表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術剣士ミレイの医療白書  作者: 木原ゆう
診療録 様式第三号 薬師における検査および難病の指定について
21/42

カルテ19 生理不順

 カイトが王都に帰還してから数週間が経過した。

 日々の忙しさからか、私は次第に彼のことを考えなくなっていた。

 患者の数は増える一方で、寝る間を惜しんでの診察が続いていたからだ。


 ある日、ギルド長のグランが診療所を訪ねてくれた。

 その時に終焉のダンジョンが踏破されたことを知った。

 グランの予想どおり最下層は十八階層で、ガフガリオンキャタピラーの巣がそこにあったらしい。

 最後の階層主であるボスモンスターも奴らの親玉らしく、全身に猛毒の棘を仕込んだ化物だったという。


 だが王都から派遣された冒険者らは毒対策を怠らなかった。

 それもこれも私やカイトのおかげだと、グランは満面の笑みで言ってくれた。


 ふとカイトのことを聞こうか迷ったが、きっと彼ならば上手くやっているはずだ。

 もしも彼に危機があるようであれば私の耳に届くはずだし、王都には大司祭のメリックもいる。

 いつかもう一度再会したときに、胸を張って堂々と彼の目を見ることができるようになっていたい。

 人として、薬師として、私はもっと成長しなくてはならないのだから。



「ミレイ様ぁ~。最後の患者様が帰られましたよぅ。いやー、今日も忙しかったですねぇ」


 診察記録を眺めていた私に声を掛けてきたララ。

 彼女もここ数日、ずっと寝不足が続いている。

 そろそろ助手を増やさなければ二人とも倒れてしまうかもしれない。


「うん。ここ最近、体調不良を訴える患者さんが増えたからね。空気も乾燥しているし、風邪のウイルスが大量に飛散しているの」


 診察記録を書棚に戻し、その横にある薬棚に視線を向ける。

 ここ数日で最も処方した薬は妖狐散だ。

 これも古くから薬師教会に伝わる薬で、葛湯のように身体を温めて免疫機能を向上させる目的で処方される。


「むむむ……。あのウイルスとかいうモンスターは厄介ですよねぇ。どんどん周りの魔力を吸収して、際限なく分裂していきますし……。すぐに精神力が枯渇しちゃいますよぅ」


 大きくため息を吐いたララはテーブルの席にちょこんと座った。

 彼女が言っているのは以前の治療のときの話だろう。

 咳の症状が長引いた患者の肺にリンクし、増殖を続けるウイルスを直接殲滅しようと試みたのだが、これには多大な労力を費やした。


 一体一体はザコモンスターにすら匹敵しないほどの風邪ウイルスだが、それらが何百万、何千万という大軍を率いて肺の機能を阻害してくるのだ。

 倒せど倒せど増殖は止まらず、しかも周囲の組織から栄養を吸収し更に数を増やしていく。

 こうなってしまっては私とララだけでは対処できない。

 試行錯誤の結果、私は闘争魔法ストライフを用い、患者の体内に存在する免疫細胞を強化し、大軍と大軍の戦いに舵を切ったのだ。


 患者自身に備わっている自己防衛反応を利用し、病魔を絶つ。

 思い返してみれば、恐らくこれが最も理想的な治療法だったように思う。


「そろそろ夕飯にしましょうか。ララは何か食べたいものはある?」


「はい! 今夜はお外に食べに行きたいのであります!」


 ビシッと肘を伸ばし、手を上げたララ。

 確かにこの時間から夕食を作ると夜中になってしまう。

 まだ飲食街が閉まるまでは時間があるし、たまにはララと二人で外食をするのも良いのかもしれない。


「じゃあ、着替えたらすぐに出掛けましょう」


「了解であります!」


 元気良く答えたララは椅子から飛び降り、寝室へと向かって行った。

 私は彼女の後姿を笑顔で見送り、白衣を脱ぐ。


 ――と、同時に診療所の扉が開いた。

 なんだろう、こんな時間に。

 嫌な予感がした私だったが、扉から顔を出した人物を見て溜息を吐いた。


「何よ、ジルじゃない。ちょうど今診察が終わったから、たまにはララと一緒に外食にでも行こうかと――」


 私はそこで言葉を止めた。

 何故ならジルが胸を抑えて蹲っているからだ。


「ちょ、ちょっと……! どうしたの? 胸が痛むの?」


 慌てて彼女の元に駈け寄る。

 すぐに屈み込み、彼女の表情を窺った。


「うん……。急に胸が痛くなって、もう遅い時間だから明日ミレイに見てもらおうと思ったんだけど……」


 額に脂汗を滲ませ、苦痛で顔を歪ませながらそう答えたジル。

 私は彼女に肩を貸し、診察台まで運び、座らせた。

 そしてそのまま触診を行う。


 ジルの胸はかなり張っていた。

 身体全体が熱っぽく、汗もじっとりと掻いている。


「最近つわりも酷くて……。さっきも吐いてきたばかりなんだ。はぁ……。赤ちゃんが出来るって、こんなに辛いんだね……」


「ちょっとそこに横になって。たぶん妊娠の影響だと思うけど、調べてみるから」


 脱いだばかりの白衣に袖を通し、彼女の診察書を書棚から取り出す。

 以前にも彼女は胸の張りを訴えていた。

 その時の診断では『生理不順』となっていたはずだ。

 彼女のような女性冒険者には出やすい症状で、激しい戦闘を繰り返すことにより女性ホルモンのバランスが崩れ、様々な不快症状が発症する。


「……あれ? ジルさんじゃないですか……って、大丈夫ですかぁ!?」


 着替えを済ませたララが慌てて駆け寄ってくる。

 私は彼女を抱き上げ、ジルの様子が見えるように椅子の上に立たせてやった。


「ララ。ジルの体内にリンクするわ。外に食べに行くの、もう少し待ってくれる?」


「もちろんですよぅ! 私もご一緒します!」


 真剣な表情で元気よく答えてくれたララ。

 私は小さく首を縦に振り、ジルの額に自身の額をそっと触れさせる。

 彼女の熱が直に伝わり、それと相反するように私の心は氷のように冷たくなっていった。


「ごめんね、ミレイ、ララちゃん……。この埋め合わせは今度、絶対にするから……」


「いいから。睡眠魔法スリーパーを掛けるわよ。ゆっくり目を閉じて、大きく息を吸って……」


 言われた通りに目を閉じたジルは深く息を吸った。

 私は魔法を詠唱し契約幻獣であるレムを召喚する。

 診療所に薄い霧が発生し、上空には尻尾が二本生えた猫型の幻獣が出現した。

 その幻獣が大きく欠伸をすると、ジルは静かに寝息を立てて眠ってしまった。


 そして、私は小さく呟いた。


「――治療開始リンク・スタート



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