点があるものの攻撃面に関しては攻撃力が高く、かまいたち系の広範囲スキルが多いため、決して使い勝手は悪くない。
だが、防御面に関しては困難を極めたらしい。
まずその特殊な形。剣や槍とは違い柄の先に向かって伸びる刃は使い手を翻弄した。
そしてその独特な形による特殊な重心。
柄に取っ手が付いていて、そこを右手で掴むタイプの大鎌はまだよかったが、柄に取っ手のないタイプは、刃を敵の攻撃ベクトルに真っ直ぐに合わせるように受けることができないと、簡単に刃が回ってしまうというらしい。
つまり刃に対して真っ直ぐかかってくる力には非常に強いが、刃を横から叩かれると恐ろしいほど脆弱だったのだ。それは取っ手があるとマシというだけで、結局はその扱いは困難を極めることとなり、多くのユーザーが挫折していったらしい。
もしヴァルキリーヘイムの世界がデスゲームでさえなければ広く使われていたことだろう。
それだけの魅力が大鎌にあった。
最も死を強く連想させるような武器。死神の象徴。これほど漢心をくすぐる武器が他にあるだろうか!いやない!
だからボクは自分の心の赴くままにに従い、大鎌を選択したのだ。
「お兄様、やりますね」
リーゼが不敵な笑みを浮かべる。
「フフッ。リーゼ、お前はどうする?」
ニヤリと不敵な笑みを返しながら問いかけるとニーフェは信じられない答えを言い放った。
「ふっふっふ、実はお姉様がそう言いだすかと思ってリーゼも考えていたのです。私の使う武器は…………なんと刀の二刀流です!!!」
刀の二刀流……だと……!
「くっ!まさかその手があったか!」
「フフッ、盲点でしたかお兄様。どうせ私はステータス的に重量系の武器は持てそうにありませんから、ここは様式美に手を出すのも悪くないと思いまして」
刀の二刀流…………それはMMOの世界では最も人気の高い戦闘スタイルだ。そもそも日本人と言うものは日本刀と二刀流が大好きなのだ。
そしてその剣術を編み出した宮本武蔵は中二病の先駆者と言えるだろう。
ゆえにどのMMOにおいても性能に関係なく刀の二刀流は絶大な人気を誇っていた。
しかしそれは日本人プレイヤーとしての感性があってこそのものだ。
刀ともなれば特に難しい鍛錬技術が必要だろうし、西洋剣とも扱いが異なるため、この世界では扱う人は少ないように見受けられる。特に二刀流ともなればなおさらだ。
先の戦争でもそんなスタイルで戦っている人はまず見かけなかった。
つまり日本のネットゲームではありふれた装備であっても、この世界ではマイノリティというわけだ。なんたる中二病的!
そこに目を付けるとは!ニーフェ……恐ろしい子!!!
「二人とも変わった武器を選ぶのね。いいわ、技能書と模造刀を用意させましょう。セフィリア、お願いね」
「畏まりました。すぐに一流のものを手配します」
「いやいや、技能書と模造刀だよね?一流も二流もないよね?」
「何をおっしゃいますか。練習用の模造刀とはいえ、ヴァレリア様とリーゼロッテ様の使うものには最高の素材で最高の装飾を施さなければ」
「いらないから!練習用に装飾とか意味ないから!」
「それでは行って参ります」
そう言ってセフィは部屋を出て行った。
あの様子だとボクの意見は完全に黙殺されることだろう。
なぜかセフィは凄く忠誠を示そうとするわりには、頼みは聞いてくれても願いはスルーする節がある。なぜだ…………。
「うーん、でも困ったわね」
「何が?」
「大鎌に刀の二刀流なんて教えられる人材がいないわ」
「え?そうなの?」
「そうなのよ。使っている人はいるにはいるだろうけど、人に教えられるほどの腕前を持った人は騎士団でも聞いたことがないわね」
「アンネリーゼ様、ここは冒険者ギルドを利用してみては?」
「そうね。やっぱりそれしかないわよね」
「ええ!?冒険者に教わることができるの!?」
冒険者ってあれだよね。リアルでクエストとか受けて魔物退治とか盗賊退治とかやってる人たちだよね?
