表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第三号 薬師における検査および難病の指定について
25/42

カルテ23 私自身の命を精神力に

『ンギシャアァァ!!』


「はああぁぁ!!」


 青く輝く騎士剣を力いっぱいに振り抜く。

 異常繁殖オーバーグロウスモンスターは胴体を真っ二つにしても死ぬことはない。

 奴らの体内に存在する弱点――コアを潰さなければ半永久的に増殖を続け、周囲の組織を犯していく。


「アレスよ! 契約に従い、我に力を!」


 幻獣のアレスを召喚し、闘争魔法ストライフを自身に唱える。

 脳内にアドレナリンが充満し、攻撃力が格段に上がっていくのが実感できる。


「《スライドレイド》!」


 渾身の力を込め剣技を炸裂させる。

 滑るような剣閃が宙を舞い、奴らの返り血が私の真っ白な白衣を緑色に染め上げていく。


「ンギ……! ギギギギィ!!」


 胴体を切り離された奴らの集団が一つに融合していく。

 この世の者とは思えない醜悪な姿で、それでも貪るように栄養を吸収し増殖を繰り返していく。

 効率良くコアを潰していっても、奴らの増殖力のほうが上回ってしまえば意味がない。

 

 ――ならば、少しの間だけ増殖行動を・・・・・忘れてもらおう・・・・・・・


 再び私は幻獣を召喚する。

 幻獣の名は『ヘスペラレテス』。

 使用する薬師魔法は『忘却魔法オブリヴィジョン』。


 バクのような姿の幻獣が異界から召喚される。

 王立図書館で新たに習得して以来、今回が初めての使用となる魔法だ。

 ヘスペラレテスは大きく欠伸をし、やる気のない目で増殖を続けるモンスターらを睨みつけた。

 

『……ギギィ?』


 首を傾げたモンスターは栄養の摂取を止めた。

 どのくらいの時間、効果が継続するかは不明だが今がチャンスだ。

 効果が喪失したら、再び幻獣を召喚すれば良い。

 この魔法は精神力をさほど消耗しない。

 あの時、王立図書館で習得しておいて本当に良かった。


 再び地面を蹴った私は、動きを止めたモンスターを十字に斬り裂く。

 切り口から緑色の液体に混ざり、コアが出現した。

 私はそれを正確に潰し、次の敵に照準を定める。


『ギッギッギ! ギリギリギリ……!』


「一時的に増殖を止めたといっても……まだまだいるわね」


 小さくため息を吐いた私だが、手を休めている暇は無い。

 この間にもジルの体内は奴らに汚染され、徐々に生命力を削られているのだ。

 まずは乳房内にいるガン細胞を全て除去し、転移する可能性のある臓器を全て見て回らなければならない。

 乳がんであれば、予想される転移先は骨や肺、脳、肝臓など様々だ。

 リンクをスタートした地点が肝臓付近だったと仮定すると、そこで異常を発見できなかったことから、転移をしている可能性が一番低いと考えられる。

 ならばここを片付けたら、次に向かう先は――。


『ギシャアアァァ!』


 増殖を止めたモンスターは一斉に私に飛び掛かってきた。

 食事という行為を制限されたことにより、目の前の標的を殺戮することに舵を切るしか無いようだ。

 これが私にとって好機となるか、仇となるか――。


 騎士剣を構えた私は、一匹ずつ確実に仕留めていくことに集中した。





『ンギィ……ギギ……』


 周囲にはモンスターの死骸の山が積み上げられている。

 もう一体どれくらいの時間が経ったのか分からない。

 まだ三時間ほどしか経過していないかもしれないし、半日は過ぎたかもしれない。


 精神力はほぼ底を突いた。

 時間をおけば自然に回復していくものだが、戦闘が続けばそれも追いつかない。

 私は肩に受けた傷を押さえ、その場に倒れるように膝を突いた。

 ふと気が付くと、白衣に刻まれた紋章の光が消えかかっているのが見えた。

 弱弱しい光はやがて消失し、辺りは一斉に暗闇と化した。


「白衣の付与効果も喪失、か……。このボロボロの白衣を見たら、きっとミーシャは怒るでしょうね」


 半ば自虐的に笑ったが、すぐに思い直し立ち上がる。

 乳房内のガン細胞はほぼ死滅させた。

 そして奴らとの戦闘の際に細胞内に良性のしこり・・・を発見した。


 つまり、ジルは乳腺症も合わせて発症していたということになる。

 本来痛みを発症しない乳がんが痛みを伴っていた原因はここにあった。


 暗闇の中で、私は天を仰いだ。

 白衣の効果が消失したということは、自動脱出魔法ラ・イヴァキュエイトを唱えてここから脱出することができなくなったということだ。

 精神力も底を突いている。


「……もう、これしかないわね」


 まだ、最後の手段が残っている。

 残りのわずかな精神力で、唯一使用できる薬師魔法――。


「――私自身の命を、精神力に」


 目を瞑り、幻獣を召喚する。

 異界から現れたのは和服を着た立派な髭を蓄えた老貴族だ。

 幻獣の名は『ウガノミタマ』。

 使用する薬師魔法は『魂命魔法ソウルバーニング』。

 自らの寿命を精神力の代わりに消費する魔法だ。


 ウガミノタマは深く頷き、手に持った鈴をりんと鳴らした。

 その瞬間左目に鋭い痛みを感じ、代わりに右目が冴えわたり視野が良好になる。

 何故このような影響が現れるのかは分からないが、これくらい見えれば暗視魔法ナイトビジョンを唱える必要はなさそうだ。


 役目を終えた老貴族は異界へと戻っていく。

 ここから先は、私の残りの寿命と奴らとの戦いになる。

 少しでも精神力の消耗を抑えなけば、最後の一匹まで殲滅するのは困難だろう。


 最後まで、決して諦めない。

 そう、決めたから。


 私は来た道を振り返り、再び血液の中へと潜っていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