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64 この黎明が

「後夜祭の幹事ってまた浅倉がやんの?」

「自分やってもいーすよ。流石に疲れてるだろうし」

「だったら俺買い出し行ってくるよ」

「あ、オレも行く行く。近くにドンキもあるっしょ」

「お前バカなもんしか買わねぇじゃん。前夜祭のブーブークッションとかさ」

「しーっ、みんな静かにしろよ、浅倉さん起きちゃうだろ」


 ぱちくり。


 目を覚ますと、そこは寮の談話室のふかふかなソファの上だった。


 破戒律紋ラタトスク寮のみんなが私のことを「あっ」とか「起きた!」とか言って見下ろすので、ああ、私は決勝で負けてしまったんだなとそこで理解した。


「おう、浅倉。ちょーしどうだ」

「ちょっとぼうっとするね。でも、後夜祭の幹事やる元気くらいあるよ」


 姫野にぺちっと頭を叩かれる。


「大人しくしとけ。養護教諭さんに怒られるぞ」

「そいえば、保健室じゃないね」

「怪我とかは少なくて、お前はどっちかっていうと電池切れで倒れたからさ、寮の方が気が休まるだろって」


 なるほどな。


「そうだ、東雲さ……スズカは?」

「おうおう、仲良しアピールか? スズカならさっき風呂行っちゃったよ」

「姫野、お話出来た?」

「ちょこっとな。でも将来のことはお前の好きにしろって言ってやったぜ。オレはオレの好きにするからって」

「ふぅん。あんたもやる時はやるね」


 ごつんと頭を小突かれた。てめー、病人に何すんだ!


「小人にゃ小人の仕事があんのサ。ま、何はともあれ準優勝おめっとさん」

「悔しいけど、そう言われるといい響きだね」

「おう。素直に喜べ。……あ、そういえばお前、汗と血とでかなり臭いから風呂でも入ってこいよ」

「デリカシー!!!!」


 私を囲っていたラタトスクのみんなが姫野をボコボコにリンチするのを尻目に、私は大浴場へと向かった。


 ガラララ。


 そこには湯船の縁に腰掛けるスズカが居た。そういえば、テミスの時に喧嘩したのもここだっけ。


 こっちに目をやったスズカは、相変わらずの顔で、そっと湯船に浸かった。え? もしかして待ってた? かわいいかよ。


「具合は? もういいの?」


 私は──臭いと言われたので──身体を入念に洗い、彼女の問いに答える。


「うん。なんかぼーっとするけど、たぶん、余韻なんじゃないかな」

「そう」


 それから私が全身洗い終わるまで、彼女は静かだった。私は泡をしっかりと流すと、彼女の横に入浴した。


「近い」

「友達の距離感」

「にしても近い」

「けち」


 ちょっとだけ離れる。


「ユウリには自由にしろって言われた」

「うん、聞いた」

「だから、アタシは自由にすることにした」

「目指すんだね」

剣聖パラディンに、なる」

「お兄さんはどうなった?」

「『優勝したからあの愚かな暴言は聞かなかったことにしてやる』ってメールきてた。だから迷惑メールに振り分けた」

「それは草」


 この子も、もう鳥かごから出たんだ。


「あーあー、浅倉のせいで現役円卓騎士(シージ)に喧嘩売っちゃった」

「いいじゃん。今の方が、肩の荷が降りて、顔面超かわいいよ」

「え、ほんと?」


 素の反応かわいいな。これはこれで……。


「最後の試合、めちゃくちゃ楽しかった」

「そうね。アタシも柄になく、全力で楽しんだ。今まで剣を握るのは倒すためでしかなかったけど──」

「──なんか、話してるみたいだったよね」


 こくりと頷くスズカ。


「ここまで、長かったね」


 頷くスズカ。


「喧嘩したり、守ったり、喧嘩したり、守られたり、割と歪な関係でして」


 微笑むスズカ。


「でも、やっと普通の友達になれた」


「天秤と黒龍を宿してる同士、全然変だけどね」


「そんなの普通でしょ。だってここは、魔刃学園だよ?」


「それもそうか。うん、そうね」


 のぼせるギリギリまで、私とスズカは浸かっていた。最後の方、疲れた彼女が少しもたれてきた。結局のぼせていそうだったから一緒に出たけど、そこで、ちゃんと友達になれたんだって実感が湧いた。


 私は彼女の綺麗な黒髪をドライヤーで優しく乾かす。その間、私たちが今まで出来なかった話をした。姫野のいいとこ悪いとこ大会とか、寮のドライヤー古すぎとか、購買のサンドイッチが安いとか、そんな、普通の友達がする、普通の会話を。


 着替え終わって、ふたりで更衣場を出てすぐの廊下。私はポッケの小銭でコーヒー牛乳を二本買う。


 一本は私の。一本は彼女の首筋に。


「ひゃんっ」


 姉ちゃんええ声出すやんねぇ!


「コーヒー牛乳?」

「うん。あげる」


 ありがとうといった彼女はくぴくぴ飲み始めた。


 そして私は改めて告げる。


「スズカ。優勝おめでとう」


 彼女の頬がパッと赤らんだ。私に配慮して、あんまり喜べないでいるとしたら可哀想だと思ったのだ。


 でも、そんな心配なかった。彼女は変わったけど、変わらないのは何もかもに公正であるところだ。


「浅倉も、準優勝おめでとう」


 それと、ありがとう。そう言われて、私はそれで大満足だった。


 背中からぎゅっと彼女に抱きついて、いやいやとよじっても逃がさない。温かい。離さないんだから。


 まあ、その後廊下に何故か現れたナズナによって剥がされたけどね!!!


 こうして、私たちの初めての波乱に満ちた、長い長い定期考査は幕を閉じた。


 きっとこの黎明が、いつかの光になるのだと、私たちはそう、静かに信じていた。

「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!


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― 新着の感想 ―
[一言] そっかぁ、準優勝か……それでもおめでと!!( ´∀` ) ほんで、優勝の賞品たる学長からのなんでも願い叶う系のご褒美は……?( ´∀` )
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