51 これが終われば
「浅倉! 考えるのを止めるな、腕を動かしながら考えろ!」
「はいッ!」
神楽リオンという魔力なしの剣捌きはとにかく正確で速い。
私が少しでも気を抜けば靭帯が切られそうになる。そうでなくても皮膚は切りつけられ、集中を削がれる。
「魔力を循環させながら回復! 同時に避けろ!」
一瞬下段蹴りの予備動作が視界に映り、地面を蹴り上げる。その動作が無駄にならないよう、頭を後ろに振り下ろして甲で顎を蹴り上げようとする。
避けられる──!
「単純すぎる! 魔剣はどうした! これは格闘技じゃないんだぞ!」
そう叫んだリオン先輩のアッパーカットを背中に食らい打ちあがる。
「がはっ……」
格闘技じゃないか!
でも地面にどさりと臥せる前に身を翻してどうにか雑な着陸をする。しかし態勢を整える前に彼女のロングソードの切り上げが眼前に迫り、私は叫んだ。
「Gravity! 1 to 0!」
グン──と強く腰が持ち上がり、収納していた短剣に引き上げられ、斬撃を避ける。
「──to 100000!」
急速に上げられた身体は詠唱と共に瞬間的に下降をはじめ、それと同時に私は拳を振り上げ、魔力を込める。
「不刃流三十式。限界無しの正義執行」
自分の手が振り下ろされると同時に、ダイヤモンド以上の硬度と、蜘蛛糸の様な靭性を持ち始めているのを感じる。
体力的に今使える不刃流は少ないが、全体強化ではなく部分強化なら、経戦ができる!
リオン先輩は一瞬で判断を下し、それを避けるのではなくロングソードでの打ち返しによって受けることにした。
魔剣を持たない魔剣と、魔剣じゃない剣での正面衝突──無茶苦茶だ。
でもリオン先輩は勝算のないことは絶対にしない。
私の腕ごとぶった切るつもりだ──!
振り下ろし、落ち、あちらは振り上げ、打ち上げる。
その衝突の瞬間に、火花が散った。
──ZINZINZINZIN。
瞬間のようにも思えたし、長い時間が過ぎたようにも思ったが、剣と拳の甲乙は決する。
私の腕はバキッと嫌な音を立ててロングソードの打ち返しに負け、滑り、その痛みで解除されることを忘れられた私の魔剣の落下に合わせて私は地面に押しつぶされた。
「Gravity……解除……」
ふぅと息を吐いたリオン先輩は場外から投げられたスクイズとタオルを受け取り、それを自分で使うのではなく、私の頭にじょろろとかけた。冷たくて気持ちがいい。
「すごい音したけど、肩大丈夫?」
「先輩に怒られそうですけど、魔力循環で治せます」
「怒らないよ。ちゃんと危険性を理解しているのなら。理解してないで使うのは良くないけど」
濡れ鼠になった私をふかふかのタオルでわしわし拭いてくれるリオン先輩。
「負けちゃいました……明日準決勝なのに……」
本選一日目の夜。私はゆっくり休もうとも思ったけど、どうにもムズムズしてしまって、ファイトクラブに顔を出した。
不刃流も今の状態では付け焼き刃としか言えないし、リオン先輩と戦えば何か掴めると思ったのだ。
「まあ、これでも私は先輩だし、一応三年生では優勝だし」
そう、この人ちゃっかり優勝している。
一年生は延期になって遅れているが、先輩たちは既に定期考査を終えていたのだ。
「本当にへこむべきは不刃流を使いこなせてないってとこじゃないの?」
「ウッ」
致命傷。
「まあ、例の先生も言ってたみたいに、不刃流は身体に負担がかかる。アンストッパブルとグラビティだけでもいいんじゃない?」
「駄目なんです」
「なんで?」
「この力で、私の力だって言える力で、ぶっ飛ばさなきゃいけない子がいるんです」
「ふぅん。よくわかんないけど、こだわりあんのね」
「それに、出せる力全部出すのが私の流儀ですから!」
「脳筋」
***
その後もボコボコにしごかれた私はへとへとになって寮に帰る。食堂に着いたのは夜の十時を少し過ぎた頃だった。
「よう、自称文芸部」
食堂で姫野が夜食を作っていた。
ズタボロの私をみんな知っているので、私が文芸部だとは誰も信じてくれない。それでも一応ファイトクラブは文芸部として登録されているし、クラブのことも内緒なので私は誤魔化す。
「本棚整理で本棚が倒れてきたんだよ」
「お前んとこの本棚、今月で七回倒れてるんだけど」
流石に無理筋。
「ま、裏でなんかやってんのも試験頑張る為だろ。チャーハン食ってくか?」
「食ってく……!」
私のお腹は限界だった。食べたい食べたい! めちゃくちゃ香ばしいネギとニンニクと油の匂い。惚れそう。チャーハンに。
魔力循環というのは実は身体の代謝を加速させる行いなので、めちゃくちゃお腹が減る。試合中にぐーぐー鳴ってるの恥ずか死ぬかと思った。
「あいよ。焦がしニンニク醤油漬けチャーシューネギ油麻辣チャーハン」
「なにその殺人的な名前。最高かよ」
私は一通りうっとりすると手を洗ってからいただきますをする。正面に座った姫野は頬杖をついて少し物憂げな顔をした。
「アイツ、戻ってくるかな」
もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐもぐもぐ、ごくん。
「戻すよ」
私はチャーハンが冷めないうちに食べたかったので、それだけ伝えた。でも、本質的にそれだけで充分なのだ。
姫野もその言葉が聞きたかったのか、「安心して眠れるぜ」と言って自分のチャーハンを食べ始めた。
これが終われば夏休みが来る。色々あったけど、夏休みには何か楽しいことしたいな。
もちろん、みんな揃って、ね。
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