それいいよ!凄くいい!冒険者を目指してる者として先達に教えを乞える機会は正直ありがたい。色々と面白そうな話も聞けそうだし。
「あまり長い期間は無理だろうけど、数ヶ月はお願いしないとね。最初に変な癖が付いたら大変だから」
「それではAランク以上の大鎌使いと、刀の二刀流使いがいないか、ギルドに問い合わせてきます」
「お願いね」
セフィに続いて今度はテラが部屋を出て行った。
Aランク以上って何だか凄そうだな。かなり高そうだ。
「手配を終えました」
「おわっ!」
いつの間にか戻ってきていたセフィリアに驚く。
いくらなんでも早すぎだろ……。なんだか最近セフィリアに驚かされることが多くなってきた気がする。
「私も最近ヴァレリア様を驚かせることが快感へと変わってきました」
そう言って頬を赤らめて恥らうセフィリア。
「へ」
「へ?」
「HENTAIだああああああ!!!HENTAIがいるーーーーーーッ!!!」
「そう言われましても、これはヴァレリア様に教わった悦びですから」
「ぐっ」
そういえば、二才くらいまではセフィリアを驚かせては悦んでいたっけ。
まさかあのことを未だに根に持っていようとは…………女って怖い。
「根になんて持っていませんよ。純粋にヴァレリア様の驚いた顔が見たいだけですから」
「いや、美人の驚いた顔はいいんだよ。眼福だから。でもボクの驚いた顔なんて誰得?そして心の声を読むな」
「そんな美人だなんて」
そう言ってまた顔を赤らめて身体をくねらせて恥らう振りをする。
全然ボクの話を聞いていませんよね。分かります。
「大人は子供がコロコロと表情を変えるところにキュンキュン来るものなのよ。あなたも子供が出来れば分かるわ」
ちょ、母さん!4才児に子供を持った親心を語られても……。
でもボクと姫との子供だったら……あぁ、コロコロ表情が変わったら可愛いだろうなぁ…………じゅるり。
セフィはそっとボクの涎を指で拭い取ると報告を続けた。
「ヴァレリア様とリーゼロッテ様の訓練用の模造刀は特注になるため、一週間ほど時間がかかるそうです。基本的な技能書はここにお持ち致しました」
そう言って、机の上にドサっと大量の技能書が山のように置いた。
一体こんな量をどこに隠し持っていたんだ……。
鎌、刀、サイドアーム、ローリング、サイドステップ、ダッシュ、武器防御、探索、ステルスがある。
さっそくリーゼとともに必要なものを片っ端から覚えていく。
覚えていくが、セフィ、頼むから拭った涎を前に舐めようか保存しようか悩むのはやめてくれ。
技能書は次々と消えていき、机の上の山は少しずつ少なくなっていった。
抜け落としがないかステータスカードで確認してみる。
名前 ヴァレリア・ヴォルドシュミット
種族 ダークエルフ
性別 女
職業 養殖プリンセスLv1
筋力 2
体力 2
器用 2
敏捷 2
魔力 2
精神 2
魅力 2
スキル
鎌Lv1
武器防御Lv1
サイドステップLv1
ローリングLv1
ダッシュLv1
探索Lv1
ステルスLv1
元素魔法Lv1
性技Lv12
Ex戦神化
Csかりちゅま
とりあえずこれだけあれば大丈夫かな。
4才にしてはステータスが低いように感じられるかもしれないが、これは称号のせいである。
『養殖』の称号は先の戦いで雑魚を殺しまくったことにより獲得した称号で、何でも獲得経験値等に成長補正が付く代わりに全ステータスが半分になるというものだった。
だから本当はこの二倍くらいのステータスがある。
そして称号はなぜだか分からないが、ステータスカードの職業に触れると変えることができた。
もしかするとこのステータスカードというのは、ただの証明書ではなく、自分の能力と相互リンクされているのかもしれない。
また、戦神化して獲得した経験値は通常時には反映されないため、未だにプリンセスLv1であり、元素魔法を発動できるだけの魔力がないため、元素魔法のレベルも上がっていない。
