カルテ24 ガンの転移
「《探知魔法》」
幻獣のレィディを召喚し、転移した異常繁殖モンスターの所在を探知する。
異界からレィディが出現した瞬間、抉るような痛みが心臓を襲った。
「ぐっ……!」
胸を押さえ、その場に蹲る。
本来、探知魔法に必要な精神力は『小』だ。
たったこれだけの消費でも、自身の寿命を精神力として変換すると、ここまで苦しいものなのか。
今ので一体、どれくらいの寿命が消費されたのだろう。
宙に漂うレィディは冷たい視線を私に向けている。
ふと、幻獣は『神と同じ存在』と言われていたことを思い出す。
レィディもこんな小娘に使役されることなど、これっぽっちも望んでいないのだろう。
探知が完了したのか、彼女は雪のように白い腕を私に向かい伸ばした。
その手が私の頭に触れ、氷のように冷たい指が頭蓋を侵食する。
そしてそのまま脳へと達し、探知により得た情報を直接脳髄へと送り込んできた。
「転移先は……脊椎……」
『脊椎』という言葉を吐いた瞬間、眩暈が私を襲った。
それを横目にレィディは小さく何かを呟き、異界へと戻っていった。
彼女は一体、何と言ったのだろう。
……いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
通常、乳がんの転移先が骨であることは珍しくない。
むしろ肝臓や膵臓など、別の臓器にも転移していなかっただけ幸運と言える。
ジルはまだ麻痺症状などは訴えていなかったはず。
ならば治療できる可能性は大いにあり得る。
まだ、間に合う。
私のように手遅れになる前に、ガン細胞を死滅させることが出来れば――。
――ジルは、助かる。
◇
血流に乗り、脊椎へと到着した。
白衣の付与効果は消失しているので、免疫細胞らに狙われると予想していたが、彼らも体内に巣食う異常繁殖モンスターの存在に気付いているようだ。
私という外敵よりも、遥かに危険度が高いモンスターに対し防衛行動をとっている。
思い返してみれば、ジルの体内にリンクしてから至る所にヒントが隠されていた。
治療開始と同時に襲ってきた免疫細胞の大軍。
初めから活性化された状態で襲ってきた忍者。
彼らは最初からジルを守るために戦っていたというわけだ。
『ギギギィ……』
脊椎内を移動し、異常繁殖モンスターを発見した。
奴らは腰椎を破壊し、無限に増殖を続けている。
私は再び幻獣ヘスペラレテスを召喚する。
一時的に増殖行動を忘れさせ、その間に殲滅するしか方法はない。
「ぐ……うぅ……!」
痛む心臓を押さえ、それでも膝を突かずに奴らを睨みつけた。
あと少しでいい。
あと少し、私の命がもってくれれば、それで――。
『ギィ? ギギギ……』
忘却魔法が発動し、互いに首を捻り顔を合わせているモンスター達。
私は騎士剣を構え、奴らの前に躍り出る。
「はああああぁぁ!」
死にもの狂いで、目の前の敵を斬る。
斬る、斬る、斬る、斬る、斬る――。
『ギシャアアァァ!!』
断末魔の叫びを上げたモンスターを踏み台に跳躍する。
すると、同時にこちらに向かって飛んできた別の奴らに押し潰されてしまう。
「ちぃ……!」
次々と圧し掛かる奴らを蹴り飛ばし、その場で大きく回転し剣を振るう。
弾かれた剣が宙を舞ったが、それを掴まずに懐に隠していた魔法剣を剥き出しの核に投げつける。
『ギリョオオオォォ!!』
そのまま跳躍し騎士剣を掴む。
そして天井に張り付いている奴らの塊を真っ二つに斬り裂いた。
「あと少し……あと、少し……」
徐々に目が霞んでいく。
精神力が枯渇したまま戦闘を繰り返している影響だろう。
もう、私は何も失いたくない。
失うくらいならば、代わりに自分の命を差し出したい。
『ギシャァ! ギシャシャァァ!!』
まだ核を潰されていない死にぞこないが十体ほど一つに固まった。
そして融合を繰り返し、この世の者とは思えない醜悪な化物に変貌した。
「あ……」
再び剣を弾かれ、その場に立ち尽くしてしまう。
十の口が私を喰い殺そうと、その瞬間を狙っていた。
「《照明魔法》!」
『ギギ……!?』
幻獣のカルデラを召喚し、一瞬だが相手の目を眩ませた。
奴らの足元を潜り抜け、地に刺さった剣を抜き体勢を整える。
『ググゥ……。グルルル……』
獲物を逃し、悔しそうに呻く化物の塊。
背後からも残りのモンスターらが私の存在を嗅ぎつけ集まってくる。
――どうする?
先にあの化物の核を潰すか、それとも背後の敵を蹴散らすか。
私に魔道師並みの攻撃魔法があれば、まとめて倒すことも可能なのに。
何か、ないか?
私の残りの寿命で、唱えることのできる薬師魔法は――。
ふと去り際に見せたレィディの表情が脳裏に浮かんだ。
そして彼女が何と呟いたのか、今になって気付いたのだ。
彼女は確かに、こう言った。
『貴女はここで、死を迎えることになるでしょう――』
氷の微笑を浮かべたレイディを思い描いたまま、私はその場で気絶した。




