52 冷徹な男
早朝。いつも私はパンの仕込みで早起きしているが、それは本戦二日目、準決勝の当日だとしても変わらない。
色々と考えながらぼやーっと生地をこねこねしていると、珍しく早起きのアレンが寝巻きの状態で食堂にやってきた。
涼し気なゆるっとしたステテコに白のシャツ。真ん中に「そうめん命」と書かれている。だ、だっせぇ……。
好きな人の部屋着でドキッとしたと思ったけどそんなこと無かったわ。
「ん?」
あれ、今私、何考えた?
「おはよう。……顔が赤いな?」
「へっ!? あー、あ、暑いからね」
季節はもう初夏と言ってもいい。食堂からは中庭の木々が見えるが、青々と茂っていて、いい具合に陽光も入り気持ちがいい。
「だが、魔刃学園は比較的涼しい土地に有るだろう。もしかして熱でもあるんじゃ」
「あー! だめ、近づかないで、パンに菌が入る!」
「菌なら既にサウス菌が入ってるだろ」
イースト菌だわバカ。
「と、ともかく。その寝癖、直してきなよ」
「寝癖……。そんなに気になるなら直してくるが、それにパンとの関係が……?」
いいからいいからしっしっと私は彼を追い出した。
それからパンの支度も終えて、彼が戻ってくると、私はみんなよりひと足早い朝ごはんを食べていた。
「この匂い……昨日のからあげだな」
「うん。今日はランニングしたらすぐ会場入りしたいから先にね」
「俺の分も残ってたか?」
「あると思うよ。チンするだけ」
まだ若干寝ぼけ眼のアレンはくあーっとあくびをしながら厨房へ行ってレンチンをした。
「いただきます」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
寮生活にも随分と慣れてきた。ホームシックも友達のおかげで和らいだし、遊戯室でカラオケしたり、勉強会したり。
「……私は、少しでも真っ当になれてるのかな」
「突然どうした」
「なんとなく、思って。昔の私ってもっと陰気で心の壁も厚い奴でさ。ここで暮らすようになって、変われた。その変化が、いい変化だったらいいなって、思うんだ」
「シオンは真っ当の対義語だろ」
うぐっ!
「なんでそんなこというのさ」
「ん? いや、なんでそんな顔する」
「だって、嫌だったもん」
「??? それは、すまない」
いまいち噛み合ってない気がする。
「俺は真っ当であることがいい事だとは思わない」
「なんで? 普通の方がいいよ」
「なら、普通ってなんだ?」
「……え。大多数の価値観、とか」
「剣聖は凡庸の中からは決して生まれない。どこか欠けていて、歯車が足りない人間にしか至れないんだ」
「……言われたら、まあ、たしかに?」
「それに、浅倉シオンは狂っているからこそ愛しい。そう思う人間もいるんだ」
「はあ。……じゃあまあ、喜んどくね」
あれ? 今この人、なんて──。
「じゃあ、俺は二度寝するから。また。決勝で会おう。藤原イズミに負けるなよ」
「お、おうともよ。そっちこそ東雲さんに負けたらサイゼ奢りだかんね」
「おい、なんだそのルール」
とぼけながらくすくす笑うと彼はやれやれと微笑んで皿洗いのためにその場を去った。私の分までお皿を持って行ってくれた。
私は食堂を出て少し、さっきのことを整理していた。
あいつ、さっきなんて言った……?
耳が熱くなっている──気がしたけど、今仮にそんなこと考えてたら、余計すぎる。
私はブンブン頭を振って駆け出した。
そう、決めてんだ。そういうのは、全部終わってからだって──。
***
タッタッタッタッタッタッ。
今日のイオリは具合が良くないとの事で、お布団と結婚していた。ので、私はひとりでランニング。
この日課にも随分慣れてきた。というか、多分体つきが変わった。魔力循環で代謝がいいせいで、超回復時間も短い。
つまり、トレーニングの休息時間が少なくても身体が成長してくのだ。
でもなんか……ふとももとかふくらはぎばっか太くなって、胸の脂肪分が無くなってる気がするのは気のせいだろうか……。なんか、めちゃくちゃ、複雑……。
タッタッタッタッタッタッ。
風吹く中走るのは気持ちがいい。少し高地にあるので、アレンの言った通り朝なら涼しい。
「気持ちいいな……」
そう呟いた時、サッと隣を誰かが抜き去った。
このコース、他にも使ってる人いたん──。
私はその横顔に見覚えがあった。
Bブロック二組、第二回戦で、乙女カルラを圧倒して倒した学生──。
藤原イズミだ。
彼は私に一瞥もくれずに走り去った。でも私は、彼に問わねばならないことがあった。これは、乙女カルラのためでもなく、誰のためでもない、私のためだ。
「なんで──!」
その冷徹な背中に叫ぶ。
「一撃で終わらせられた試合を、なんで二時間も続けたのさ!?」
乙女カルラは藤原イズミと対峙して、早々に勝てないということを理解していた。観客にもそれは明白で、乙女カルラは何度も何度も吹き飛ばされた。
だけど、藤原イズミはトドメを刺さなかった。どれだけカルラがボロボロになっても、酷く冷徹な顔をして、そして、最後の瞬間まで、相手のことをひとつも見ることなく。
なんでそんな残酷なことができるんだ。
ふと立ち止まった藤原イズミは。顔を横に向け、こちらを見るようなことはしなかった。
けれど、質問にはこう答える。
「戦いとは惰性だ。こちらから何をするでもない。だから理由を求められてもそこに答はない」
怖気が湧いた。その酷く冷たい物言いには、どんな温かさもなく、ただ、何も無い空虚さと静けさだけがその空間を満たしていた。
私は走り去る男を背中で追うことしか出来なかった。
嗚呼、嫌だな。
久しぶりに感じたよ。
絶対に負けまくないって、こういう気持ちだ。沸騰した泥に手を入れるような、そんな気持ちだ。
──準決勝が、始まる。
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