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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第四号 薬師における分析および患者の隔離について
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カルテ31 薬師という職業

 行商の街リグロに到着した私達は一度パーティを解散し、自由に街を見て回ることにした。

 メリックは酒場に向かい、カイトは鍛冶屋に寄るそうだ。

 私はカルマを連れ、数ある雑貨店をひとつずつ巡っていく。


「やっぱり珍しい薬草がいっぱいあるわね。王都に着いたら薬師教会本部の書庫を借りて成分を調べてみないと」


 肝心の『黒い悪魔』に関する情報集めはカイトに任せ、私は知識欲を満たしていく。

 どちらにせよ大まかな情報は聞き出せたのだから、詳細内容はアースディバル公から聞いた方が早いと判断した。

 むしろ変に質問して回ったほうが街の人々に余計な混乱を招く恐れがある。


 ひと通り薬草を購入した私は洋裁店にも立ち寄った。

 キャラベル夫妻に作ってもらった白衣はボロボロになり修復不可能になってしまったので、今着ている服は何の付与効果もついていない冒険者用の服だ。

 オーダーメイドではなくても、せめて一つくらい薬師魔法の付与効果がついている服を購入しておきたい。


「いらっしゃいませ~。何かお探しですかぁ?」


 店内に入るとさっそく店員が声を掛けてきた。

 私は求めている洋服のサイズと色、それに付与効果がついているものを選んでもらう。


「当店で今現在ある在庫からですと……これくらいしかないですねぇ」


 申し訳なさそうに差し出された服は黒い小さめの洋服だった。

 胸の部分に付与効果を示す紋章が刻まれており、どの薬師魔法が付与させているのか一目で分かる。


「この街には薬師様がひとりもいらっしゃらないので、薬師魔法の付与商品はほとんど置いていないんですよ。魔道師様や奇術師様専用の服でしたら、豊富に取り揃えているのですが……」


「これでいいわ。自動脱出魔法ラ・イヴァキュエイトが付与された服があっただけでも、寄った価値はあるもの」


 洋服を購入し、店を出ようとしたところでカルマの姿が見えないことに気付く。

 どこに行ったのかと探そうと思ったが、彼女は店の奥の展示品をじっと眺めていた。


「どうしたの? この服が欲しいの?」


「……六が六つ、一が十、八が五つ。格子の集合は、この世界の英知」


 ――まただ。

 この前もカルマは似たようなことを呟いていた。

 彼女には一体何が見えているのだろう。


「カルマ。それってどういう意味なのか教えてくれる?」


 カルマの前に屈み込み、優しく問う。

 幻獣である彼女の能力を知っておいたほうが、今後の冒険にも役立つだろう。


「……分からない。ただ数字の羅列が、そう見えるだけ」


「数字の羅列……」


 人の目には見えない、数字の羅列。

 まさかこの世界がコンピューターにより作られた仮想現実の世界だとでも言うのだろうか。

 

「……どうかしているわね、私も。きっと疲れているんだわ」


 突拍子もないことを想像し、頭を振り立ち上がった。

 それでもカルマはまだこの洋服を興味深く眺めている。

 そんなに高い物でもないし、大きさも彼女にピッタリのようだ。


「それ、買ってあげるからお店を出ましょう」


「……うん」


 お会計を済ませ、新しい服を着て店を出る。

 どうやらカルマも洋服を気に入ったようだ。

 少しずつだが、私も彼女の気持ちが分かるようになってきたのかもしれない。


 私達はその足で鍛冶店へと向かうことにした。





「ああ、ミレイか。新しい服を買ったんだな。それにカルマも」


 鍛冶店で重剣の手入れが終わるのを待っていたカイトはカルマを抱き上げ、その様子を上から見せてやった。

 彼の持つ剣はその重さ故、すぐに刃こぼれをしてしまう。

 多少切れ味が落ちたくらいでは攻撃力に遜色はない重剣だが、彼は街に到着するとすぐに鍛冶店に寄り、手入れをしてもらうのだという。


「キャラベル夫妻に作ってもらった白衣は、もう着れないからね。脱出魔法イヴァキュエイトが使えない状況の恐ろしさを嫌というほど味わっているし、いつ緊急のリンクが必要になるかも分からないから」


 この言葉の意味は、この世界の人間ならば誰しもが理解できるはずだ。

 カイトが常に携帯している魔法針も、なにかの拍子で効果を失うことがあるかもしれない。


「確かにそうだな。俺が常に重剣の手入れを鍛冶師に頼むのも同じような理由だ。大きな事故が起こるときは、決まって気が緩んだときだからな。『常に気を張る必要はないが、緊急時に何も出来ない状況だけは作ってはならない――』」


「『――何故なら、この世界に回復魔法は存在しないのだから』。ふふ、懐かしいわ。今でもギルド本部は変わっていないようで安心した」


 二人で笑っている姿をカルマが首を傾げて眺めている。

 これはギルドに登録したての冒険者が教官から学ぶ、最初の教訓ともいえる言葉だ。

 冒険者の登録数は年々増加しているのだが、実際に稼働している冒険者の数は減少傾向にある。

 つまり、クエスト中に命を落とす者が後を絶たないということだ。


「いや、そうでもないぞ。今度の王立議会では『クエスト同伴者のうち最低一名を薬師にしなければならない』という決まりが法で定められるそうだ。今までも提案はあったんだが、とうとう議会が重い腰を上げたという感じだろうな。メシアに置いていった薬師見習いも研修の一環という名目らしい」


「へぇ、そうなのね。でもそうなったら薬師教会の本部も人員の確保に苦労するわね。薬師の資格を得るには、あのメリック先生の厳しい試験に合格しなくちゃいけないし……」


 薬師を志す者が少ない原因のひとつが、メリックが教官を務める薬師採用試験だ。

 基本的な知識や技術が求められるのは当然なのだが、それ以外に応用力・発想力に重きを置いていると本人は豪語していた。

 メリックの言う応用力とは、緊急時における行動力や決断力に関するものが多く。

 また発想力とは、既成概念にとらわれない自由な発想をいかに実行し結果を残すことができるか、ということに尽きるのだとか。


 しかしどれだけ素晴らしい成績を残せたとしても、メリックが納得できる内容でなければ試験に合格することはできない。

 年に二回行われる薬師試験の合格率が全職業の中で最低である所以はここにあるのだ。


「本人は気にせずのんびりしていたけどな。試験問題を簡単にするつもりもないらしい。教会本部の連中も頭を抱えているみたいだったよ」


「……そうでしょうね」


 二人して同時に溜息を吐く。

 あのメリックが大司祭という立場にいる限り、薬師の数が大幅に増えることはないのかもしれないと思うと、私まで頭が痛くなってきてしまう。

 慢性的に人手不足の状況を、薬師のトップが自ら招いている状況なのだから笑えない話だ。


「お、そろそろ手入れが終わるみたいだな。宿と馬車の手配は済んでいるから、今日はこの街に泊まって、明日の朝に王都に向かうとしよう」


「ええ。私とカルマは先に宿に行っているから、先生のほうは宜しくね」


「おいおい、俺も今日はもう休みたいぜ。一緒に宿に行くよ」


 メリックの面倒を押し付けられるのを嫌がったカイトは、慌てて私の後を追ってきた。

 流石のカイトも彼の話を一晩中聞かされるのはかなり厳しいらしい。

 街の中は安全だし、私達も少しだけ羽を伸ばしても罰は当たらないだろう。


 私はカイトと共に鍛冶屋を後にし、宿へと向かった。



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