76 UNKNOWN
■SIDE:UNKNOWN
その女は自らの存在意義について考えることがよくあった。
「ま、暗殺稼業なんてやってるやつにしては珍しいかな。生に拘るなんて」
その日のアイスランドは曇りであった。しかし、日本行きの『断層渡り』をくぐる為にイングランドに渡らねばならない。
女は三十五人のヴァイキングマフィアを斬り殺して、王庭十二剣の一振、魔剣ティルフィングを回収する。
ヴァチカンは馬鹿だと女は思っていた。こんな素人連中に魔剣を奪われた挙句、その始末を暗殺者に頼むなど。
「お金がいいから受けるけどねーん」
ティルフィングを鞘に戻す。
『お前の望みはなんだ。三度までその願いを叶えてやろ──』
「はいはい。三度目を叶えたら殺すんでしょ? あのヴァイキングもアホだよ。三回目使っちゃうんだもん」
三度の願いを叶えるが、使用者を殺す魔剣。ヴァイキングマフィアは三度目に女の死を願ったが、それが叶う前に、三度目の執行が行われた。
「三度目の願いが叶うかは五分五分って不良品じゃん」
『吾輩を愚弄するのか貴様──』
「いんや? 尊敬してるよ。三度願った者は殺すという至上命題だけは必ず成し遂げた道具としてのあんたをね」
女は相手が化物か無機物か人間かということを全く気にしない。
その存在の本質が何なのかを常に考えている。
偽物として育った自分。
そんな自分には無い、本物を彼女は探しているのだ。
「先週日本で見たあの瞳──あれはやっぱり本物だったなぁ」
『それを手に入れるのが貴様の望みか?』
呟いた女はそれを否定した。
「生憎──望みは自分で叶えるのが好きなんだ。ただ」
『ただ?』
「もしかしたらあんたに何か頼むこともあるかもね」
『我をヴァチカンに持っていくのでは無いのか──』
「今メールが入ってさ。代金を向こうが下げてきた。仕事を早く済ませると、まるでそれが簡単だったかのように思われる」
『ヴァチカンの犬にも欲望はあるか』
「あるさ。だって犬だもの。人間が初めて家畜化した動物にはね、先祖代々からの恨みの遺伝子が残ってんのさ」
『そういうものか──では、ヴァチカンを殺すのが望みか?』
女はまた首を振る。
「言ったでしょ? 自分でやんのが好きなんだってば」
──そう。自分でやる。
それが本物を手にするための唯一だと彼女は理解している。
「んじゃ、それまでちと大人しくしてて」
『うむ』
魔剣ティルフィングを胸と胸の間の断層収納にすっと納めた女は、吸っていたタバコを捨てかけたが、ふと思い出しポケット灰皿を取り出す。
「エコの時代だからね」
女は心にもないことを言うのが好きだった。
正義心のある姉とは違い──彼女は何もかもが嘘にまみれていた。
だからこそ彼女は剪定されることなく今まで生きてこられたし、日本と世界の橋渡しでもある。
女はふと考えた。
御前会議の連中は魔刃学園と特異点が戦争状態だと考えている。
だがそれは視点がミクロすぎる。
悪魔は特殊な信仰風俗をもつ日本を好むが、それだけの話だ。
世界にはもっと恐ろしいものがある。
ワシントン鎖国条約なんてバカバカしい。今世界が団結しないでどうする。
聖櫃は今向こうにあるんだぞ。
港まで歩き、コートをなびかせる。
「おっちゃん、イギリスまでどれくらいかかる?」
「来る時より二時間多くかかる。飛行機で帰りな」
「いや、船で行くよ。私、体重が重いもんで、飛行機が飛べなくなる」
女は腰にある魔剣を見せた。魔剣師が魔剣を荷物に預けて飛行機に乗れるわけが無い。
「まあいいよ。お嬢ちゃん金払いがいいし、マフィアも潰してくれたんだろう?」
「あれは仕事だからね」
「インターポール?」
「ヴァチカンだよ」
「ははは。ご冗談を」
船乗りの親父がヴァチカンの名で笑ったのを女はいつも通りだと見ていた。
この半世紀で、ヴァチカンはただの宗教国から対悪魔組織へとその姿を変えた。
それがあまりに空想的なもので、実際に来訪者──悪魔を目にしたことがない人間はそう笑う。
女にとっては、それもまたどうでもいい事のひとつだった。
エクスカリバーを任された彼女には、今はただその後継者を探すことが先決なのだ。
暗殺屋兼、ヴァチカン直轄実働部隊Swordの長。
そして、前剣聖降神マユラの双子の妹。
──降神オリガ。
剣聖になれなかった女。
そして、その座の代わりに、世界のバランスを調えて回る、裏の調整者。
「ったく。正義決壊天秤が日本でお遊びしてるせいで、外はめちゃくちゃだ」
船に揺られながらぼやき、そしてまた新しい煙草に火をつける。深く吸って、紫煙を曇天の海へと吐く。
スマホを片手間にいじって、女が「ロリババア」と呼ぶ学長に連絡を入れる。
「もうすぐ日本に帰りますよっ、と」
自分の分身魔剣が先週日本で出会った我流の不刃流。
──あの子がきっと鍵になる。
「一式から、彼女は何を学んだかな」
女はそれにわくわくと希望を抱き、イングランドまでの船旅を楽しんだ。
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