50 折紙アレンという男
■SIDE:折紙アレン
昼休みが終わり、Aブロック一組第二回戦が行われた。
相手はフェニックス寮の生徒で、可もなく不可もない戦いが行われ、長い時間もかかることなく終わった。
戦いに勝利しても、感動をしないのは、自分の心に何か欠陥があるのではないかと思った。
初戦で戦った綾織はあの時間の中で成長をして、大泣きするほど強い感情を持っていた。
さっきの試合で負かした相手も、わざわざ嫌味を言わなければ気が済まない程度には想いを抱いていた。
でも俺は、そのいずれの試合でも何も感じなかった。
小さいころから勝ち負けが身近にあったからかもしれない。
きっと、身近にありすぎたのだ。
折紙家は降神家の分家で、いつも格下だった。
格下として生まれ、格下として育った。
家の人間は降神本家に対して強い劣等感を覚えて歯嚙みしていたが、それを傍で見ていた自分は不思議だった。
あなたたちも、俺と兄を比べてきたじゃないか、と。
優秀な兄──折紙カナンはいつか降神や四名家を倒すだろうと期待を寄せられて育った。
反対に、魔剣に魔力を流すことができなかった自分に、家族は強く当たった。
何かに優と劣がつくのは、自分の人生の中では当然のことだった。優れたものは勝ち、優れないものは負ける。
これ以上単純化しようもない真実であり、それでも誰もが認めたくない事実だった。だが、認めたくないと思う暇もなく、俺の人生にはそれが染み込んでいた。
だから、実力がある自分が誰かに勝つということは当たり前で、自分以上に実力がある人間に負けたときも、悔しさを覚えることはできないのだろうなと思った。
それが特別に悪いことだとは思わないが、やはり欠陥があるように思えてしまう。
初めて浅倉シオンという人間を見たとき、俺はまた世の真理を見たと思った。
不倒門という強いものに負ける、弱いもの。
正直、どうでもよかった。そんなものは周りに溢れている。
人生のどのフェーズにおいても、勝敗は当然にあるのだ。
だから、威勢のいい受験生たちに押され流されてゆく浅倉シオンを見たとき、またひとり敗北者が出たという程度にしか思わなかった。
だが俺は、彼女がそれだけではないのだとそのあと知る。
浅倉シオンが不倒門に否定されて──二時間が経った。
俺はそれをずっと眺めていた。不思議で仕方がなかった。勝敗が決すれば、それを諦めて受け入れ、帰ればいいのに。
なぜ諦めない? そんな疑問が付きまとった。
彼女はきゅっと小さな手を握りしめ、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、門の前に立ち続けていた。
俺がふと声をかけてしまったのはその後だ。
彼女は覚えていないかもしれないが、浅倉シオンという人間は総てを否定されても、二時間も泣き続け諦められないでいる人間なのだ。
そこで、俺は俺にないものを見た。
そして、それが欲しいと思った。
浅倉シオン、あの日助けられたのはお前だけじゃない。
「よっ」
窓からフィールドを眺める俺の肩を叩いたのはシオンだった。
「準決勝進出、おめっと」
ありがとう、と言葉が口をついた。
何かに勝って、それを褒められて、感謝の言葉が出るなんて、自分も随分凡庸になった。
「次の試合は、決まった?」
「今ちょうど、フィールドで決した。Aブロック二組の代表は東雲スズカだ」
東雲の抜刀が相手の模擬魔剣を切り裂いた。同時にその勢いで、相手は場外に吹き飛ぶ。
「仕上がってるなぁ、東雲さん」
「事情は知ってる。天秤が憑いてるんだろ?」
知ってるかぁ~、とシオンは言う。
「あの子、根は良い子なんだよ」
優しい顔して、そよ風に目をすぼめるシオン。
「知ってる。予選で、少し話した」
「そういえば最後タッグ組んでたね」
「気が合ったんだ」
「どんなふうに?」
「浅倉シオンをぶっ飛ばす同盟」
「泣いちゃう」
茶化して言うと茶化して返す彼女。
だけど、俺のそれは実は本気だ。
「俺は、不刃流も優勝も、本当はどうでもいいのかもしれない」
「え、赤点免除されないじゃん」
忘れていた。
「本当は、お前に勝ちたいんだ。シオン」
「わ、私?」
にへらと変な顔をするシオン。
負けたらあんな悔しい顔をするシオンを負かしたい。誰より負けず嫌いな奴に勝った時に、自分がどんな気持ちを抱くのか知りたい。
その時初めて、自分がどんな奴かわかる気がするんだ。
「へへん。戦ろうよ。付き合うよ。負けないよ」
「ああ。願わくばその舞台が決勝であるように──」
そうして本選一日目は幕を閉じた。
Aブロック準決勝、折紙アレンVS東雲スズカ。
Bブロック準決勝、浅倉シオンVS藤原イズミ。
明日、すべてが決する。
柄にもなく、俺はそれが少し楽しみだった。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
──下にある☆☆☆☆☆からご評価頂けますと嬉しいです(*^-^*)
ご意見・ご感想も大歓迎です! → 原動力になります!
毎日投稿もしていますので、ブックマークでの応援がとても励みになります!




