81 その責任
所長さんはサークル状の観測基地をゆっくり歩きながら、私に施設の概要を話してくれるみたいだ。
マリサ先輩が、どこかから取り出した、手に持っても熱くない程度だけど、飲むのには丁度温かいココアを渡してくれる。それも、観測所の気温が低いことを見越して。
ほんとこの人何者なんだ……──。
「ここは奥多摩特異点観測所。読んで字のごとくだけど、まだ入学したばかりの学生さんにはあまり関わりが無いから一から説明しようと思うよ」
「よろしくお願いします!」
「まず、ここの運営母体は騎士協会。騎士協会は知っての通りヴァチカンの日本支部だ。であればヴァチカンの直轄管理ではないのかと思うかもしれないが、それもまた少し複雑で、ヴァチカンがこの観測所に口を出すことはできない。外交上の取引でね。ちなみにその条項には魔刃学園も含まれる」
「え、ヴァチカンって魔刃学園には口出しできないんですか?」
「それどころか如何なる組織もね。うちは国交省の管轄だけど、魔刃学園はどこにも属していないんだ。私立だからね」
私立なのは当然知っていたけど、国の防衛の一端を担う人材を育成する機関として国の管轄に無いのは確かにおかしい。銃刀法関連の縛りは在れど、学園内での所持や決闘で罪に問われたことなどない。いや、無許可は怒られたけど……。
それにしても魔刃学園のバックボーンが不透明過ぎる。なぜ誰からも干渉されないで存在できる……?
「魔刃学園七不思議のひとつだね」
「七不思議?」
零戦マリサ先輩が気になることを言うので気になってしまった。
「一年生じゃまだしらないか。えっとね、七つ目かな。『魔刃学園は飛鳥時代から存在する』ってやつ」
飛鳥時代!?
「あははは。この話すると一年生ってみんなこの顔するから大好き」
「で、でもでも、魔刃学園って東京事変の跡地に作られたんじゃ……」
「土地と建物は半世紀前にね。でもそうすると納得がいかないことがある。たった五十年そこらで名家なんてできるかな」
そうだ。それは乙女カルラからすでに正義決壊天秤の話を聞いた時に知っていた。でも、それじゃあ魔刃学園は──。
「──ヴァチカンとさほど変わらない?」
「ま、飛鳥時代ってのが脚色されたものでなければ、の話だけどね」
すると所長がにこにこして言った。
「魔刃学園の面白い所だね。あそこにはきっと世界の真実がある。我々魔剣師が守らなければならない何かがね。そう思うと観測所をやる活力になる」
そこで本題を思い出したという風に所長は続けた。
「観測所は鎖国下の日本が独自に特異点について学術的に研究を行う機関だ。それと同時に、この地獄の大釜の蓋が開かないように監視をしている」
「で、魔刃学園裏手の瑞穂大森林では私たち警備部門が乱数特異点を見張ってるってわけ。まあランダムだから応急処置しかできないけどね」
「ほら、窓の外を見てごらん。大穴の天井部に、薄い被膜の様なものが見えるだろう?」
ドーナツ状の観測所の内側は全てガラス窓になっている。私は目を凝らしてそこを見つめた。すると、風に揺られ、ふわりふわりと大きく透明なシート状のものが大穴を覆っているのが見えた。陽光を乱反射するので遠くからでも存在がわかる。
「あれが特異点の正体さ」
「あれが……特異点?」
こちらからは完全に幕にしか見えない。
「うん、認識は正しい。被膜だからね。だが、ひとたびあそこに亀裂が生じれば、来訪者の百鬼夜行がやってくる」
「雨とかでも破れてしまいそう……」
「それは大丈夫だ。こちら側からは基本触れないからね」
あれ、でも剣聖には特異点の開閉権限があるって話をアレンがしていた。
「あの膜を破れるのは、特別に求められた十二の剣だけなんだ」
「──王庭十二剣」
「お、よく勉強をしているね。そうそう十二とくればピンと来たかな。魔剣師が魔力を流さずとも単独で魔剣として動く、正真正銘の魔剣」
「というかすべての魔剣はその十二本を真似て作ったものだからねー」
そうだったんだ。
正直、王庭十二剣は名前しか聞いたことがなかったけど、そういう作用があって、そういう立ち位置だというのには驚いた。
だって、その王庭十二剣のひと振りは八神ライザが所持しているから。
「はははは。ここにきて知らない事ばかりを言ってすまないね。心臓に悪いかな。まあ、バイトというのは簡単でね、我々は膜の揺らめきを『波』と呼んでいるんだが、それが凪であるということをただ見続ける仕事なんだ」
「研究とか防衛業務は魔剣師資格者がやってるから、地味作業はバイトがやってんの。うちの学生にも多いんだけど、夏休みは人手足りなくてねー」
「お給料も決して高くはないんだが、信頼できる人にしか頼めなくてね。どうかな」
私は思っていることを正直に言うことにした。
「正直、私は今日知った何もかもに驚いてばかりで、自分の小ささに落胆しています。剣聖になりたいのに、この業界のことも知らないで、青春がしたいとか言って……。そんな自分が──」
すると、零戦マリサの手が肩に伸びた。私はふと顔を上げる。
「言わなくても良いことまで、言わなくていいんだよ。時には言葉にしない方が良いこともあると私は思う」
ネガティブな言葉を発するのを、止めてくれた。
「青春かあ。え、すればいいんじゃないかい?」
「え?」
所長はあけすけに話した私を怒らないどころか、笑ってくれた。
「だって学生でしょ? いいじゃない。青春しなよ。その隙間にお手伝いしてくれたら、まあ我々的には嬉しいけどね。あはは。うちにも君と同じくらいの子がいてね。生意気なんだが、思うよ。君の様な子らが、何の気兼ねもしないで青春をするために、我々はここに居るんだとね。大人っていうのは、そのためにあるんだ」
その言葉と、マリサ先輩の手は温かくて、私はもうひとつ知らない扉を開けるためのドアノブを回す決意をした。バイト代で、学費も返せるし……!
「ふっ、不束者ですがここではたらよろしくお願いいたし申します!」
「めちゃくちゃで草」
「ははは。元気な子で大変結構!」
こうして私は夏休みの短期、奥多摩観測所でアルバイトをすることになった。
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