カルテ21 幻獣マリオネット
免疫細胞らの追撃を振り切り、私とララは無事に血液の中へと入ることができた。
そのまま血流に沿い心臓へと運ばれたことから考えるに、恐らく腎臓か肝臓付近にリンクした可能性が高い。
心臓のポンプ作用により大動脈に乗り、最短で乳腺付近の毛細血管まで向かおう。
「ふいー、一時はどうなることかと思いましたけど、なんとか振り切りましたねぇ」
私に抱えられたままララが大きくため息を吐いた。
追手に追われている間、彼女は何度も火魔法を詠唱したため精神力が著しく低下している。
このまま何事もなく乳腺まで辿り着いて、早いところ診断を済ませてしまいたい。
「でも本当、キャラベルさんが作ったお洋服の効果はすごいですねぇ。このお洋服のおかげでミレイ様の治療効率もグンと上がりましたし。というか、私が足を引っ張ってしまって、申し訳ないくらいなのですけれど……」
「そんなことないわ。確かにキャラベルおばさんが作ってくれた白衣の付与効果はすごいけれど、ララがいなければ救えなかった患者さんも沢山いるでしょう? こうやって一緒にリンクしてくれるだけじゃなくて、診療所の激務もこなしてくれているし。本当に助かっているわ」
「ミレイ様ぁ……」
私の答えに安心したのか、表情が緩み目を潤ませたララ。
こんな小さな身体で精一杯働いてくれている彼女を、私は心底尊敬しているし信頼もしている。
「ここ数週間は患者さんが多すぎて、白衣の効果の検証も途中までしか出来ていないものね。本当は時間をかけて検証したいところなんだけど、早くジルの胸の張りの原因を特定しないと――」
――ザシュッ。
「え……?」
急に左わき腹に鋭い痛みを感じ、そのまま片膝を突いてしまう。
何だ……一体……?
「ミレイ様ぁ! 敵です! 今、一瞬だけ姿が見えましたぁ! でも今は止血を……!」
私の胸から飛び降りたララは魔法を詠唱し、魔法針と糸を召喚した。
そして私の白衣と下着をたくし上げ、合図を待つ。
すぐに意識を集中させた私は薬師魔法を詠唱し、青紫色の煙とともに幻獣のマンドレイクが召喚された。
頭に大きな葉を付けたその幻獣は、麻酔魔法を司る神だ。
マンドレイクはつまらなそうに頭から葉を少しだけ毟り、それを私のわき腹にあてた。
「いきますよ、ミレイ様ぁ……!」
局部麻酔が掛けられたことを確認したララは針と糸を使い、瞬く間に傷口を縫い合わせてしまう。
その間、わずか数秒の出来事だ。
「ありがとう、ララ。敵はどんな姿だった?」
痛む傷口を押さえ、敵の次なる攻撃に備える。
不可解な点はいくつもあるが、まずは少しでも情報を得なければ命を落としてしまう可能性が高い。
「あれは、和の心……『忍者』の姿だったと思います!」
「忍者?」
姿を隠しつつ、攻撃を仕掛けてくる忍者……。
しかし、今の私は白衣の付与効果で免疫細胞らに感知されずにリンクしているはずだ。
まさか他にもジルの体内にリンクしている人間が……?
「危ない! ミレイ様ぁ!」
ララが叫び声を上げて私の身を屈ませる。
そして次の瞬間、頭上付近を鋭い斬撃が音を立てて通過した。
「あれは……さっきのお侍さんの『飛ぶ斬撃』!」
真っ青な顔でララはそう叫んだ。
ララの言う『お侍さん』とは、キラーT細胞のことだろう。
ということは、あの飛ぶ斬撃はパーフォリン……?
「……そうか、そういうことなのね」
「? ミレイ様?」
立ち上がり、周囲を注意深く観察する。
だが私が探しているのは、攻撃を仕掛けてくる忍者ではない。
「早く逃げましょう! 私もいつまで攻撃方向を予測できるか分かりません!」
私の真意が読めず、服の袖を一生懸命に引っ張るララ。
しかし逃げても同じことだ。
あの忍者はララではなく、私に狙いを定めている。
こうなってしまっては逃げることは困難だ。
恐らく奴は、この血液中にかなりの数が存在する。
敵の次の攻撃を警戒しつつ、周囲の組織に目を凝らせる。
すると血管壁の窪みに隠れるように、法衣を着た人型モンスターを発見した。
「いたわ! ララ、あの僧侶姿のモンスターを捕まえて!」
「忍者の次は僧侶ですか……! もう何が何だか分かりませんが、承知したのであります!!」
ビシッと敬礼のポーズをしたララは、隠れている僧侶に突進した。
慌てて逃げようとした僧侶だったが、あえなくララに捕えられ、首根っこを掴まれた。
「どうしましょう! 倒しますか! 燃やしますか!」
ララの言葉に驚き、完全に怯えてしまった様子の僧侶。
私は彼女と僧侶の元に走り、もう一度薬師魔法を詠唱した。
黄緑色の煙とともに現れたのは、糸に四肢を吊られ不気味な笑みを浮かべている幻獣だ。
幻獣の名は『マリオネット』。
司る魔法は操作魔法。
「操作魔法……? この僧侶を操作して、あの忍者を倒すというわけですね!」
ポンッと手を叩き、私の真意を理解した様子のララ。
「いいえ、倒すのではないわ。この子に免疫抑制作用を発現してもらうの」
「メンエキ……ヨクセイ……サヨウ?」
私の言っていることが全く理解できないのか。
しきりに首を傾げて、同じ言葉を何度も呟いているララ。
その間に幻獣マリオネットは僧侶の耳元でブツブツと何かを囁いている。
次第に目がとろんとしてきた僧侶は、ついにマリオネットの僕となってしまった。
操作魔法の効果が発現する対象は、『発動者に対し敵意を持っていないこと』が絶対条件だ。
使いどころが難しい薬師魔法だが、上手く使えば戦況が変わる。
僧侶は覚束ない足取りのまま血流の中央まで歩き、魔法を詠唱した。
周囲の血液内にその魔法が浸透し、次々と忍者が姿を現す。
「に、忍者があんなにいっぱい! ミレイ様ぁ! これは一体……?」
「大丈夫。もう私達を襲ってくることはないわ。つまり、これが免疫抑制作用よ」
忍者の群れは何事も無かったかのように血流に揺らめいている。
そして、そのまま何処かへと消えて行ってしまった。
「さっぱり分かりません! どうしよう、さっぱり分かりませぇん!」
何が起きているのか理解できず、頭を抱えてしまったララ。
だが今は説明している暇はない。
無事にリンクを終え、ここを脱出できたらゆっくりと説明してあげよう。
私は再びララを抱き、血液の流れに身を委ねた。




