63 一番大事なもの
不刃流三十式。限界無しの正義執行を進化させた技、三十一式。
「衝動」によってJusticeというバフが乗ったその技は自分が貫きたい正義の強さだけ──守りたい人の数だけ強くなる。
拳だけでなく魔剣から腕までを超硬化し、同時にGravityの重力一閃で相手に突撃する。
簡単に言えば、超火力で突っ込む技。
それでも、きっと、ちゃんと。
届いたはずだ。
「──相変わらず、アンタって脳筋ね」
爆風と土煙が収まり、私の全力を込めた一撃を、MURAMASAスカーレットという日本刀によって火花を散らしながら耐えきった東雲スズカがそこにいた。
もうそこに、天秤座はいない。
「私は東雲さんの全力と戦いたい。天秤座じゃなくて。あなたと」
東雲さんの鼻から血液がつーっと流れる。
「アンタの馬鹿力のせいでアレはもう吹っ飛んだわよ」
「天秤座をトばす時だけはミーちゃんの力を借りたからね。素はもっと弱いよ」
「アタシもこれを防ぐのに天秤座を盾にした。おあいこよ。……それよりミーちゃんって?」
「あ、そっか。……あとで教えてあげるよ。全部が終わったら。ほかの全部も!」
「アタシは、……大切な時間を失ったみたいね」
「でも、勝つためでしょ?」
「そう。勝つため。今だって、兄さんが見てる。アタシは強くないと存在意義が無いから──」
「そんなことない──とか言葉で言うのは簡単だけど、今のあなたはそう簡単に信じてくれそうもない」
私は魔剣を弾いて距離をとる。
「ええ。アタシたちには結局、強いか弱いしかないのよ」
「だね。だってこの舞台は、そのための場所なんだから。死ぬほど楽しい戦いをしようよ──スズカ」
スズカは鳩が豆鉄砲を食らったように目をぱちくりさせて驚いた。
それからふっと笑って、MURAMASAスカーレットを納刀し、抜刀姿勢に入る。
「変なやつ」
それはみんなによく言われるんだ。
でもその変さで救える人がいるなら、私は変なやつでいい。
さあ、本当の決勝を始めよう。
ここから。
「東雲流抜刀術──彼岸花ッ!!!」
「不刃流十二式。限界無しの継戦能力ッ!!」
それらがぶつかった時、会場のボルテージは最高潮を突破した。
「アンタはいっつもアタシの一歩前を歩いていて、ムカついた!!!」
──ZIN!
「私だって! 東雲さんの力が羨ましかった! 嫉妬だってしたんだよっ!」
──GAN。
「アタシは家に縛られて──! アンタ達は呑気な顔して楽しそうにしてたじゃないか!!」
──GRASH。
「苦しかったなら相談して欲しかったっ! というか、友達なんだからもっと話してよ! いっつもいっつも怒った顔して!!」
──ZASH。
「はぁ!? この顔がアタシのデフォなんだけど!!!!」
「分かりづらいよ!! せっかく可愛い顔してんのに、ムスッとしないでよ!!」
「はぁ!?!? う、うるさい! あんたこそ陰キャのフリして友達すぐ作って、本当の陰キャの敵じゃない!!!」
「私は陰キャだが!? 勝手に距離取ってんじゃねぇよ! こっちは仲良くしたいんだよ!」
「ぺ、ペットショップと猫カフェに誘ったでしょうが!!!」
「その後色々あったじゃん!」
「だから、ちゃんと終わらせようって思って──ちゃんと終わらせて、友達になりたいんだよ!」
──GRAAAAASH!!!
彼女の心の叫びに続く剣戟が、痛切に胸に刺さった。
彼女は切りつけながら、自分を切り裂いているようにも見えた。
それを、私はちゃんと聞こうと思った。
ボタボタと落ちる。言葉と涙が。
「……アタシの家は、女はみんな政略結婚の道具でしかなくて、強くならなきゃ意味がなくて、アタシはたまたま才能があったから生き残れて、それでもずっと崖っぷちで、望めるものも望めない!」
──GAT!
「そんな人生、本当に欲しいものは、手を伸ばすことも許されなくて、段々何が欲しいのかもわかんなくなって……。強くなきゃ意味が無い。強くなきゃ、生きてる意味がない! アタシはそうなのに、アンタたち楽しそうで、それが本当に自分が欲しいものだって、やっとわかったのにこんなことになって──」
──GAT、GAT!