「リーゼの方はどんな具合だ?」
「そんな……それほどまでにリーゼの『具合』が知りたければお姉様がご自分で確かめてください。ぽっ」
うぜぇ……。
なんでこいつはいちいち誤解されるような言い方をするんだ。
「そしてなぜか下半身を突き出してくるリーゼの変態的な行動を無視して、ステータスカードを奪い取り、中を確認した」
「そんなに冷たい地の文を口に出して言うなんて何プレイですか?」
「プレイじゃないっ!」
「それにしてもやはり熟女好きのお姉様を瑞々しいロリボディで誘惑するのは困難を極めますね。これなんてルナティックモードですか?」
「お前は四才児の身体に一体何を期待しているんだ?あと姫はまだ熟女じゃないからな!」
「知らないんですか?今の流行は実妹ものですよ?」
「いや、そもそもお前はあんまり妹っていう感じがしない」
「結婚フラグキターーーーーッ!!!」
いきなり叫び声をあげるリーゼ。
耳が痛い。それ以上にリーゼの反応に頭も痛い。
「むしろどっちかって言うと……相方……みたいな?」
「相方ってそんなまるで芸人みたいじゃないですか。やだなぁもう」
「……え?」
「え?」
いや、まさにその通り何だが。
「だって妹ってなんて言うかもっとこう……もっとふわふわとして可愛らしいものじゃないか?」
「「「「…………」」」」
「ヴァレリアにケーキを用意してあげてちょうだい」
「畏まりました」
「ヴァレリア様、すぐに新しいお茶をお持ち致します」
母さんの言葉にテラがすぐに部屋を出ていき、セフィがお茶の葉を入れ替えて新しい紅茶を蒸らし始めた。
「え?何?どうしたのみんな?」
「つまりみんなの意見を統合すると……『妄想オツ!』ってことです!エッチなゲームや軽い小説の読みすぎですよ。くぷぷ」
「くっ!そ、そんなことない!お前が特別可愛くないだけだ!」
そうだ!そうに決まっている!俺の妹がこんなに可愛くないわけがない!
「なんて失礼な」
「母さん!すぐに新しい妹を作って証明してください!」
「そうねぇ。あなたたちも手がかからなくなってきたし、そろそろ次の子を作ってもいいかもしれないわね。今夜辺りあの人に相談してみようかしら」
「本当に!?」
「もちろん嘘じゃないわ」
ということは今夜父さんと母さんが…………いや、止めよう。これ以上考えると精神が未知なる混沌に支配されてしまうかもしれない。
とりあえず父さん、リア充爆発しろ!
と、大きく脱線してしまったがリーゼから奪ったステータスカードに目を落す。
名前 リーゼロッテ・ヴォルドシュミット
種族 ダークエルフ
性別 女
職業 プリンセスLv1
筋力 4
体力 3
器用 4
敏捷 4
魔力 17
精神 13
魅力 10
スキル
刀Lv1
サイドアームLv1
武器防御Lv1
サイドステップLv1
ローリングLv1
ダッシュLv1
探索Lv1
ステルスLv1
元素魔法Lv6
性技Lv15
Ex竜化
Cs王族の気品
相変わらずのチート野郎である。
リーゼも竜化後の経験値が別計上なので通常時のレベルは未だに1だ。ただ、魔力が高く、最初から魔法を使うことが出来たので、元素魔法のスキルレベルはちょっと上がっている。
そして先の戦争では俺と違う称号がいくつか手に入ったようだが、今は設定していないらしい。
多分ボクのは格下の乱獲によって得られた称号なのだろう。だから竜化状態でもLv1から始まったリーゼはこの称号を獲得できなかったのではと思っている。
その代わりリーゼは格上狩りの称号が手に入っている様子だった。
そしてこの世界には何と言ってもスキル数に制限がない。そのため、何も考えずに無数にスキルを覚えていくことができる。
だから戦闘に役立ちそうなスキルは全部取った。
ああ、もうホント訓練の日が待ち遠しくて仕方がない。




