75 御前会議
■SIDE:乙女カルラ
京都、特級秘匿御所。庭園開き。
「──蛇使い座の千里行黒龍は魔刃学園一年生浅倉シオンの中にいることが確定しました」
「殺せばどうなると君は思う。乙女の末子」
「龍王本人によると、『やめた方がいい』とのこと。今は恐らくですが、浅倉シオンという器の中で安定している。その枷から外れれば、宿主を求めて暴れ回るでしょう」
博打だ。蛇使い座はそこまでは言っていない。
「そうか。では経過観察を続けろ。もし、世界大戦と同等、もしくはそれ以上の災禍を招く場合は水瓶座の使用に許諾する」
これが考えうる最高の答えだ。浅倉シオンが始末の対象とはならないこと、それがこの御前会議での僕の至上命題だった。
だが万が一の対処が「水瓶座」ときたか。
実際僕自身、それが何かは知らない。だが、十三獣王の座を冠する以上はその仲間。
そして、その「道具」が、何かを封印するための魔剣であることは知っている。
十三獣王を宿した魔剣。
考えるだけで恐ろしい。
「天秤座はどうなった」
「天秤座──正義決壊天秤に関しては東雲スズカの中に依然あります。ですが、浅倉シオンとは違い高等契約によって結ばれているので、東雲スズカの自我が上回っている以上は『審判』の心配はありません」
「乙女の末子。ノアの方舟という話を知っているか」
顔を黒い布で隠した御前会議の老人たちのうち一人がそう言った。
「はい、存じております。神託を受けたノアとその家族、そして動物のつがい以外の全てが洪水によって流されたという……」
「あれを引き起こしたのは天秤座だ」
「っ──」
「お前は友人さえ助けられればいいなどと、俗な考えを抱いているのかもしれないが、その友人が一体内側に何を抱えているのかをしかと考えよ」
「──はい」
「やはり人民守護の観点から言えば八神の末子に御使いをさせた方がいいのかもしれないな」
「ああ、だがあの娘はあまりに暴力的で、情緒も不安定だ。御せぬ力はあっても意味が無い」
「ヴァチカンは娘を高く評価しているが、あちらに下れば我々は皆殺しに遭うかもしれんな」
「我々がひとりでも死ねば日本経済は傾く。奴とてそこまで愚かなことはせんだろう」
相変わらずこの空間は異常だ。
日本を司る人間が一同に会し、国防について会議をする。
そこには民主的な側面などない。
もう既にこの国の国民に主権など存在しないのだ。
自分がまだたったの十五歳で、この人間とも化物ともつかない奴らと渡り合うには経験値も格も足りないと実感させられる。
アニメや漫画でなら飛び道具が勝つ。だけど、これは本物の政治だ。
ここに武力は意味をなさない。武力よりも恐ろしい「言葉」を使うのが奴らだ。
だけど、僕はここに留まると決めた。
剣聖にはなれそうにない。それに、もっと相応しい人間を見つけてしまった。
だから、僕は僕の戦いをする。
彼女が剣聖になる道が閉ざされないように、現場を知らない老人が未来ある若者を潰さないために。
僕なんかに優しくしてくれた、ラタトスクの連中を助けるために──。
そう。この戦いは僕にしか出来ない。
……じゃあ、本題へ行こうか。
「それでは本日の会議は終わる。解さ──」
「失礼します」
「なんだ。乙女の末子」
「ひとつお聞きしたいことがあります」
「己の立場を弁えて話すことだ。私が口を開けば乙女家を歴史から消すこともできる」
「魔刃学園寮内にテミスを召喚したのは御前会議で違いありませんね?」
御前会議は黙った。ビンゴだ。
そう思った理由は単純だ。絶対独立領地である魔刃学園と対立構造にあるのは御前会議しかいない。そんな飛び道具を持つのも、だ。
「それがどうした」
そんな確認がしたかったんじゃない。
なぜそんなことをしたのか。
僕が知りたいのはそれだけだ。
彼女らのささやかな日常を壊すしかなかった──それほどの理由は一体どこにあるというのだ。
「なぜ、そんなことをしたんですか。あの場に僕もいた。情報調査なら任せていただければ良かった。何かを攻撃したかったのなら──」
「ああ。曾孫がおもちゃ遊びが好きなのだ」
は?
「テミスを召喚する乱数特異点の召喚鍵を渡してみたら、喜んでな。さすがに市街地に放つ訳にもいかない。だからあの学園の領内にしたのだ」
何を言ってんだこのジジイ。
「曾孫も初めはテミスの破壊を楽しんでみていたが映像が乱れた辺りから興味をなくしてしまった。後日また触ったが──それ以来飽きてしまったようだ」
ははは、と微笑ましいことを話すように笑う老人。僕は今にもこの骸骨を斬り殺そうと思った。だが、それでは何も変わらないことも知っていた。
御前会議にいる人間は、皆このような人間だ。
「それだけの事だ。気にするな」
「……はい。分かりました」
日本は、もうダメだ。
頭をすげかえなければ、いずれ終わる。
僕は秘密寺の広間で正座し、気付けば一人になっていた。
「──僕が御前会議に入る」
そう言って出された湯呑みを庭に向けて投げつけた。
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