58 メロンパンの行方
「あれ? いない」
私が応援ついでに差し入れのパンを持ってアレンの部屋に行ったところ、誰もいない。
「沢山焼いたんだけどなぁ」
朝いっぱい焼いたので適当に配ってまわったけど、カゴにはまだまだ残っている。
やつの好きなメロンパンは取っといてやったのに。まったくもうだよ。
けど、試合前にパンは要らないか〜と彼の控え室でのんびりしていると、今度は私のお腹がぐぅっと鳴った。
そうなんです。不刃流ってめっちゃお腹が空くんです。寿命が云々と先生に言われたこともあったけど、ぶっちゃけこれが一番つらーい!!!
ええい、居ないのが悪いんだからね。私がメロンパンを取り出してパクーとかじると、それを音もなくひょいと取り上げる者がいた……。
「俺のパンになんてことを」
「まだ渡してないわ」
お前に娘をやったつもりはない。
まあ、あげるつもりで持ってきたんですけどね。アレンはもぐもぐパクーとさっさと食べてしまって、それは一瞬で消え去った。
間接キッスが云々と顔を赤らめる暇もないね。トムとジェリーのチーズ丸呑みするやつみたいにそのままの形で飲み込みやがった……。
「うん、美味いな」
「どーも。魔剣師の試験落ちたらパン屋を継ぐ契約をしてるからね」
「親と?」
「そそ」
いつか師匠のパンも食べてみたいな。と言うアレン。私がパンを教わったのがお父さんなのでアレンはお父さんのことを師匠と呼んでいる。やめてけろ。
「それより試合前にいいの?」
食後の缶コーヒーをキメたアレンは頷いた。
「お前のパンが何よりの栄養なんだ」
きゅーん。ちょっときゅーん。
「へ、へへ。作り手冥利に尽きますね」
照れ照れ。
「──『衝動』か」
「ワンチャン、アレン超えちゃうかもね」
「俺は負けない。最速で剣聖になる男だからな」
「まーだいってら」
でも、そういえばなんでアレンは剣聖に拘るんだろう。
「従姉妹がいるんだ」
私の顔を察してか、彼は静かに話を始めた。
「その人は俺の理想で、いつか隣に立って戦いたいと思った人だった」
アレンにもそういう人がいたんだ。初めて知った。
「史上最も強い剣聖だった」
私はそれらの言葉が全て過去形であることに気がついてしまった。
「六年前、従姉妹は──消息を絶った」
六年前……。まさか。
「そう。千里行黒龍を封印した当時の剣聖、降神マユラだ」
──っ。
「まさか、封印先がお前の中だとは、全く知らなかったがな。なんの因果だろうと思ったよ」
「名家は情報の回りがお早いことで……」
「正直、あまり言うことでもないけどな。その力はあまりに狙われすぎる」
「気をつけます……」
あれ、でもそれと剣聖になること何が関係あるんだろう。
「剣聖だけが持つ『特権』を知っているか?」
「えっと、不逮捕特権? 公共交通機関が無料とか」
「なんでそんなマイナーな……。それもそうだが、剣聖には、特異点を通過する権利がある」
「え、こわ。向こうに行くの?」
「ああ。俺は、マユラは特異点の向こうにいると考えている」
私の憧れの人は、まだ生きているかもしれない──。
「俺は探しに行きたいんだ」
私はアレンの唇についたメロンパンカスをとった。
「応援するよ」
アレンはたまに見せる、優しい微笑みをした。
「あれ、でもそれだと私が剣聖になれるのアレンが死んでからじゃん!」
「こだわるのそこかよ……」
ふたりで笑う。ともかく、彼にはちゃんと強い「勝つ意志」があるんだ。
「私は東雲さんとも戦いたいけど、もちろんアレンとも戦いたいんだからね」
「ああ、言われずとも本気でやる。多分この試合は、殺し合いになる」
「じゃ、もし負けて生きてたら、模擬戦でもしようよ」
「約束はやめておく。死亡フラグになったらたまらないからな」
「それもそだね」
私はパシンと背を叩き送り出す。彼は歩き出した。
天秤座を宿した東雲スズカと、剣を持たない魔剣師の折紙アレン。
さっきは結構ダークなこと言ってたけど、私は割と楽しみなんだ。
ただ単に魔剣師オタクとして、この試合は見逃せない!
じゃあ、みんなのところに戻ろうか。
***
「アレンくんの様子どうだった?」
「メロンパンを丸呑みしたよ」
「喉破壊されるだろ……何やってんだアイツ……」
「でも、やる気は満々みたいだよ」
私は姫野を小突く。
「どっち応援すんの」
ふたりとも、まだ誰もいない準備中のフィールドを眺めた。
「ま、スズカだな。そんで、お前にあいつをはっ倒してもらうんだ」
「私じゃなきゃ駄目なの?」
「そりゃそうさ」
「責任重大だなぁ〜」
「でもやるんだろ?」
「やるね。でも応援するのはアレン」
応援するって言ったからね。
「お前も難儀だな」
「でしょ」
初夏の雲は速く流れていく。フィールドには、まだ誰もいない。
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