カルテ25 愛する人達の元に
――ここは、どこだろう。
ああ、そうか。
ここは私が入院していた病棟だ。
右膝に発生した悪性の骨肉腫は全身に転移し、私は二十五年の人生に幕を降ろした。
親や親戚が私の亡骸を見下ろし、泣いている。
『どうしてこんなに若くして死なないといけないの?』
『楷人さんだって、こんなに頑張ってくれたのに』
――楷人?
なぜ私を捨てた元恋人を、そういう風に表現するのだろう。
『これだけ治療費を掛けても助からないんじゃ、何のために医者がいるんだ!』
『お父さん、もうやめて……。お姉ちゃんだって苦しんだんだよ? 楷人さんだって、お姉ちゃんのために昼夜問わず働き続けて、治療費を支援してくれたんだから……』
――これは、夢なのだろうか?
二度目の死を迎える私に、神が幻を見せてくれているのか?
彼が見舞いに来れなくなったのも、連絡が付かない日が多かったのも。
全ては私のためだった、というのだろうか。
でも今更それを知ったところで、私はどうしたらいい?
彼に幸せになって欲しいと願う一方で、彼のことを恨んでいなかったと本心から言えるのだろうか?
――遠くから彼の声が聞こえてくる。
力強くて、優しくて、いつも私を励ましてくれていた声。
その声に引き寄せられて、私の意識は病棟から遥か遠くの上空へと飛んでゆく。
「……ん」
意識が戻る。
前方には巨大化した異常繁殖モンスターが複数の口を開けて私を狙っている。
後方に視線を向けると同じく複数のモンスターが私を狙っていた。
気絶していた時間は、ほんの数秒だったのだろう。
ということは、あれが死の間際に見ると言われている『走馬灯』というわけか。
神様も意地が悪い。
最後にあんな幻を見せるくらいなら、わざわざ現実に引き戻さなくても良いだろうに。
『……イ』
声が聞こえる。
聞き覚えのある声。
力強くて、優しくて。
――私の大好きな、声。
『ミレイ! 無事か!』
「……カイト?」
彼の声はジルの骨を振動させ、はっきりと私の耳に届いてきた。
これは、外部からの声……?
『うわあぁぁん! ミレイ様ぁ! まだ生きていらっしゃいますかぁ!!』
「ララ……」
彼女の声まではっきりと聞こえてくる。
どうやってカイトを連れてきたのかは知らないが、彼女には感謝しなくてはいけない。
最後に、この声を聞きたかった。
前世の楷人とは全くの別人である彼を、私はまた好きになってしまった。
きっと次の人生も、そのまた次の人生も。
私は同じ恋に落ちるのだろう。
モンスターの群れが私を取り囲む。
そして大口を開け、私から栄養源を摂取しようとしたところで、モンスターの動きが止まる。
……これは、薬師魔法?
『まったく。無茶をしおってからに……』
「……メリック……先生……」
カイトやララの声だけでなく、恩師であるメリックの声まで聞こえてくるとは……。
まだ夢から覚めていないということか?
『ララから全て聞かせてもらったぞい。お前のことじゃから、どうせ自分の命と引き換えに、この小娘を助けるとか考えたのじゃろう。命を粗末に扱うなと、あれだけ教えてやったというのに……。お前は一体、ワシから何を学んだのじゃ。この愚か者が』
『爺様! 今はそういう説教はいいですから、早くミレイ様を助けてあげてくださいー!』
『むむ……。まあ、ララが言うんじゃったら仕方がない。……ほれ』
メリックの詠唱と共に私の全身が光に包まれていく。
「精神力が……回復していく……」
この薬師魔法はメリックにしか使用できないとされている、薬神パテカトラから授かった魔法――。
『さっさと残りの病魔を倒して戻って来るのじゃ。……まったく、街に着いた早々から年寄りに精神力を浪費させおって……ぶつぶつぶつ』
『ミレイ様ぁ! がつんとやっちゃってくださいー!』
『ミレイ! 早く倒して、無事に戻って来いよ!』
皆の声援が、私の心を奮い立たせる。
メリックの魔法の効果により、モンスターらも動きを止めたままだ。
「みんな……ありがとう」
立ち上がり、騎士剣を構える。
もう、大丈夫だ。
――ジルは、助かる。
「アレスよ!」
幻獣のアレスを召喚し、再び自身の攻撃力を高めた。
「マディーナ! ファンデル!」
続けざまに二体の幻獣を召喚する。
『ンギギ……? ギギギィ……!』
集合魔法により一か所に集められたモンスター。
そして結合魔法により強制的に一つの巨大な塊と化していく。
脊椎に散りばめられたガン細胞を一か所に集め、一撃で核を仕留める――!
「はあああああああああぁぁぁぁ!!!」
地面を蹴り、融合した核に渾身の一撃を喰らわせる。
破壊されてなるものかと、身動きのできない状況で全身を硬化させたモンスター。
騎士剣の刃が欠け、核に徐々に皹が入る。
『ギシャアアアァァ!!』
薬師魔法の効果が切れ、行動を再開したモンスター。
瞬時に身を捩り、他の細胞から栄養を摂取しようと数本の腕を伸ばした。
「しまっ――」
――ズバン!
『ギ……?』
遠くから飛ばされた斬撃はモンスターの腕を切断した。
――ズドドド!
『ギギギィ……?』
今度は反対方向からミサイルが照射され、モンスターの身体に付着し、行動を抑制する。
私はその瞬間を見逃さずに跳躍した。
ジルも、生きようと必死になっているのだ。
免疫細胞がしっかりと働き、ガンを倒そうとしている。
これは、みんなの力により得られた『勝利』だ。
「……もう、二度と貴方にだけは、会いたくないわ」
振り上げた騎士剣を振り下ろし、核を真っ二つに斬り裂く。
『ギュワアアアアアアアアアアアァァァァ!!!』
――断末魔の叫びを上げた異常繁殖モンスターは、ジルの体内から消滅した。