「アタシは強さなんて本当は要らなくて、円卓騎士も剣聖もどうでも良くて。──ただ、自分に無いものを、本当に欲しいものを眺めることしかしなかった弱虫だ。折紙もアタシの弱さを知っていた。そう、アタシは強くない、強く……ないんだ。それでも……欲しかったんだ。欲しかったんだよッ!!!!」
──SRASH。
その弱くなった剣を素手で止めた私は、泣いている彼女の頬にそっと触れた。
手からは血が流れるけど、関係ない。流れる涙を止めるのが私の仕事だ。
悲しむ人を無くすのが、魔剣師の仕事なんだから。
「あなたのしがらみを、なんとかしてあげることは出来ない。それはあなた自身の問題だから」
「……っ」
「でもね、一緒に悩むことくらいならできる。できるんだよ、それくらいなら。それが友達ってやつなんだよ」
「あさ、くら──」
「私は実は情に厚い女なんだ。友達が泣いていたら、自分も、苦しくなる、ような」
「……なんでアンタも泣いてんのよ」
「猫ちゃんが好きで、おめかしするのも好きな女の子が、クソったれのしがらみのせいで戦わなきゃいけない、そんな現実が悔しい──」
「バカね……。アタシの問題って、アンタ言ったじゃない」
「一緒に悩めるとも言った。私の悩み方はこうなんだ」
「……アタシはこれからどうすればいい? 戦いは別に嫌いじゃない。もう染み付いたから。──でもそれに付き合ってくれているユウリだけは、アイツの好きなように生きて欲しいんだ……」
「やっと、本音が聞けた」
「え?」
「あなたが、スズカが本当にしたいことはそれだよ。一番大事な人のために、頑張りたいんだよね」
「一番、大事な──」
「戦うのが嫌いじゃないなら。もし良かったら、一緒に上を目指さない?」
「剣聖を?」
「そう。でも、私が先に剣聖になるから、その間は円卓騎士になってよ」
「ぷっ。自信過剰」
「私は昔からそうだよ! あなたが強くさえいれば、姫野は自由でいられるじゃん」
その提案で彼女は微笑んだ。
「絶対やだ。断るわ」
「えぇ……」
「──先に剣聖になるのはアタシ。それで、円卓騎士はアンタ。決定事項だ」
「私より欲張りじゃん」
「アンタの一撃で、色々吹っ切れたわよ。アンタほど強欲にはなれないけど、ちょっとくらいわがままになってやろうと思う」
「強欲て」
「だから──」
日本刀から力を抜いた東雲さんは、フィールドを撮るカメラに向けて目を向けた。
「聞いている、兄さん。ごめん、兄さんの指示通りにはいかないわ。兄さんたちとは違って、アタシは円卓騎士で満足したり出来ないみたい。アタシは剣聖を目指すッ! だから、妹に構ってないで、魔剣師なら魔剣師らしく人でも守りに、さっさと仕事に戻って! このバカシスコンッ!!!」
カメラに向け中指を立て笑う、その東雲スズカの横顔は、今まで見た中で一番美しい彼女だった。
ふぅっと息を吐いたスズカは少し晴れやかな顔をしていた。
あーあー。後悔しないといいけど……。
「何よその顔。アタシは後悔しないわよ。だって嘘をついたつもりは無いもの。アンタより早く剣聖になる」
「へぇ。蟻が月を目指すようなものでも?」
入学式の日に言われた言葉。
「ええ、やるわ。──蟻って、意外と強いのよ? アンタの方がよく知ってるか」
ふっと笑う、ふたり。
そこには観客も審判も獣王もない。
そしてその表情には、わだかまりも、ひとつもなかった。
「じゃあ、続きをしようか」
「ええそうね。勝った方が先に剣聖になれるってことで」
「なにそれ!?」
「そういうおまじないよ。そう思えば、アンタ本気出すでしょう?」
「へへっ。私はいつでも本気だよ──」
距離を取り、仕切り直す。
シンと静まり返るその空気。
六時から始まった試合だが、もうこんなに時間が経ったのかと思う。
もう、陽が沈み始めていたのだ。
そして、校舎からフィールドに向け、八方向からナイターが灯る。
それが、開始の合図だ。
──BAT。
さあ、これが最後だ。
ぶちかましていこうかッ!
「終わりのない衝動──Rivalry」
──ライバルへの対抗心を乗せて。
「畏み畏み白す、掛けまくも畏き刃打ちの神よ、我の刃に花神の加護を与え賜え──」
──正統詠唱を行って。
「不刃流三十一式。限界無しの天誅執行ッ!!!!!!!」
「東雲流正統抜刀術式──紫陽花ッ!!!!!」
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