62 蛇と断罪者
■SIDE:乙女カルラ
「……ホモサピエンスがいなければ何の役にも立たぬ、お前ごときが龍を裁くとは──カカカッ。嗚呼、滑稽だのう」
ガクンと力が抜けた浅倉シオンはそれ以降、纏う雰囲気がガラリと変わった。
変わる前が鷹ならば──それは龍。
浅倉シオン、手放したんだな……。あれだけ注意しろと言ったのに。
でも東雲スズカの支配を完全に脱した正義決壊天秤を止めるには、その力を使うしかない、それしかないというのは僕が一番理解していた。
「千里行黒龍ィィイイイイ!!!」
東雲スズカが、否、天秤座が絶叫する。
十三獣王の序列というものは明確に分かっている訳では無い。
先端研究と言っても、特異点より向こうのことはやはりまだ不明なことが多いのだ。
だが、それが千里行黒龍と正義決壊天秤では別だ。
ある代に天秤と契約をした剣聖がいた。その人の記録によると、天秤が裁定を下し、もしくは均衡を保ったその結果を実行するのは千里行黒龍なのだ。
十二星座から追い出された異端者を獣王の座に留まらせたのも天秤座。
つまり今の構図は、まさしく、飼い犬に手を噛まれた天秤だ。
スゥーッ。フゥー。シン──。
「嗚呼──シャバは空気が美味いのぅ」
圧倒的な、覇気。
「黙れ……殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「カカカ。吠えるな天秤座」
暴力を司るその王はひと目見ただけで天秤座をすくみあがらせた。
かつて、その瞬きで帝国を滅ぼしたことがある。
かつて、その吐息で海を割ったことがある。
かつて、その微笑みで戦争を起こしたことがある。
千里行黒龍というのは「そういうもの」だ。
「しかし、均衡を司る王が私欲によって世を躙るとはな。理がそれを許すとも思えん」
「黙れ! ガキの意のままに手駒になったお前がそれを言うかァ!」
はてと蛇使い座は首を傾げる。
「我は何者にも阿らぬ。お前には手を貸してやっただけだ。この子どもにもな」
「それを手駒と言うんだろうがァ」
「カカカ。それは違う。我はいつでもこの娘の命を取ることができる。それをしないのは、娘の『目』に価値があるからだ」
浅倉さんの目に……?
「この希望と絶望がちょうど同量同質で含まれたこの瞳。天秤座。お前にはこの美しさが分かるだろう?」
「が、あ、あああ! わかる!!」
「そちらの娘ではダメだ。心が弱すぎる。お前の目は鈍ったようだな」
「ぐぬぬぬぬ、があああああ」
「カカカ。獣を抑えられぬ内は所詮バケモノよ。聖櫃はお前には傾かぬ」
聖櫃──? なんだそれは。
「さて、余談は終わろう。娘の器が壊れても面白くない。一撃で終わらせる」
「ゲヒャハハ。お前は天秤座につく我を下に見すぎだァ……。そう簡単にゃあ終わらせないぜェ。我はそもそもお前という存在に対するカウンター。要はバランスダナァ。お前が六年前にぶち壊した均衡を整えナキャアアアアならねぇ」
「カカカ。我だけか。ならば何人死ぬ」
「試算ではここにいる全員だァ! だがお前が六年で生んだプラスをゼロにするにはそれくらいひつよ──」
誰もが目を奪われた。天秤座が言葉を言い終える前に、抜刀されたBlack Miseryが一瞬にして天秤座を吹き飛ばした。
「ギギギ、ぎぎぎぃ!!!」
フィールドのギリギリで止まった天秤座は動揺し猛り狂う。
だが黒龍は──浅倉シオンは至極冷静だった。空間の水分が直ちに蒸発し湧き上がる蒸気の中で、浅倉シオンは告げる。
「ありがとうミーちゃん。こっからは大丈夫。自分でぶっ飛ばせるから」
***
意識を手放した一瞬の刹那、私はまたあの白い空間に居た。
永遠図書館。
その先にいるのは、鎖の女の子。もう彼女が千里行黒龍であることは分かっていた。
「この場面でというのは英断だと言おう」
「ごめんね。良いように使ってしまったみたいで」
「カカカ。この身体の主はお前であろう。この程度、逆鱗に触れるほどのことでは無い」
「意外に優しいの?」
「カカカカカカカカカカカカカ!!!」
「よく笑うね……」
「我は『暴力』の王である。それに向かい優しいとは何たる暴言」
「あ、暴言なんだ。ごめん」
「お前でなかったら命を取っていた」
私は何故彼女がそうなのか不思議だった。
「なんで私ならいいの? あなたは、王様なのに私なんかに閉じ込められているんでしょ?」
カカッと笑った彼女は変わらない声で言った。
「普通の人間なら、我ほどの質量と情報が封印されれば破裂する。だがお前はそうでは無い」
「私破裂してたかもしれないんだ……」
「我を封印した者には算段があったのだろうな」
「でもブラックミザリーさん的には私が破裂した方がいいんじゃないの?」
「否。お前が死ねば我は行き場を失う。あの黒龍は蒸発したのだ」
なるほどと私は思う。
「じゃあ、これからもピンチのときはちょっと頼ってもいい?」
「頼りすぎるなよ。我はあくまでバケモノだ。バケモノを使うということがどういうことかを、考え続けることだな」
「うん、わかったよ。ミーちゃん」
そこで暴力の王千里行黒龍はズッコケた。
「今我をなんと?」
「あ、ブラックミザリーって長いから。でもブラックって感じじゃないし、ミザリーはあんましいい意味じゃないでしょ? だからミーちゃん」
龍王は思ったよりシュンとして、でも少し考えてカカッと笑うと、私とすれ違い図書館を出ていった。
「良き刻を考えて代われ。お前がしたいのは虐殺や蹂躙では無いのだろう」
「うん。……わかった。ありがとう!」
それから私は内側から天秤座とミーちゃんの会話を聞いていた。
……全員を巻き添えになんてさせるもんか。
そして私は飛び出した。
「終わりのない衝動──Justice」
込める思いは、守りたいという衝動。
放つは──最高速の一撃。
「不刃流三十一式。限界無しの天誅執行ッ!!!!!」
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