80 いづるもの
「つまりね? 八神さんの言ってることってばおかしいわけ! あ、そうそう、勉強に疲れているんなら、差し入れとかあげたら? このパンとコーヒーとか。あとあと、あなた勉強得意なら一緒に勉強してあげるとか!!」
零戦マリサはパンをガツガツムシャムシャ食べながらよく喋る。喉に詰まらせないか心配……。
零戦マリサ先輩は起きるや否や私の素性を聞き出し、現状がどうなっているのかを聞くと、なるほどとすぐに理解した。
『いやー起きれないんだよねぇ。いつもカルラに頼んでてさー。あ、私はフェニックス六年生の零戦マリサね! よろしくちゃん! え、てかあなたがいつもカルラが言ってる──』
この人無限に喋るので、こっちもついつい喋ってしまう。で、今日の予定を聞き出された。好きな男子をときめかせるためにぶん殴る特訓って言ったらドン引きされた。
ライザ先輩のアドバイスだと答えると「あの人はナチュラルクレイジーだから話半分がちょうどいいよ」との事だった。
私からすればこの学園に六年生まで残ってる時点であんたもクレイジーだと言いたかったけどやめといた……。
「零戦先輩はなんか、見た目のイメージと中身が違いますね」
長い髪をお団子にしたマリサ先輩。
「よく言われる〜! 残念美人だなァ! って。でも美人ってだけで私は満足なんだよねー」
「でもラタトスクに来るほど変人でもないですね……?」
「それは寮選びの時に迷ったってよく言われたよ〜。でも私には『ギリギリの理性』があるんだってさ」
「『ギリギリの理性』?」
「ほら、ラタトスク生って身体に平気で剣刺したりするでしょ? 私はやらないからなぁ〜」
あぁ〜、心当たり〜!
「ま、最近ではもうラタの変さには慣れちゃったから驚かないけど──ってその顔……やったね?」
頷くと笑う先輩。
「やっぱりラタトスクは変人多いな〜。嫌いじゃないよ! 嫌いじゃないけど、変なんだよね〜」
めっちゃ分かる……。どうにかマトモになんないかな、私含めて。
「じゃあ、言われた通りにやってみます……!」
「うんうん。たっぷり甘いの入れたげなね──あ、てことはこの後暇になる?」
「はい、そうですね、暇です」
「じゃさ、ちょっとバイトしない?」
「バイト……?」
***
零戦マリサ先輩が支度をぱぱっと終えると──美人の着替え姿は眼福にして僥倖──壁にかけてあった移動魔剣を取り出す。
移動魔剣とは、五年生以上にしか使用が許可されていない、短距離移動専用断層短縮鍵のこと。
簡単に言えばワープで、それを任意の扉に刺せば、その先は移動したい場所となる。だがそれは簡単に言い過ぎだ。
私は驚いていた。その免許だって、決して簡単には取れないはずなのだ。
そして、マリサ先輩が指定した場所に私はさらに驚いた。
というか、心の準備を忘れていた。
そうだ、フェニックスとは言え、目の前にいるのは六年生だ。魔刃学園で六年も過ごした、修羅の人間──。
私はその距離を見誤っていた。
たどり着いた場所は──奥多摩。
特異点の大穴がある、その場所だ。
***
これが……特異点──。
「教科書でしか……見たことなかったです」
「下級生だとそだよねー。上級生になると臨場実習もあるから、こーゆーのも慣れちゃうけど」
さっき部屋で先輩が言っていた「慣れる」という言葉のレベルが、果たして自分の認知の及ぶ範囲なのかという疑問が湧いた。
地球の内側が見えそうな大穴。直径は五キロ。それを囲うように、長い観測所が長城のように伸びている。
「あ、そんな身構えなくていいよー。警備部門の学生代表は、ここの魔剣師さんに挨拶しにくるだけだから」
「なるほど……?」
マリサ先輩について行くと、彼女はいつの間にか手にドーナツ屋の箱を持っていた。私は仰天した。道中は短いが山道だ。そんなもの、一体どこから取り出した?
理解を超えるのが魔剣で、そんなもの見慣れてはいたけど、この人が恐ろしいのは、ひとつひとつ行われることに「大袈裟さ」がないところだ。
ライザ先輩は良くも悪くも目立つのが好きだ。だけど、そうでない人は?
魔力などない普通の世界から見れば明らかに「異常」なことを、もしも既に「日常」として受け入れるのだとしたら。
「……ヤバい」
井戸の中のカエルになった気持ちだ。
私はまだ、本当の魔刃学園を、何一つとして知らない──。
「ついちゃー!」
先輩がコン、ココンとノックをするとそれが合図だったようで、中から人が現れる。作業着を着ているが、魔剣を下げているので魔剣師だ。
「おー! マリサちゃん」
「こんちゃ〜」
「今朝もダーリンくんに起こしてもらったのかい?」
「もー! ダーリンじゃないってばー。それにあの子は今京都」
「ありゃ。……京都は今大荒れだそうだねぇ〜」
「まーた四名家がメンドーなことしてる?」
「はは、今度は降神のとこらしい」
私が気になってひょこっと顔を出すと、その人はおやと眼鏡を動かした。
「あっ、あの。はじめまして。魔刃学園一年生、浅倉シオンと申します!」
そう言うと──。
「おー! マリサちゃんが言ってた子だね。すごいじゃないか、準優勝なんて。僕なんて在学中本戦にも出たこと無かったよ。ははは」
そう言った。
なんで、知ってる……?
というか「言ってた」って?
マリサ先輩を見たけど、彼女は思わせぶりな顔などする素振りもなく、普通に話を続けていた。
ライザ先輩なら、ここで私を驚かせる解説をするが──この人はそうじゃない……!
この人は──零戦マリサという女は私が起こしに来ることも、準優勝ということも、暇になることも知っていた。
なんの予見もさせずに、私はここまで誘導された。
──いったい、何者なんだ。
私はただただ、その得体の知れなさが怖かった。
「すごいよね〜。あ、所長これドーナツ持ってきた!」
「全部オールドファッション! マリサちゃん分かってるねぇ〜!」
「それで、それで! この子、目がいいんです。観測助手としては申し分ないと私思うんですよー! 今のうちからバイト体験とかさせてあげたいなって」
「おー! そかそか。分かった、いいよ。今は凪だしねぇ。──じゃあここの説明からしようか。浅倉さん、こちらへどうぞ」
「え、あ、はいっ!」
そっと私の背に添えられた零戦マリサの手は、寒気のする恐ろしさとは全く相反して、柔らかくあたたかい、人間の手だった。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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