カルテ36 消えた村の住人
ラグレス皇国北東部、メリザ湿原地帯。
廃村となったクルト村に到着した私達は調査を開始した。
「廃村とは聞いていたが、意外にまともな形で残っているんだな」
家々を調べて回りつつ、カイトがそう呟いた。
衛生状態は決して良いとは言えないが、黒い悪魔に襲われたにしては塀や井戸などは破壊されていない。
私達は丹念に一つ一つ、家を見て回る。
そして二時間ほど調査を終え、村の中央にある無人の広場で調査結果をまとめた。
「不死者どもと戦った跡すら見つからんとは……。一体、誰じゃ。あの報告書を書いたのは……」
これにはさすがのメリックも憤慨していた。
報告書にはクルト村は黒い悪魔の集団に襲われ、村人は全滅とあった。
だが実際は戦いの跡など無く、血痕すら残っていない。
この状況を実際に見たとしたら『全滅』ではなく『失踪』と記述するのが正しいだろう。
「この村の違法者達はどこに消えたのでしょう?」
カイトの問いに答えられる者はいない。
まずはこの現状をすぐにアースディバルに報告し、各地に赴いている薬師らに伝えなければならない。
『グルルゥ……』
「おっと。どうやらモンスターがワシらの匂いを嗅ぎつけてきたみたいじゃぞ。ほれ、カイト。出番じゃ」
村の奥から現れたのは大型のネズミ型モンスターだ。
しかし何やら様子がおかしい。
「何だ? あの黒いネズミのモンスター、目が赤い……?」
牙を剥き出しにしたネズミ型モンスターは真っ赤な目をこちらに向けて威嚇していた。
『赤い目』は不死者の証。
ということは――。
「解析してみるわ。カイト、あいつの注意を引きつけてくれる?」
「了解」
重剣を抜いたカイトは大型モンスターに向かっていった。
私はその間に薬師魔法を詠唱する。
幻獣であるアルキメテスを召喚し、ネズミ型モンスターの情報を解析する。
幾何学模様の魔法陣が出現し、アルキメテスが描く計算式により情報が明らかになった。
「モンスター名は『ジャイアントブラックラット』。あの尖った牙は岩を砕くほどの威力があるけれど、特に毒は持っていない――」
そこで私の言葉は止まる。
その先に続く解析結果に絶句してしまったためだ。
「おい、どうしたミレイ。先を言わんか」
「……あ、はい。ええと、やはり『不死』の状態になっています。それともう一つ『解析不明』との表示が……」
「解析不能? つまり、あの黒い悪魔と同じ解析結果というわけか。一体どういうことじゃ……?」
メリックは髭を弄りつつ私の回答を待っている。
顔は渋い表情だが、私を見る目は何かを楽しんでいるようにも見える。
しかし今は彼の変人ぶりを気にしている場合ではない。
「……理由は分かりませんけれど、調べてみる価値はありそうです。カイト!」
ネズミ型モンスターと交戦しているカイトに合図を送る。
それと同時に召喚した幻獣を彼は振り向きざまに確認すると、すぐにその場を退いた。
召喚した幻獣は『レム』。
司る薬師魔法は《睡眠魔法》。
幻獣レムは甘い歌声を響かせた。
その音色を聞いたネズミ型モンスターは活動を停止し眠りに落ちる。
「……ふぅ。そこまで獰猛なモンスターじゃないが、『不死』となると厄介だな。斬っても斬ってもきりがない」
剣を納めたカイトの元に急ぎ、モンスターの状態を調べることにする。
ジャイアントブラックラットは世界中に生息するモンスターで、駆け出しの冒険者でも装備を整えさえすれば討伐可能なモンスターだ。
カイトが苦労したのは、このモンスターが通常よりも大型だったことと、不死状態であったのが重なったためだろう。
静かに寝息を立てているモンスターの目や皮膚、血液の状態や匂いを観察する。
すると僅かだがカイトがつけた切り傷以外にも噛み傷があるのを発見した。
「なんじゃ、このモンスター。仲間割れでもしとったのかの」
「仲間割れ、ですか? まあこの村に食料はないですから、共食いでもし始めたのかも知れませんね」
二人の言葉を聞きつつも、私は考える。
クルト村の住人も二ヶ月前に噛み傷の治療をするために薬師教会を訪れていた。
そしてこのモンスターにも噛み傷がある――。
「メリック先生、カイト。この場でジャイアントブラックラットにリンクをしてみようと思うのですけど、サポートをお願いできますか?」
「この場でか? もし他にもこいつの仲間がいたらどうするんだ?」
怪訝な顔でそう答えたカイト。
確かに彼の言う通り、安全が保障されていない場所でリンクをすることは危険だ。
だがどうしても調べたいことがある。
「そのためのワシら、ということじゃろう。良いじゃろう。精神力のことは気にせず、存分に調べるがよい」
「メリック殿……!」
「なんじゃ、腰抜けが。こやつ一人も守り切れんのか。重剣士の名が泣くぞ」
「ぐ……分かりました。ですが万が一、集団で襲い掛かられた場合はすぐに脱出魔法でミレイを緊急脱出させて下さいね」
メリックの説得により折れたカイトは再び重剣を抜き警戒態勢に入った。
それを確認した私はジャイアントブラックラットに額を当て、目を閉じる。
「……治療開始」
そう呟いた私はモンスターの体内へと向かった。




