カルテ33 王都の光
ラグレス皇国の王都アルガルド。
周囲を数十キロにも及ぶ山岳が囲み、難攻不落の要塞都市としても有名である。
王都に進むためには東西南北に作られた関所を通過せねばならず、行商などの通行人にも厳しいチェックが施される。
国王であるゼリウスポートリル・ラグレス十二世には一人の娘がいる。
先の闘技大会で剣聖の称号を譲り受けたアースディバルは、皇女であるユフィア・ラグレスと婚約の儀を交わし、国民から次期国王としての期待が高まっていた。
だが一部の左翼からは懸念が指摘されていた。
長年アルテナ教を国教としてきた国で、薬師教会と繋がりを持つ者を次期国王として認めても良いものか――。
これに反発した右翼とのいざこざが各地で勃発していた矢先に今回の事件が起きたのだ。
「どれ、そろそろ到着かの」
重い腰を上げ、馬車から身を乗り出したメリック。
辺りは暗闇が広がり、馬車の灯篭と関所の灯りぐらいしか光が見えない。
「南関門を潜ればすぐに王都の灯りが見えてきますよ。ここからでは山岳に囲まれて目視することが出来ませんが、王都の至るところに照明魔法が掛けられておりますから」
「そんなことは知っておるわ。ワシを誰だと思うとるんじゃ、この戯け者が」
メリックに叱られ、大袈裟に肩を竦めたカイト。
それを見て真似をするカルマが面白くて、つい笑ってしまいそうになる。
「……この幻獣はワシのことを馬鹿にしておるんじゃろうか。まったく……ララとは大違いじゃな」
そう言い、カルマを睨みつけたメリックだったが、すぐに溜息を吐き私に向き直った。
「まずは若様の屋敷に向かう。そこで今回の事件の詳細を聞くのじゃ。王に謁見するのは明朝……そこから先の行動はおぬしに任せる」
「私に……? 何故ですか?」
てっきり私はメリックの監視役なのかと思っていたが、そうではないらしい。
彼が勝手な行動をしないように見張るのはカイトだけで十分だということなのだろうか。
「おぬしも頭の回らん奴じゃな。事件が発生し、お前を迎えにあの辺境の街に出向き、そしてまたここに戻って来るまでにどれくらいの時間が経過したと思っておるんじゃ。他の薬師や冒険者はすでに全国に調査に向かっておるからに決まっておろう」
「……つまり、私が最後の招集者というわけですか。ならばあらかた情報は集まっているのでしょうね」
メシアから王都に到着するまでに要した日数は三日。
メリックらが街に滞在したのは一日だから、彼らが王都を出発してからすでに一週間が経過していることになる。
「集まっているのが『情報だけ』ならいいんだがな」
「……黒い、悪魔ね」
カイトは無限に増殖する謎の不死者はすでに一万を超えていると言っていた。
ならばこの一週間でさらに数が増えていると考えたほうが良いだろう。
それだけの数のモンスターが一気に王都に攻め入りでもしたら――。
「事態は急を要する、というわけじゃ。そのような状況でお前を王都に連れ戻したのには当然、理由があることくらい、抜けているお前でも分かるじゃろう」
「……はい。つまり、そういうこと、ですよね」
私に前世の記憶があることを知っているメリックは、それをアースディバル公にも話しているだろう。
過去五年間に及ぶメシアでの実績を考慮し、司祭に昇級させるというのも、今回の招集と話が繋がっていることくらい私にも分かる。
つまり王と剣聖は、前世の知識を使い私に事件を解決してもらいたいのだ。
有能な人間が集う王都の薬師教会でさえ、原因を究明できずに手をこまねいている現状。
これが時間を掛けてでも、私を王都に召集した本当の理由というわけだ。
「現時点でのお前の予想はいくつかあるじゃろうが、今は聞かん。この一週間で更に事態は悪化しているやも知れんからな。全ては若様から詳細を聞いてからじゃ」
メリックはここで一旦話を止めた。
馬車は関所に到着し、門兵から車内の人間と荷物のチェックを受ける。
顔を見れば大司祭だと分かりそうなものだが、魔法による偽装変装などはこの世界では日常茶飯事だ。
綿密な身体チェックを怠れば、たちまち王都は他国のスパイに潜り込まれてしまうだろう。
「ご協力ありがとうございます。大司祭メリック・ローグランド、重剣士カイト・グランバース、薬師ミレイ・シルベリア、及び憑獣カルマ。通行を許可します」
門兵の言葉と同時に重厚な門が魔法の力で開いていく。
私がまだ王都にいた頃はここまで厳重な警備ではなかったように記憶しているが、これも先の事件が原因なのかもしれない。
関所を抜けた瞬間、数キロ先に光が広がった。
王都アルガルドの光。
深夜だというのに周囲の草原や湖、森の奥にまで光が注がれている。
これらの光が外に漏れないのも、周囲をぐるりと囲む山岳地帯すべてに魔法の障壁が敷かれているからだ。
各関門に魔法の支柱が立てられ、そこを中心に山岳を取り囲むといった大掛かりな防護壁。
これも魔法技術が進歩したラグレス皇国ならではなのだという。
「到着したらカイトは宿で休んで。アースディバル公のお屋敷には私とメリック先生で向かうから」
「悪いな。そうさせてもらうよ。宿の手配はしておくか?」
「いらんわ。こやつはワシが教会に連れて行く。前使っていた部屋もそのままにしてあるからの。そこで寝ればええ」
「え? まだあの部屋が残っているんですか?」
もう五年も経過しているのに、私の部屋を残しておいたとは意外だ。
これならばリグロで購入した珍しい薬草を調べたり、薬として加工するのにも手間が省ける。
「当たり前じゃ。おぬしはワシの弟子なんじゃぞ。あんな辺境の街など出て、王都に戻ってきたらいいと何度も言っておいたじゃろうが」
「……でもそれは、ララを自分の手元に置いておきたいという理由ですよね」
「そうじゃ。不服か?」
「……いいえ」
特に何も言い返さず、私は王都に視線を戻した。
ここが私の故郷……と言えるのかは分からないが、悪い気分はしない。
身寄りがない私からすれば、メリックもララも家族のようなものだ。
血の繋がりはないが、家族以上に信頼し、信頼されているのだと感じる。
王都を守ることは、自分の居場所を、家族を、守ることと同じ――。
そう信じ、私は前に進むしかないのだ。




