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薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第四号 薬師における分析および患者の隔離について
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カルテ28 回復魔法の消失

 雨音が街の喧騒をかき消す。

 一晩中酒を飲み上機嫌なメリックを連れ、私とカイトは街の人々に出発の挨拶を済ませた。


「おぬし、魔術学園の講師なんぞもやっておったんじゃな。王都を離れて久しいが、そんなにこの街がいいか」


 先ほどカルマに聞かれたことと同じようなことを言うメリック。

 私に酒臭い顔を向け、眉間に皺を寄せる様子を楽しんでいるようにも見える。


「ええ。先生の元にいるよりも気楽ですし、それに教会本部にいるより、あれを・・・研究する時間が多く確保出来ますから」


 私の言葉に首を傾げたのはカイトだ。

 それを見て真似するように首を傾げたカルマ。


回復魔法ミラクリア、か……。まだそんな夢を見ておるのか。それが不可能だということくらい、薬師の端くれであるおぬしにも分かっておろう」


 大きくため息を吐き、私から顔を離したメリック。

 かの大司祭といわれる彼でさえ、たどり着けなかった薬師魔法の境地。

 そんな奇跡の魔法を、私はいつかこの世界に復活させたいと考えている。


「遠い昔に勃発したとされる神々の戦争――。女神アルテナの勝利により世界に平和が齎されたが、同時に、薬神パテカトラの敗北により奇跡の魔法と呼ばれた回復魔法ミラクリアは消失した」


 雨の降り止まない中央通りには私達以外に人はいない。

 メリックの魔法により周囲に薄い膜のようなものが張られ、私達は雨を凌いでいる。

 彼は続ける。


「かの女神も狡猾な女じゃて。薬神の国をまず先に滅ぼし、癒しの力を我が物とする。倒しても倒しても次々と蘇る女神兵を前に、反逆を起こしていた他の神々も、魔族も、亜人族もまったく歯が立たん。全ては薬神パテカトラの力の恩恵じゃというのに、女神は世界を統一した瞬間にその力を封印しおった。パテカトラごと・・・・・・・、な」


 その話は教会本部にいた頃にも聞いたことがある。

 本来の教典にはない、裏教典の内容だ。

 史実では女神アルテナと薬神パテカトラは戦後に結ばれ、その子孫が現在の人間族にあたるとされている。

 この世界にいる大部分の人間がアルテナ教徒で、次に多いのが薬師を中心としたパテカトラ教徒であるのもそのためだ。


「ですがメリック殿。俺らみたいな冒険者が食っていけるのも、女神アルテナの恩恵があるからです。女神が指定する駆逐モンスターを倒すことにより得られる貨幣で、王都が建国されたことは事実のはず」


 カイトが堪らずメリックの話に割って入る。

 確か彼もアルテナ教徒だったはず。


「ワシが言っておるのは、『やり方』の部分じゃよ。駆除モンスターの討伐報酬じゃて、自身に邪魔な存在を指定し、人間族に殲滅させているだけに過ぎん。ある日突然、奴の気が変わって討伐対象が同じ人間になったら、おぬしはどうするのじゃ」


「いや、そんな突拍子もないことが起こるはずがありませんよ。メリック殿のおっしゃる裏教典の話も眉唾ものだと言われているではありませんか。我々の先祖は母である女神と父である薬神です。ミレイもそう思うだろう?」


「え……? あ、うん。まあ……」


 急に話を振られ、どう答えていいか分からず適当に返事をする。

 そもそもどちらの説も事実を確認する術が存在しないのだから、議論を交わすこと自体に意味があるのか疑問だ。

 『史実』とは、時の権力者により創造されるものだ。

 この世界に広く伝わっている過去の歴史も、何代も前の国王が記録した書物が元となっている。

 それ以外に歴史を証明する遺物は、世界中のどこからも発見されていないのが現状だ。


「……アルテナ。世界を騙す女神。パテカトラ。世界を壊す薬神」


 私とカイトの間で、ぽつりと呟いたカルマ。


「ほら、メリック殿。貴方が変なことを仰るから、この子が間違った知識を身につけてしまったじゃないですか」


「ワシのせいか! おぬし、ちょっと若様から期待されているからと、調子に乗っておるんじゃないのか!」


 ついにメリックが激怒し、カイトの胸倉を掴もうとした。

 私はその腕を掴み、作り笑顔でメリックを諭す。


「先生。飲み過ぎなのではないでしょうか。あまり騒ぐのでしたら、ララに告げ口しますよ」


「う……。それは……困る」


 急にしおらしくなったメリック。

 彼が人生で最も恐れているのは、最愛のララから嫌われることだ。

 私は彼から手を放し、肩を竦めてカイトと目を合わせた。


「ごめんなさいね。歴史の話になると、いつもこうなの」


「いや、俺も熱くなってしまって反省している。メリック殿の護衛を頼まれておいて、これでは務まらんな」


 どうやらカイトも熱が引いたようだ。

 これから四人で王都までの長い道のりを旅するというのに、険悪なムードのままでは先が思いやられる。

 今後は歴史や史実の話は禁句としよう。


「あ……」


 分厚い雲の切れ端から光が差し込んできた。

 良かった。どうやら出発する頃には雨が上がりそうだ。

 このまま一度診療所に戻り、遠征に必要なものを揃えよう。


 私はメリックの背中を押し、ゆるい坂を上っていった。



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