06 クラスメイトたち
「東雲流抜刀術──彼岸花」
その詠唱は鋭く、殺気を纏う。
瞬間、その殺気はエネルギーへと変換され、彼女の内から湧き出る心は魔剣に充填、そして、勢いよく放たれる。
一気に魔剣を抜いた彼女はそれが最高速度に達した瞬間に手を離す。
否、手放したのではない。意図的に投げた。決められた距離など無視するように、その魔剣は勢いを殺さずに木偶に大きな切り傷をつけた。
「戻れ」
東雲スズカが命令すると、魔剣は浮遊し、迅速に彼女の後方に戻った。
彼女の抜刀術と魔剣操作が融合した、恐ろしくもかっこいい技だった。
自然と周囲からは拍手が上がり、眼帯先生も「よくやった」と彼女を褒める。
戻る時に私をじっと見つめた彼女に、大きな差をつけられていると感じた私は緊張に手を握る。
その瞳は、あなたはどうなの? そう問うている様に思えた。
「次、姫野ユウリ。お前も既に仮免許は持っているんだな」
「そっすね、地元が地元なんで」
仮免許は血刻みを行う前から予めその人物の魔剣適性を見た上で発行されるもので、中学校に魔剣競技部──木刀で打ち合う魔剣の決闘競技──があれば魔刃学園に入る前からでも魔剣に触れることができる。
仮免許を持っているということは、彼も中学は魔剣競技をしていたのだろう。うちの近くにはなかったし、あの時代の両親なら許すはずもないのでどのみち私には縁のない話だ……。
姫野ユウリは地面を両断するようにざっと手を動かし、その中から自分の魔剣を引き抜いた。シュレーディンガー解釈に基づいた魔剣召喚。
現世と隠世の隙間にある断層に魔剣を収納しておくやり方だ。眼帯先生も入試の日にやっていた。早く習いたいな~。
授業カリキュラムについて考えながら姫野の魔剣を見ていると、隣で綾織さんがぎょっとしたような声を上げた。
「それが魔剣!? それってスナイパーライフルじゃん‼」
姫野ユウリが断層から引き抜いたのは、全長1mはある狙撃銃だ。
「そーだぜ。ノーザンファーム社謹製、パトリオット2000」
「え、でも! 全然剣じゃないじゃん」
まあ確かに、業界についての概論的な授業はこの後だし、彼女が諸々の事情を知らないのも無理はない。
それを聞いていた眼帯先生がそれについて補足した。
「魔剣は元々魔器と呼ばれ、魔が宿った物質全般の事を指す語だった。しかし魔剣師が扱い、来訪者を討伐するのにもっとも適した形が剣だった。現在ではそのほとんどが剣の形をしているから魔剣と呼ぶが、原義に基づけば、魔が宿る銃でもそれは魔剣と呼ぶ」
「へー、ガバガバなんですね!」
ガバガバて……。
「まー見てなよナズナちゃん」
「ナズナちゃん!?」
「この一撃、重いからさ」
そう言った彼は犬歯で親指の皮膚を噛みちぎり、血を銃に滴らせる。その真っ黒い銃身が、ほんのり赤黒く染まる。
「立射でいいのか?」
「現場で寝そべってたらすぐ死ぬぞって言われてきたんで、練習してます」
「ならいい。見せてみろ」
姫野は半身になって重心を低く持つと、銃に手を滑らせ、スコープを覗く。この距離なら、そう大した精密狙撃も必要ないが、彼は非常に慎重に何かを狙った。
「東雲流抜刀術──」
そうか、これも一種の抜刀なんだ。
「──致命的な接吻」
技名キモ……。
PIIIIIIN──CHI GRAAAN。しかしその技名のキモさからは全く想像がつかない爆音を発し、その弾丸は発射された。彼から木偶人形までの間にある人工芝は剥がれ、壊れないと言われていた木偶人形の土台が曲がった。
技名が気持ち悪いけど、すごい威力だ。気持ち悪いけど。
「どう? 剣じゃなくてもなかなかやるでしょ」
「すごかったよ! 名前が気持ち悪いけど!」
ぐさっと姫野の胸に綾織さんの無垢な言葉が突き刺さる音がする。
「次は藤堂イオリ」
「せんせ。わたしはもう結んでいるよ」
「仮免許は?」
「持っていないよ。でも学長のサインはここにあるから」
