カルテ35 薬師教会に訪れた違法者
次の日の朝、城に向かった私達はラグレス国王に謁見した。
王座に座る国王の右にはアースディバル公が立ち、左には皇女であるユフィアが立っている。
病弱な皇妃は王の住まいである宮殿から出られず、公務のほとんどを娘のユフィアが担っているらしい。
事前にアースディバルが話を付けてくれていたのだろう、謁見はスムーズに終わることができた。
そしてこの事件を見事に解決した際には、私を司祭に昇格させるという条件も提示された。
国王の顔は憔悴しきっており、日を追うごとに増え続ける不死者問題を解決するために出した報奨金の額は金貨千枚を超えていた。
これは王都にあるギルド本部で出された過去最高の報奨額だ。
深々と頭を下げた私達は城を出発し、最初に不死者が発見されたというクルト村へと向かう。
「王のあの憔悴しきった顔……。見ているこちらまで苦しくなってしまいますね」
王都の東にある関所に向かう途中でカイトが声を掛けてきた。
城から借りた馬車は乗り心地が良く速度も出ている。
この調子だと予定通りの時刻に村まで到着できそうだ。
「不死者らの勢力は日を追うごとに増す一方じゃからの。一匹抑えるだけでも、兵士が三人は必要じゃろう。若様の計算じゃと、あと半年ほどで不死者の数が我が国の兵と同じ百万を超える。つまり、あと二ヶ月ほどで『兵力』は追い付かれるというわけじゃ。これが他国に知られれば、混乱に乗じて攻め入ってくる国もあるじゃろうし、情報統制にも限界がある」
渋い顔でそう語るメリック。
さすがの彼も今回ばかりは真面目な顔で国の未来を危惧している。
「残された希望はミレイの医療の知識だけ、というわけですか。ですが現在、不死者の集団がギルドの精鋭と衝突している場所は王都から西に向かった場所、『旧レグノン合戦地跡』だという情報です。不死者から情報を集めるのであれば、そちらに向かうべきでは?」
今、私達が向かっているクルト村はすでに廃村となり、不死者らは別の場所に活動の拠点を移している。
奴らの情報を調べるのであれば、奴らと対峙するのが一番手っ取り早いのは事実なのだが、どうにも私はその村が気になって仕方がないのだ。
「うん。カイトの言う通りなんだけど……どうしても納得できないの。最初に黒い悪魔が発見されたのがその村なのに、どうして村の住人が一人も王都に逃げて来なかったのかなって」
「……どういうことじゃ?」
私の言葉に眉を顰めたメリック。
彼の質問に答えるため、私は先を続ける。
「資料だと、クルト村には約二百人の脱税者達が住んでいた。ある日突然、黒い悪魔の集団がその村を襲ったとして、誰一人村から逃げられずに殺されるなんてことがあるかしら。脱税者、ということは税の徴収に訪れた城の兵士や徴収を委託されたギルド所属の冒険者から逃げ続けてきたわけよね。つまり、『逃げること』に関してはエキスパートとも言えるわ」
「そりゃぁ、逃げたとしても国に戻れば捕まっちまうんだし、そのまま山賊になっちまったのかも知れないじゃないか」
馬車を操縦しつつ、カイトがそう答えた。
カルマは話についていけないのか、一人で景色を見て楽しんでいる。
「うーむ。確かにおかしい、と思えばおかしいかも知れんな。それと『クルト村』で思い出したわい。あの村に住む脱税者が以前に薬師教会に転がり込んできたことがあったわ」
「え? そんなことがあったんですか?」
たまにメリックはこういった重要な情報を言い忘れることがある。
歳も歳なので仕方がないのだが、今はどんな情報でも欲しいところなのだ。
「二ヶ月ほど前かのぅ。脱税者ということでどの店でも薬が買えんかったのじゃろう。たまたま教会にいたワシのところに一人の男が来てな。身体のいたる所に蟲が喰い散らかした傷があって、無償で薬を塗ってやったわ。なのにあの男は礼も言わずにすぐに居なくなりおって……」
当時を思い出したのか、ぶつぶつと文句を言いだしたメリック。
身体中に蟲の喰った跡……?
たしかクルト村は衛生状態が悪かったと資料にあった。
「メリック殿。もしかして、それは『ブラッディフリィ』の件では……?」
「おお、そうじゃ。なんじゃい、おぬしも知っておったか。若様もギルドも放置しておったから、冒険者には伝えられておらんのかと思うとったわ」
「カイト。詳しく教えて」
「ああ。実は――」
カイトの話はこうだ。
二ヶ月ほど前、クルト村に大量に発生した『ブラッディフリィ』というモンスター。
発生した場所が脱税者の住む違法な村だったという理由と、女神アルテナの祝福が与えられる『駆除モンスター』には指定されていなかったこと。
それに王都周辺のモンスターを減らし、世界一平和だと謳っていたアースディバル公の功績にわざわざ泥を塗る必要はないという三つの理由が重なり、国はこれを放置した。
村に住む脱税者らは自身の力でこれを討伐したが、怪我人が続出したのだろう。
『ブラッディフリィ』は人の血を吸う吸血型モンスターだ。
その傷の治療に困り、こっそりと薬師教会を訪れ薬を恵んでもらっていたというわけだ。
「黒い悪魔の報告書に載っていなかったのは、アースディバル公の功績に泥を塗ることになるからか、もしくは関連性が無いと判断したのか……。でも聞けて良かったわ」
「まさか、関係があるとでもいうのか?」
私の言葉に驚いた様子のカイト。
メリックは興味深そうに髭を弄りつつ私の横顔を眺めている。
「分からない。今の段階で結論づけるのはまだ早いわ。可能性が多すぎて絞りきれないの」
私の頭の中で巡る数々の病名、症状、治療法。
たとえ原因を究明できたとしても、治療法が確立できるかはやってみなければ分からない。
「可能性……。まったく、お前の頭の中はどうなってるんだよ。国中の薬師がどうにもできないことを、お前なら解決してしまいそうで恐ろしいな」
「何を言うか。ワシがおろう。ワシがこやつをサポートしているからこそ、この難事件は解決に向かうのじゃ。そうじゃろ、ミレイ?」
いつもの調子でそう声を掛けてきたメリック。
私は軽く溜息を吐き、そうですね、と相槌を打った。
確かにメリックには何度も助けられている。
私の暴走を止めてくれるのは、決まっていつも彼なのだ。
「もうすぐ東関門に到着するぞ。そこから北に向えばクルト村が見えてくる。この様子だと昼には到着するだろう」
カイトの視線の先を辿ると東関門が見えてきた。
やはり城専用の馬車だとスピードが桁違いだ。
村で有力な情報が得られれば、今夜中にでもアースディバル公に報告ができるかも知れない。
私は息を大きく吸い、原因究明に向けて気持ちを高めていった。




