49 円卓騎士
■SIDE:乙女カルラ
重力に負けて力無く地面に叩きつけられた僕は、身体中が麻痺する感覚と消えゆく泥まみれの意識の中、自分の敗北を認めた。
Bブロック二組第二回戦、藤原イズミの圧勝。
判定が下されるその間も、自分の予想を遥かに上回る強さを持った相手について考えていた。
浅倉シオンを見て、自分にも光明があると──勝てると思ってしまった。だが、四名家の序列はそう簡単に揺るぐものでもないと痛感させられた。
古くから奥州の守り人をしてきた藤原家は現状の権力争いに名こそ上がらなかったが、実力では間違いなく一番だ。
その末子である藤原イズミ。冷たい目をした男。
雰囲気は折紙アレンや東雲スズカが持つ、後継ぎ独特の冷やかさと同じだったが、明確に違うのは、そこにひとつの温かさだって介在していない所だ。
試合が決着し、藤原イズミはこちらに足を向けた。だがそれは、こちら側が単に出口であるからだ。
その冷徹な瞳をみたが、奴がこちらに一瞥をくれることもなかった。
***
「負けちゃったな……」
選手用連絡通路の冷たい床に座り、壁に背を預け、スポーツドリンクをストローでちびちびと飲む。
御前会議の指令をことごとく破ってしまった。優勝すれば何とかなると思ったけど、それはあまりに見切り発車だったな。
見切り発車でもなんとかしてしまう奴を見ていたせいでこうなった。浅倉シオンには責任を取らせよう……。
その浅倉シオンと、天秤と契約した東雲スズカを戦わせるなというのが最新の指令だった。十三獣王と十三獣王の戦いなんて、史上にも数える程しかない。
そしてそのどれもが厄災を招いた。
僕はそれを何としてでも止めるべきだったのだ。
だが、欲が出た。
勝って、自分が強いと証明したい。誰かを守れる強い人間であると、権力にへつらう必要もないと──。
「はぁ……」
駄目だな。これ以上リフレインしたって何が変わるわけでもないのに。僕は調整役なんてものをやっておきながらメンタルが弱くてすぐにネガる。
今は次にどうすべきかを考えよう。
現状、Bブロックでは浅倉シオンが妻鹿モリコに勝利し準決勝に進んだ。Aブロックでは一組が折紙アレン、二組は試合がこれからだ。
東雲スズカと唐草トオル。だが、キュクロプス寮のガンナーに東雲が負けるとも思えない。順当に考えて準決勝は折紙アレン対東雲スズカだろう。
だったらば、折紙に勝ってもらうか、藤原イズミに浅倉シオンを倒してもらうしかない。
可能ならどちらも応援などしたくないが、老人たちの言っていることも正しい。守らなかった僕が言えた義理はないが、あの二人が戦って結果として何がもたらされるか、わかったものではないのだ。
何が起きるとも限らないが、何も起きないとも言えない。
いっそ折紙の応援うちわでも作るか?
──などと考えていた時、聞いたことのあるバリトンの声が廊下に響いた。八角形をした校舎の丁度角になっている所で身を隠し、そちらを覗き見る。
「ここまで来るのは当然だと思え。東雲家の人間は皆このようなお遊びでは頂点を取っている」
「はい。兄さん」
東雲スズカと、その兄貴だ。円卓騎士の第四席──東雲イザヤ。剣聖が空座の現状だと、魔剣師界での表面上権力では第四位。
東雲には東雲の地獄があるんだよな。
「一撃で仕留められない時点で自分を恥じろ。東雲流は相手と戦う為の技ではない。殲滅の道具だ」
「……はい、兄さん」
しかし今彼女の中には天秤がいるはず──。浅倉シオンの前でも、東雲の自我と天秤の意思は半分半分だったはずだ。それが今は東雲だけがそこにいる。
なら、それを乗り越えたのか? 制御下に置いたとか──。
そのすぐ後に、それがあまりに楽観的な考えだということを思い知る。
「準決勝にも上がれない乙女家の落ちこぼれは無視していい。降神のおまけでしかない折紙の子などに負けてみろ。実家にお前の居場所はないと思え」
「はい」
「それと──姫野家の面汚しに我々が黙っているのは、お前が最低限の約束を守っているからだ。そうでなくなればどうなるのか、わかっているだろうな」
バキっ。
「はい、兄さん」
コツコツと冷たい音を立てて東雲イザヤは去ってゆく。あの音は何だったんだと思い、もう一度そちらを覗くと、酷く冷たい目をした東雲スズカがそこには居た。
「嗚呼……」
目を見ただけでぞっとしたが、彼女が目の前の自販機を一瞥しただけでそれが紙をくしゃっと丸めるくらいの気軽さで鉄くずになったのを見て、あれはもう駄目だと思った。
保健室では東雲スズカと天秤はまだ分離状態にあった。どちらがどちらか判別がついた。
でももうその二者は、完全に溶け合っている。
東雲スズカの意思で、天秤の暴力を振るうことができる。そして天秤は、東雲スズカの意思に影響を与えている。
最悪だ。
僕は背中を壁につけてひとまず落ち着こうとスポーツドリンクを飲み進めた。これを報告するのは、気が重い。ため息が出る、まったく──。
「……自販機に罪はないのにな」
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