藤堂さんがなにか書類を眼帯先生に見せると、目を通した先生はわかったと言って彼女の番を飛ばした。何か事情でもあるのだろうか。今朝の事といい、藤堂イオリという女の子には謎が多すぎる。
「折紙アレン、やれるか」
「ああ」
彼は素直に前に出ていく。まるで水道の蛇口をひねるのと同じように、なんでもないことの様に空間を裂いた折紙。断層からは、予想通り何も出てこない。入試の日に見たとおりだ。
「ねね、なんでアレン君はなにも持ってないの?」
「あれは、剣を持たない魔剣術──不刃流」
「ええーっ!? そ、それって……どういうこと???」
「えっとね、本来魔剣に流す力を身体に流すんだって。……詳しいことは先生に聞いた方が良いかも。でも不刃流の授業なんてあるのかな──」
「どして?」
「──はっ。馬鹿馬鹿しい会話ね。低レベルだわ。そんなことも知らないのね。不刃流は、魔剣師なのに魔剣を持てない落ちこぼれが使う剣術だからよ。だから愚かなやり方って呼ぶの。わかった?」
「東雲さん、それは偏見だし差別的──」
「仲良しだから庇いたいのかもしれないけど、魔剣師の業界では常識よ」
その後隣にいた姫野が彼女の頭をしばいてその場は収まった。それでも私の中にはもやもやが残る。
小学生の時に命を助けてくれた人も、入試の日に勇気をくれた彼も不刃流を使っていた。
それが決して、「愚かなやり方」だとは思えない。
庇っているだけと言われればそうかもしれないし、常識がそうなら言うこともない。でも、認めたくはない……。
「実際、東雲の言っていることは正しい。差別的な発言は容認できないがな。しかしそれでもあえて不刃流を使うのには理由があるんだろ」
眼帯先生が言うと、折紙アレンは特に反応を返すこともなかった。けれど、一言だけ呟いた。
「見ていればわかる」
半身になって腰を落とし重心を下げる。彼の心が可視化されるように、循環を始める。力の奔流が彼の指先に集まる。あの日に見たその技よりも、より速度を上げた、業。
「不刃流八式。限界無しの業火一閃」
──シン。
──BRAAAAAAAASH!!!!
指先に端を発した火炎の粒が電撃の様に身体を駆け、背中が斥力を受けたかのように、もしくは横方向に重力が働いたかのように押し出され、一瞬の後にすれ違う木偶人形をその腕で破壊した。
その人形は魔法によって即座に修復するが、壊れないと言われていたものが壊れるのを目の当たりにすると言葉を無くす。
「不刃流は魔剣を媒介しない分、ロスレスでエネルギーを放つことができる」
眼帯先生はその焼けただれた競技場を見てそう言った。
対して姫野が手を挙げて質問をする。
「だったらみんな不刃流使えばいいんじゃないすかね? ってかそれオレにもできます?」
そう言うと今度は東雲さんがミーハーな相棒姫野を殴る。
「できなくはないだろう。だが実際に使う人間は少ない。不刃流には得る力などどうでもよくなる程度のデメリットがあるからな」
デメリット──。それを聞いて少しだけ嫌な予感がした。でも、眼帯先生がその先を話すことはなかった。それよりも元のばしょに戻ろうとした折紙アレンの肩をひっ捕まえて言う。
「お前、血刻みやってねーだろ」
「あ」
「仮免許は?」
「持ってない」
「つまり今まで無免許で魔剣やってたな?」
「ああ。そういうことになる」
「トイレ掃除と反省文。それと学長にも報告する」
「……許せない」
さてはバカだなこいつ……。
入試の日に助けてもらったけど、空腹で行き倒れてたり、無免許バレしたり、株がどんどん下がってく折紙アレン……。
不服そうな顔の折紙は元の位置に戻り腰を下ろす。ため息をつく眼帯先生。この人怖いけど、なーんか不憫なんだよな。
そしてそんな事を思って先生を見ていると、その視線がこちらに向いた。
「次はお前だ。浅倉シオン」
「は、はい!」
呼ばれ、そして私は前に出た。
今日ここで、この先が決定する。
さあ、ここはひとつ、ぶちかましてみようか……!
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