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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第四号 薬師における分析および患者の隔離について
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カルテ29 未知の能力

「では、後のことは頼んだぞ」


 出発の準備を終え、診療所に残る薬師見習いに声を掛けたメリック。

 深く頭を下げた彼らの横にいるララに視線を向け、名残惜しそうな顔をしている。


じじ様! 道中でミレイ様と喧嘩したら駄目ですからね!」


「う……。あ、いや、ワシは別にミレイと喧嘩なんぞ――」


「言いわけする爺様はキライなのですー!」


 ぷいっとそっぽを向くララを前にオロオロするしかできないメリック。

 これでは誰もが尊敬する大司祭という肩書も台無しだ。


「どれくらいで帰って来れるか分からないけど……。街の皆のことを守ってあげてね、ララ」


 彼女の頭を撫でてやると、すぐに機嫌を戻し笑顔になった。

 それを横目に悔しそうな顔をするメリック。

 もういい歳なのだから、こういうところで張り合わなくてもいいと思うのだが、彼の場合は仕方がない。

 権威とプライドの狭間で何十年と薬師教会のトップとして君臨し、今も尚国王や剣聖に一目置かれる存在なのだから。


「名残惜しいのも分かりますが、出発いたしましょう」


 苦笑したままカイトはメリックの背中を押した。

 だんだん彼の扱い方が分かってきたらしいが、それを見てまたブツブツと文句を言っているメリック。

 やれ年寄りの扱いが悪いとか、王都に戻ったら国王に告げ口してやるとか。

 ……権威とプライドの狭間にいるというよりは、ただの僻みっぽい老人と化してきているのかもしれない。


 小さく溜息を吐いた私は、ゆるい丘を振り返り診療所を眺めた。

 この街を離れるのは何年ぶりだろうか。

 近くに薬草の原料を取りに行くくらいしか、この街を離れることなどなかったのだ。

 そろそろこの街に骨を埋める覚悟をしようとしていた矢先に、今回のこの事件――。


 詳細は不明だが、『人類滅亡の危機』とは一体どういうことなのだろうか。

 

 不安を胸に、カルマを含めた私達四人は辺境の街メシアを後にした。





 街を出発し、北東に伸びている街道をゆっくりと歩く。

 メシアには馬車が存在しないため、このまま近隣の街まで歩いて向かう予定だ。

 その町で馬車を購入し遥か北にある王都へと向かう。


「どうだ? 傷はまだ痛むか?」


 先頭を歩くカイトが後ろを振り向き、私の容体を心配してくれた。

 全身に巻かれた包帯が見ていて痛々しいのだろう。


「いいえ、問題ないわ。元々そんな大した傷じゃないし、王都に着く頃には包帯も取れると思う」


 国王に謁見するのに、流石にこの格好はまずいだろう。

 すでに血は完全に止まっているし、ララに縫ってもらった箇所さえきちんと傷が塞がれば問題はない。

 感染症の対策も万全だし、今回の遠征は戦いを中心とした『冒険者』として参加するわけでもない。

 私は薬師として知恵を貸すだけなのだが、とはいえメリックがいるこの状況で私に口を挟む余地があるのかは疑問だ。


「カルマよ。現世の居心地はどうじゃ。異界にいるより退屈せんで良いじゃろうて」


 大きく欠伸をしたメリックは私の横を歩くカルマに声を掛けた。

 カルマは首を傾げるだけで何も答えず、さして興味もなく話を振ったメリックは鼻をほじって明後日の方向を向いている。


「メリック殿は小さい子共全てに興味があるわけではないのですね」


「あぁ? それはどういう意味じゃ。ララのことを言っておるのか? あの子はワシの孫みたいなもんじゃ。それくらい見て分かるじゃろうが」


 カイトの言葉がまたしても気に入らなかったのか。

 眉を吊り上げたメリックはカイトに詰め寄ろうとした。

 それを見た私はすぐさま間に割って入ろうかと思ったが、間を置かずにカイトは謝罪の言葉を発した。

 今しがたララに説教されたばかりだと思い出したのか、メリックもすぐに怒りを収め再び鼻をほじりだす。


「……」


 カルマは何も答えない代わりに私の服の裾を引っ張った。

 私はその合図が何なのかすぐに気付き、彼女を抱き上げる。


「ごめんなさい、カイト。ちょっとだけ待ってくれる?」


「? どうした?」


 歩みを止め、私とカルマを振り返るカイト。

 メリックだけは特に気にせず、先に歩いて行ってしまった。


「この子が私の服の裾を引っ張る時は、いつもトイレの合図なの。もう……出発するときに済ませておけば良かったのに」


「ああ、そういうことか。ちょうどそこに岩陰があるな。俺はここで待っているから、済ませてくるといい」


 そう言ったカイトはどんどん先に進むメリックを見て大きく溜息を吐いた。

 しかしこの街道付近にはモンスターは出現しないし、そもそもメリックが雑魚モンスターにやられるはずもない。

 彼にしか使用できないとされる薬師魔法の中には、魔道師顔負けの攻撃魔法として利用できるものも多数存在する。

 恐らくカイトは護衛というよりも、メリックが勝手な行動を起こさないために王都のギルド本部より派遣された監視役、といったところなのだろう。


「ううん、ごめん。やっぱり貴方はメリック先生のほうをお願い。見失うと色々と大変でしょう? すぐに追い付くから」


「……ああ。お互い、大変だな」


 うなだれたまま腰に手を当てたカイトは、すぐに頭を振りメリックの後を追った。

 それを確認した私はカルマを抱いたまま岩陰へと向かう。


「……」


 小便を終えたカルマの手を竹水筒の水で洗い、木綿の布で拭いてやる。

 それを何も言わずにされるがまま見下ろしているカルマ。

 幻獣とはいえ、彼女は食事もすれば排泄もする。

 普通の人間の子供との違いを見つけるほうがよっぽど難しい。


 彼女は足元に転がる石を見つめていた。

 今しがた手を洗ったばかりなのに、拾われてはまた手を洗わなければならない。

 再び彼女を抱き上げカイトらの元に戻ろうとした時、彼女の呟きが私の耳に聞こえてきた。


「……十四が一つ、八が四つ。星の集合は、この世界の根源」


「え……?」


 言葉の意味が理解できず聞き返したが、彼女はそれ以上何も話さなかった。

 稀に彼女はこういった意味不明な呟きを漏らす。

 

 しかし、今はメリックに追い付くことが優先だ。

 彼女を地面に立たせ、急ぎ足で街道に戻ろう。


 私はカルマと共にカイトらの後を追った。



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